第九話 混血殺し
そうして、約束の日を迎える。
空は快晴。綺麗な太陽が浮かぶ今日は、模擬戦日和……ではないだろう。
こんな温度の中で戦えば、倒れる人が出てくるってものだ。
俺はアクリルとともに登校し、すでに校庭に待機していた。
運動着に着替えたアクリルは、健康的な肢体を見せつけるように準備運動をしていた。
俺に視線を向ける者たちもいたが、声はかけられない。
校庭には普段見慣れない人の姿があった。
高そうなスーツに袖を通している人々は、生徒たちを眺めながら談笑をまじえていた。
やがて、学園長がやってきて彼らに挨拶をして、それから一人の男と睨み合う。
「これはこれはリーム学園長。今日も相変わらず美しいようで。どうですか、今日この後今後の予定でも話に行きませんか?」
「今後の予定?」
「ええ。ここにいる落ちこぼれが育てたという落ちこぼれ。それがまさかオレの生徒に勝てる、などと思ってはいませんよね」
彼がおそらく『混血殺し』だろう。彼のからかいの言葉に、その場にいた人々が笑い声をあげる。
「ケイル先生、わかりきっていることとはいえ、そのようなことを言っては可哀そうですよ」
「そうですよ。さて、その落ちこぼれはどこに……」
きょろきょろとケイル先生の隣にいた男が周囲を見る。
リームは……ああ、わかりやすいほどに怒っている。
満面の笑顔とともに彼らを引き連れてきた。
そうして、俺の隣に並んだリームは、俺の腕をつかんできた。
「あいにく、ですけど。今夜は彼との話がありますので」
ち、近い。肘になにか柔らかい感触もある。
意識しないようにしていると、ケイルは俺のほうへと視線を向けてきた。
「初めまして、混血。まあ、最初で最後になると思いますが、まあ、せいぜい模擬戦になるようにお願いしますよ」
ケイルはちらとアクリルを一瞥し、小馬鹿にしたように笑った。
彼の隣にいた男子生徒はどこか感情のない瞳でこちらを見ていた。
あれが、ケイルが育てた生徒か。
……なにを考えているのかさっぱりわからないな。
「すぐに始めましょう。貴重な時間が無駄になりますから」
「そうですな。ケイル先生には一刻も早く、学園に馴染んでもらいたいですからね」
ケイルの脇にいたスーツ姿の男がそういった。
模擬戦を行うのは校庭のある区画だ。
そちらは模擬戦を行うためのフィールドで、結界で覆われていた。
結界を作っているのは学園で管理している精霊だ。長方形のフィールドはいくつもあり、まるで球技のコートのようになっている。
今回使うフィールドの結界をクロンが調べていた。
そんな彼にケイルが近づく。
一度だけ二人の目があった。ケイルが片手をかけるが、クロンはどこか冷たい態度で接している。
……あまり仲は良くないのだろう。
「……スレス、大丈夫なのよね?」
「……大丈夫だ。だから、そのいつまでも腕をつかむのはやめてくれねぇか?」
「あら、忘れていたわ」
ぺろりと、なんだか嘘っぽい顔で離してくれた。
ようやく一息がつけるようになり、俺の隣にアクリルが来る。
「スレスさん、模擬戦でのルールはいつもの通りですよね?」
「みたい、らしいな」
模擬戦では、相手の霊殻、あるいは魔殻を破壊した方が勝ちとなる。
霊殻、魔殻は、霊力あるいは魔力で作る鎧のようなものだ。
攻撃のダメージを肩代わりしてくれるため、模擬戦などの勝敗の目安として用いられることが多い。
俺の時代でも使われていた。ただし、壊れても戦いは続いていたが。あくまで急所を守るために使っていたくらいだな。
見渡せば、生徒が多くいた。
今日は休日。……これだけの生徒が集まるのは珍しい。
耳を澄ますと、ケイルの名を呟く生徒が多くいた。
そんな彼らに、ケイルが片手をあげる。爽やかな笑みとの合わせ技で、生徒たちは感動したような表情になる。
まるでアイドルだ。これだけ人が集まったのも、ケイルを一目見たいがために、休日に集まったのだろう。
結界のほうへと移動する。アクリルは準備万端だ。ケイルが腕を組んだまま、こちらへと近づいてくる。
「それじゃあ混血。さっさと始めようか。オレの作品の一つ、ゴンズをお見せしよう」
そういって彼は近くにいたゴンズという生徒の肩を押した。
「……作品?」
彼の言い方が気に食わず、思わず聞き返す。
軽くにらみつけると、ケイルは口元を歪める。
「当たり前だ。混血はすべて、オレの作品に過ぎない。あいつらはいいストレス発散になるよ」
くくく、と口元を隠しながら笑みを浮かべる。
彼の言葉に、俺だけではなくアクリルもまた目を吊り上げる。
「そう怖い顔をするなよ混血の女。まあ、見た目は可愛いし、オレの道具として使ってやるさ」
「あいにくですけど、あなたにお世話になるつもりはありませんから」
アクリルはきっぱりと言い放つ。
そんな彼女に、ケイルは肩を竦めてみせた。
「おまえからは混血らしさが残っている。そのままじゃあ、オレの作品には敵わないよ」
ふっと彼は笑みを浮かべ、髪をかきあげる。
……クロンとは性格が合うようだ。俺もこいつは嫌いだ。
「おまえは、話だけを聞いている限り、この時代の教育者としてはそれなりに力があるのだと思っていたが……どうやら勘違いだったようだ」
そういうと、彼の眉間が険しく歪む。
俺はそんな彼を無視し、アクリルの背中を押した。
「頑張ってこい。ゴンズを下げるような発言はしたくないが、あのくらいなら勝てるからな」
「……任せてください」
初の実戦になるため、アクリルもどこか緊張した面持ちだ。
聞こえるようにいったからか、ますますケイルは不機嫌そうにしていた。それを彼の周りにいたスーツ姿の男たちがなだめる。
ゴンズとアクリルが結界へと入っていく。
アクリルは一礼をし、ゴンズもそれに合わせるように少しだけ顔を傾けた。
二人は戦闘の準備を整えていく。ゴンズ、アクリルは精霊を取り出し、霊殻をまとっていく。
そしてアクリルは、ディーネを霊器へと変え、軽く振りぬいた。綺麗な水色の剣が、彼女の右手に現れた。
彼女の霊器を見て、クロンが短く息を吐いた。
「まさか、本当にこの三日でここまでやるなんてな」
ふっと、どこかこちらを労うような目を向けてきた。
とんでもない。俺はコツを教えただけだ。
この三日で、本当に頑張ったのはアクリルだ。
決してアクリルは天才ではない。教えて一度で成功はしなかったが、忍耐力と集中力だけはずば抜けていた。
だからこそ、三日で魔力、霊力による身体強化を習得できた。
三日で教えたのはそれくらいだったが、二つの身体強化ができるようになれば、それだけで戦闘能力は飛躍する。
ケイルはというと、彼は顎に手をやり試案顔でアクリルを見ていた。
まもなく、戦闘が始まった。
ゴンズが地面を踏みつけ、アクリルとの距離を殺す。
その勢いのまま彼は霊器である斧を振り下ろした。
攻撃に一切の無駄はない。
腕、腰、足。全身をうまく使った鋭い一撃だ。なるほど、確かにケイルはもてはやされるだけの教師ではあるようだ。ただ、気に食わないのは変わらない。
そんなゴンズの一撃を、アクリルは正面から受け止める。
金属音が響きわたり、二人の迫力は結界越しでも伝わってくる。
ゴンズがぴたりと止まった。アクリルは口元を緩めながら、ゴンズの体を弾いた。
結界の外にいた者たちが驚いたような声をあげる。
これまでのアクリルの実力をしる人ほど、それに驚いているようだった。
アクリルは剣をくるっと剣を回し、ゴンズへと振りぬいた。彼女の剣がゴンズの霊殻を削る。
ゴンズはそのダメージを覚悟していたようだ。霊殻を削られながら、斧を振り下ろした。
アクリルは剣を引き戻し、横へとかわす。そうして、剣を振り上げた。
加速していくアクリルの動きに、ゴンズはついていけていない。
当然だ。ゴンズが行っている身体強化は霊力のみ。それもアクリルよりも数段レベルの落ちたものだ。
アクリルは霊力と魔力による身体強化を行っている。この三日で必死に習得したその二つを、完璧に使いこなしている。
アクリルは楽しそうに笑い、ゴンズは変わらぬ表情のまま斧を振り回す。
砂煙が舞う。それに合わせ、アクリルは素早くゴンズの横へと回る。
これで、決めるつもりだろう。アクリルの身体強化が、彼女の肉体の限界をはるかに超える。
それによって可能になった連続攻撃――。アクリルの剣が分身でもするかのように振りぬかれ、ゴンズの体を次々にとらえていく。
「ゴンズ……っ。なにをやっている! さっさと霊着を使え!」
慌てた様子で、ケイルが叫んだ。
ケイルの言葉にゴンズの体がびくりとはねた。
霊着か。精霊を体内に吸収し、一時的に精霊に近しい体を作る精霊術師の最終奥義だ。
ゴンズが精霊を体内へと取り込むと、赤い光が彼の体から漏れた。
体のあちこちから、炎があふれでる。
右手には、先ほど持っていた斧よりも、さらに質の良い霊器があった。
それを思いきり振れば、風圧とともに炎がまき散らされる。
攻めていたアクリルが一度距離をとる。
汗を額に浮かべながらも、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
そうだ。楽しめばいい。
勝たなきゃいけない、とか。そういうことを考えていれば剣が鈍る。
素直に、楽しんでくれればそれでいい。
ゴンズは斧を振り回し、その反動を利用するようにしてアクリルへと叩きつけた。
アクリルはディーネの剣で受けたが、顔を顰めながら後退する。
威力はゴンズのほうが上だったが、それでもアクリルは器用に攻撃をかわしていく。
攻撃が当たらず、ゴンズの顔が恐怖で染まっていく。
ずっと、何かにおびえたように戦っている。それはおそらく、ケイルだろう。
ケイルをちらと見ると、彼は憎々しげにゴンズを見ていた。
「……使えないな、あいつは」
ぼそりと呟いた彼の言葉に苛立った。拳を固めると、クロンがその手を掴んできた。
「おまえの勝ちなんだ。落ち着け」
短くクロンがいったとき、アクリルの放り投げた霊器がゴンズの胸を貫き、彼の霊着を破壊した。
弾かれるようにゴンズの体が吹き飛び、校庭に倒れた。
一瞬の静寂の後、生徒たちから歓声があがった。
「アクリル! おまえ、よくやった!」
そう叫んだのはオッドアイの青年だ。同じクラスの子かもしれない。
純血の生徒たちは目を見開き、口をあんぐりと開けたままでいた。
アクリルが霊器を解除し、ディーネと軽くハイタッチをする。
それから彼女は俺のほうにぱっと輝いた笑みを浮かべ、手を思いきり振ってきた。
……よかったなアクリル。拍手を返すと、彼女は目元を抑えるようにしてただただ笑っていた。
リームがそれはもう愉快げな笑みとともにケイルたちへと近づいた。
「これで、混血殺しさんがうちの学園にくるって話はなしでいいわよね?」
「……何を言っているのですか?」
ふっとケイルが笑みを浮かべ、こちらへと近づいてくる。
その顔には焦りと怒りを含んでいた。俺の前に近づくと、彼は胸倉をつかんできた。
「オレは彼よりも優秀です。ですから、そのオレがあの少女を育てれば、オレのほうが立派に育てられます」
「あらら、何を言っているのかしらね。あなたのほうが立派? 今その立派な生徒がやられたところじゃない」
「黙っていてくれませんか? 第一、たいした力もない混血如きが、一体何を教えられるというのですか!」
「なら、ここでその力を見せればいいのかしら?」
リームのすっとぼけた問いに、ケイルが笑みを浮かべた。
「ええ、そうですよ。ここで彼とオレが戦いどちらが優秀かを決めれば――」
「それならどうぞ。その状態でスレスを一度でも殴れればあなたの勝ちでいいわよ」
「言いましたね、学園長!」
いきなり、無茶なことを言ってくれるな。
やれるわよね? とリームがウインクしてくる。……やれるけどな。
あまり、人前で力を使うのは好きじゃない。加減はさせてもらうからな。
ケイルが拳を振りぬくが、俺は自身に加速をかけた。
そうして、彼の掴んでいた胸倉を払い落とし、それから彼の足を払う。
態勢を崩した彼の頭を掴み、地面にたたきつけるようにその背中に乗る。
ここまで一秒もかかっていない。
完全に彼を抑え込んでから、加速の魔法を解除する。
周囲が静まり返っていた。
「これで、満足したかしら?」
リームが微笑むと、ケイルは屈辱そうに叫んだ。