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第八話 限界のその先へ



 

 家の庭に出る。

 さすがに、炎天下の中だと暑いな。


 厳しい日差しについつい目が細くなるが、泣き言は言ってられないな。

 それにしても……メイは暑くないのだろうか。

 彼女は長袖のメイド服を着ている。見ているこっちが暑いのだが……。


「メイ……暑くないのですか?」


 アクリルが同じ疑問を抱いたようで声をかけた。


「大丈夫ですよ。私、風の精霊術が得意なので、冷たい風を服の中で使っているんです。精霊式クーラーです」

「ず、ずるいです! 私にもしてください!」

「夏は暑いんですから、汗をかくのを嫌ってはいけませんよ」


 それをメイが言ってもあまり説得力はない。

 アクリルはうらやむような声をあげながらも、がくりと肩を落とした。


「それでメイ。おまえも訓練をするのか?」

「はい。ほら私かわいいじゃないですか。だから夜道とか危険ですし、この際、独学の精霊術ではなく、きちんと聞きたいと思ったんですよ」

「かわいいのは認めるが……ちょっと訓練したからって夜道はどっちにしろ危険なんだから、あんまりでないようにな」

「あっ、可愛いって認めちゃうんですか? あの、お嬢様から嫉妬されてしまうので口には出さないでほしいのですが……」

「別に嫉妬していませんよ……っ」


 ぽっと照れた様子のメイを、アクリルがじとりと睨んだ。

 メイはそんな彼女の視線を無視し、首を傾げた。


「それにしても、三日でしたっけ? さすがに厳しいのではありませんか?」


 メイが改めて現実をつきつけてくると、アクリルの顔に焦りが浮かんだ。

 学園長から与えられた時間は三日。それは今日を含んでの時間だ。

 たった三日で、学園最弱の混血たちが、学園一のクラスの人と戦って勝てるはずがない。


「まあ、現実時間で三日、ならな」


 俺には時間魔法がある。

 空間の時間の流れを変えるなんて造作もない。


 二人は首をかしげていた。

 口で説明するよりも、実際に見せたほうが早いだろう。


 時間魔法で庭の半分にのみ干渉する。

 そうして、俺は近くの葉をつかみ、その空間に放り投げる。


 ひらひらと舞った葉は、俺が干渉した空間に入るや否や、素早く地面に落ちる。

 まるで、早送りでもしているかのような動きだ。

 その空間での時間が変わった証でもある。


 「あっ」、とアクリルが声をあげた。


「時間魔法、ですか」

「そういうわけだ。これを使えば、一日を一週間に……やろうとすればもっと長くできる」

「だから、三日でもどうにかなる……と?」

「まあな。ただ、精神的疲労は溜まっていっちまう。どこまでやれるかはアクリルの精神力次第になるだろうな」


 そこが一番心配だ。

 疲労のない状態に戻すことはできる。

 ただ忘れるわけではない。


 体の疲労はなくせても、心の疲労はなくせない。

 それに耐えられるかは、アクリル次第だ。


「……わかりました! 三日で……強くなってみせます!」

「頑張ってくれ。早速だがアクリルは、魔力あるいは霊力を自覚したことはあるか?」


 大前提として、混血は魔力と霊力を持っている。

 だが、この時代の混血は、基本にしてもっとも重要なこの違いを理解できていないように感じた。

 いや、知識としてはわかっているんだろう。けど、体内でその二つをわけるような訓練を受けていない。


 この二つは全く別のエネルギーだ。魔力は魔法を、霊力は精霊術を使用する際に必要だが、その逆は絶対にできない。


「試しに、やってみるといい」


 アクリルは眉間に皺を刻むようにして、魔力と霊力を練り上げる。

 彼女の体内に共存するそれらは、深く混ざり合っていく。

 その状態で、魔力による身体強化を使おうとすれば、霊力が邪魔をする。その逆も同じだ。

 混血が、満足に力を使えない最大の原因が、これだった。

 逆にいえば、これを矯正すれば一気に成長できる。


「うーん……わからないです」

「それじゃあアクリル。俺と戦ってみるか」

「……えーと、どんなかんじですか?」

「普段通りでいい。俺が、おまえにやられるわけがないからな」


 軽く挑発すると、さすがにむっときたらしく、頬を膨らませる。

 そうだ。全力でやってくれ。まずは、今の彼女の実力も知っておきたかった。


「一撃くらいは当ててやりますよっ。きてください、ディーネ!」


 アクリルは片腕を前に突き出し、叫んだ。

 その右腕に水がまとわりつき、手のひらから一体の精霊が浮かび上がる。


 水色の丸い液体に目をつけたような精霊は、アクリルの手の平に乗っている。

 ころころと、アクリルの腕を転がり、その肩に乗ると、目を閉じた。すやすやと心地よさそうだ。


「ね、寝ないでくださいディーネ! 今から、真剣勝負なんです!」


 アクリルがつんつんとディーネを人差し指でつつくと、気だるそうに起き上がった。

 アクリルはディーネに霊力を渡す。もちろん、その霊力にも魔力が混ざっている。


 ディーネが嫌そうな顔でそれを受け取った。

 精霊術は、精霊との連携だ。そして、精霊は魔力が嫌いだ。だから、あんな顔になった。例えるなら、ご褒美に嫌いなものをあげるような感じ。やる気でるわけねぇ。


 アクリルは右手に現れた水色の剣を横へと振りぬく。

 水の剣は霊力で作り上げられたものだ。霊器、と呼ばれている。

 準備が整ったようで、アクリルが俺のほうに突っ込んできた。


 アクリルの体内で身体強化も行われる。

 ただし、すべて霊力と魔力は混ざった状態だ。

 本来の力なんてまるで出せていない。


 俺は一切身体強化をしないまま、攻撃をかわしていく。


「くぅっ、やりますね! スレスさんの本気ですか!?」

「この時代の混血が弱い理由はな、霊力と魔力が混ざっているからだ」


 アクリルの息は乱れ始め、振るっていた剣に体を流されることが増えていく。

 熱風が吹き抜けると、アクリルの動きは露骨に鈍る。


「はぁ……はぁ……」


 俺は彼女にわかりやすく、二つの身体強化をゆっくりと、見せつけるように行っていく。

 すでに、動けなくなってしまったアクリルは霊器を解除し、膝に手をあてている。

 顎にまで伝う汗をぬぐい、顔を上げる。


「ふ、……ふたつ……まざる……?」

「そうだ。用務員の仕事中に混血の子を見ていたが、皆二つを混ぜてしまっていた。そうすると、すべてが不完全な状態になってしまう。身体強化だってそうだ。身体強化は肉体の限界を超えて強化していくもので、確かに疲労はたまりやすい。だからって、そんなすぐに息を乱すようなものじゃない」


 アクリルの練り上げた力は多い。それこそ、純血の生徒を凌ぐほどに。

 しかし、混ざり合ってしまったせいで、それらは本来の半分の力も出せていなかった。

 霊器の維持もできなくなったのか、アクリルはその場でしりもちをついた。


 その肩をとんと叩く。

 彼女の乱れていた呼吸は正常なものになる。


「あ、あれ?」

「疲労する前の状態に戻したんだよ。ただ、経験まで戻すわけにはいかないから、精神的な疲労はたまっていく。どれだけやれるかはアクリル次第っていうのはそういうことだ」

「どうすれば、魔力と霊力を混ざらないようにできますか!?」


 立ち上がってすぐ、鼻息を荒くしながら声をあげる。

 食い気味の彼女に、こっちのほうがびっくりだ。

 だけど……そうか。

 アクリルは本当に、強くなりたいのだ。

 ここまで積極的な彼女に、嬉しくなってきた。


「とにかく、魔力と霊力を感じ取るしかない。とりあえず、これが魔力、こっちが霊力だ」


 俺は右手に魔力、左手に霊力の塊を作り出す。

 アクリルは二つを感じ比べてから、もう一度霊力を練り上げた。


 彼女の体内で起こっている変化を、観察していく。

 初め、霊力だけが集まっていたが、練り上げる量を増やすにつれ、魔力が含まれていく。

 結果失敗となる。


「うーん……よくわからないです。魔力も霊力も……私、戦うときはとにかく体内の力を全身に行き渡らせて強化しているのですが」

「……そうか。なら、一つ。荒療治にはなるが、力を感じ取る手段がある」

「どんなのですか!? なんでもやりますよ!」

「そうか……多少痛いかもしれないが、我慢してくれ」


 左手に作り上げた霊力を彼女の方に向ける。

 アクリルは緊張した面持ちでそれをじっと見ている。


「俺の霊力をアクリルの中に入れる。これで、自覚できるはずだ」

「は、はい」

「それじゃあ、手を掴ませてもらう。我慢してくれ」

「え、あ……」


 不安そうな顔になる。

 当然か。彼女からすればなにかわからないものを体にぶちこまれるのだ。


「おー、スレスさん大胆ですね」

「大胆も何も、これは訓練だ。嫌でも我慢してくれよ、アクリル」


 余計なことを言わないでくれっての。

 手を触れるのも本当は恥ずかしいくらいだ。


「嫌なんかじゃないです! どんと来てください!」


 うまくいくように願いながら、霊力をアクリルに近づける。


「それじゃあ、俺の霊力を入れる。あんまり力まないでくれ」

「スレス様、中出しですね?」

「表現を変えてくれねぇか?」


 メイはニヤニヤと口元を緩めていた。きっと、俺の頬は少しばかり赤くなっていただろう。だから、メイは上機嫌なのだ。

 ここで止まっていると、またふざけたことを言われる。


 俺はさっさと彼女の中に霊力をぶちこんだ。

 その瞬間、アクリルの体がびくんとはねた。

 それから、彼女の顔が、だらしなく緩んでいく。な、なんだその顔は。


「うっ、あ……はぁ、はぁ。な、なんれふかこれぇ」


 アクリルの頬は桜色に染まっていく。

 しかし、それは羞恥によるものではないようだ。

 俺から手を離し、自身の体を抱きかかえている。


「痛みは……ないのか?」

「い、痛くないです。な、なんかこれ……頭のなか……ふわふわして、なにも……考え……う、あぁぁ……そんな激しく動かさないでくらさぁいっ」


 酒にでも酔ったかのように呂律は回っていない。

 ……な、何が起きている? 過去で試したときは、あまりの痛みがあったんだ。こんな、いかがわしいことをした後みたいな反応にはなってななかったんだぞっ。

 

 それでも、一度入れてしまったものは、相手の体内に溶け込むまでは消えない。

 俺にはもうどうしようもない。


 メイが携帯電話を取りだし、カシャカシャと撮影していく。そうして、幸せそうな顔で、親指を立てた。


「ナイスです、スレスさん」


 俺が狙ってやったみたいに言うのはやめてくれねぇか。


「と、撮らないで、く、くらさぁぃ……うぁ」


 アクリルが手をぐっと伸ばしたが、その動きさえもダメだったようで、体がはねて、しゃがみこむ。

 激しい痛みによって、教え子に蹴り飛ばされたのが、俺の懐かしい思い出の一つなんだが。

 何がどうなっているんだ……と必死に原因を考えていると、服の裾をひっぱられる。


「私も体験してみたいです。スレスさんのテクを……!」


 メイの目は輝いている。

 このメイドはバカか……。


「テクって……というかおまえはすでに理解しているだろ? やる意味ないだろう」

「いえ、それでもです。というか、スレスさんも戸惑った顔をしておられるご様子。痛いとかなんとか言っていましたし、私で実験してみるのはどうですか?」

「それっぽいこと言って……まあ、けど、これからもやるかもしれねぇし、試しておくか」


 学園の教師となった場合、混血クラスの生徒の指導で使うかもしれない。

 乗り気になっているメイで、反応を確かめるのは悪くない。


 メイにも同じように、力を送る。彼女は人間だから、魔力だ。

 彼女の体が一瞬びくつき、頬が紅潮する。

 それでも、アクリルほどではなかった。


「はあー、なるほど……確かにこれは、いいですね」

「痛くはないのか?」

「まったくです。気持ちいいですね。ぐちゃぐちゃにかき混ぜることも、できるんですよね」

「まあ、できるが……これはあくまで訓練だ。なんかおまえ、俺の魔力を夜のおもちゃか何かと勘違いしてねぇか?」

「どうでもいいですから、もう一回ください」


 上目遣いで見てくるメイに、全力でため息をつきながらも、彼女に魔力を与えてあげた。

 途端彼女は全身を震わせ、口元にはよだれが垂れていた。

 ……その顔を近づけないでくれ。なんか、俺がいかがわしいことをしているみてぇじゃねぇか。


 彼女を突き放すように、もう一度魔力を与える。

 と、彼女の表情はますます緩んだ。


「こ、これはいいですね。やみつきになります。頭や体の内側をくすぐられているような感覚です」

「……そうか」


 そんな具体的な返答を期待していたわけじゃねぇんだが。

 メイから手を離すと、アクリルがよろよろと立ち上がる。


「はぁ……はぁ。これが、霊力なんですね」

「さっきので……わかったか?」

「はい」

「それならいいんだが……とにかく、まずはそれを意識するところからだ」

「わかり、ました」


 二人はそれぞれの力を練り始める。

 だが、訓練はすぐにうまくはいかない。

 先にバテたのはメイだ。彼女はテラスに腰かけ、冷蔵庫から取り出したばかりの麦茶を飲んでいる。


 アクリルは汗をだらだらと流しながらも、霊力を練り上げていた。……凄まじい集中力だ。

 陽もすっかり傾き、空は暗くなっていく。

 昼間に比べ、過ごしやすい気温になり、吹き抜ける風も、程よく体の熱を冷やしてくれる。


 それだけの時間が経った。実際にアクリルが体感した時間は、その何十倍にも膨れ上がっているはずだ。

 途中、小休憩はもちろん挟んだ。


 しかし、アクリルは止めない限り、訓練をやめなかった。

 その努力があったからこそだろう――。


 アクリルの霊力を感じ取っていた俺は、彼女の明らかな変化に立ち上がる。

 ――来た。

 アクリルは流れるようにその霊力をディーネに渡す。


 ディーネがぴんと起き上がる。「きゅんきゅん」と嬉しそうになき、ディーネが水の剣へと変化する。


 不純物の一切混ざっていない、霊力によって作り出された剣は、闇を照らすほどの輝きをまとっていた。

 アクリルがその剣を軽く振る。風を切る音が違った。


「こ、これって……」

「おめでとうアクリル。これで、霊力は完璧だ」

「ほ、ほんと……ですか?」


 アクリルが満面の笑顔を浮かべた瞬間だった。彼女の体がふわりと傾いた。

 その体を受けとめる。

 ……彼女は全体重を預けるように、寄りかかってくる。それだけ、疲れているのだろう。


「す、すみません。早く次の訓練に移らないといけないのに……」

「大丈夫だ。これだけできれば、半分は完成したようなものだ。今はゆっくり休むといい」


 アクリルの頭を軽くなでる。

 アクリルは安らいだような笑顔とともに、目を閉じた。


 ……こんなに早く習得するなんてな。

 俺の予想ではぎりぎり間に合うかどうか、だった。

 彼女の成長が楽しみで仕方なかった。


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