第七話 無謀な挑戦
「ごめんねぇ、スレス。上との話しあいでね、スレスを雇う条件を突き出されちゃって……」
「突き出されたというか、学園長がスレスをバカにされたときに、勝手に条件を言っただけに思えましたが……」
「クロン?」
「……な、なんでもありません」
学園長室のソファに腰かけた俺は、そんな二人のやり取りを聞かされることになる。
おそらくだが、混血をバカにされ、売り言葉に買い言葉で、無茶な要求を呑んでしまった、といったところか。
問題はその中身だな。
「その無茶な条件ってのはなんだ?」
「あなたが育てた混血の生徒と、向こうが用意した一人の生徒を戦わせること、よ。……試合は三日後。今日と当日をのぞいたら、二日しか訓練できる期間はないわ」
リームは難しい顔で指を二つたてた。
「またそれは、無茶な話だな」
「……そもそもね、この学園に一人の教師が来る予定だったのよ。私はそれが嫌で、ただつっぱねられる理由がなかったの」
「そりゃあまたどうしてだ。学園長としちゃあ、このまま混血クラスの担任がいないほうがまずいんじゃないか?」
混血クラスの担当教師は、初日にやめたらしい。
なんでも、「混血なんかの面倒は見たくない」からだそうだ。酷い言い草である。
「それでもよ。来る予定なのは、優秀な優秀な『混血殺し』と呼ばれる教師なのよ」
「混血殺し……どういう教師なんだ?」
ある程度のスパルタが許されている教師たちだが、まさか本当に殺してしまうのまでは認められていないはずだ。
言葉通りの意味ではないだろう。
「今までに、血の克服に成功した数が、十を超える教師でそれはもうみんなが絶賛しているのよ。彼の手にかかれば、十人の混血がいれば、一人は血を克服できるといわれているわ」
血の克服、あまり好きではない言葉だ。
亜人か人間、どちらかの血の力を極めること。片方を捨てること……そんなのは混血の正しい指導ではない。
そうはわかっていても、今まで口を出すことはなかった。ただ、これからは……変えてかなければならない。
「だから、混血殺し、ということか」
この時代的にみれば決して悪い教師ではないだろう。
ただ、混血好きなリームからすれば、嫌な教師だ。
なんでも、リームのようなサキュバス種、あるいは吸血鬼種などは混血の精や血が大好物なのだそうだ。
そういうわけで、混血でも比較的彼女らには受け入れられる。実際、混血が仕事を探すときはそういう種のもとに行くのが一番だ。俺を用務員として雇ってくれたのもリームだしな。
「違うわ。単純に、彼の指導によって残り九人の心が壊されたからよ。一体、どんな訓練をしたのか知らないけれどね」
……酷い話だな。
学園長が嫌がるのも無理はないか。
クロンも似たような反応なのは意外だった。
「僕も混血殺しは個人的に嫌いだ」
「昔好きな人とられたんだっけ?」
「そんなものではありません! 奴とは――いえ、なんでもありません」
「まあ、クロンの話は今はいいのよ。……そういうわけで、向こうが用意する生徒っていうのが、混血殺しが育てた子なんだそうよ」
「ちょうどいい対戦ってわけか」
「ええ。……大丈夫? 三日しかないけど」
どこか不安そうに学園長がこちらを見てくる。
普通に考えれば三日しかない。
ただ、それだけあれば十分だ。
「なんとかしてみせる。泣き言を言ったところで、時間が伸びてくれるわけじゃないんだろ?」
「……そうね。ごめなさいね、無茶なお願いをして。混血の子たちを助けられるのはあなただけしかいないって思ってるわ。だから……任せたわ」
それだけの信頼をされて、応えないわけにはいかない。
強く頷くと、彼女の表情は緩んだ。
「それで、さっそくになるんだけど……こっちの代表者は誰にする? 今日から三日の間、学園は出席扱いにしてあなたに預けようと思っているんだけど……」
「代表者、か」
脳裏に浮かんだのは二人の女性だ。
アクリルと、もう一人彼女の友人でカリミーラという吸血鬼がいる。
彼女もまた、類まれな才能を持っていたが……確か先日血の克服を果たし、純血クラスに移動になったとか。
アクリル以上に優秀な生徒もいるかもしれないが、仮にそうだとしてもまずはお互いにコミュニケーションをとらないと話にならない。
訓練は信頼があって初めて成り立つものだ。
「アクリルでいい。あの子なら、親しいしやりやすい」
「そうね……わかったわ。それじゃあ、アクリルにはそのように伝えておくわ」
以前、学園長室で俺が教師になる話を彼女も聞いていた。
その試験、と伝えれば理解も早いだろう。
「それじゃあ、さっそくアクリルに伝えてちょうだい。そのまま一緒に自由行動に移って構わないわ。もちろん、変なことをしたらただじゃすまさないわ」
「……するわけがないだろう」
学園長といい、メイといい。どうして、俺の周りにはこういう人が集まるのだろうか。
〇
館内放送でアクリルを呼び出したところ、彼女と一緒にカリミーラがついてきた。
銀色の髪を揺らす小柄な少女。黒い翼と尻尾を持つ吸血鬼の彼女は、俺を見るといぶかしむように目を細めた。
俺がこの時代で目覚めたのは街の外だ。
迷子になっていた俺は実地訓練を行っていたアクリルとカリミーラのおかげで、街にたどりつくことができた。
「久しぶりだな、カリミーラ」
「あら、スレス。こんなところで何をしているのかしら。まさか、用務員の仕事を首にでもされたのかしら。あのくらいの仕事もできないのでは、この先生きていくなんて不可能に近いと思うのだけれど」
「相変わらずだなおまえは。まあ、おまえらしいか」
ふっとカリミーラは銀色の髪をかき上げる。吸血鬼の翼を広げるようにして、くすりと笑ってみせた。
余裕たっぷりの彼女だったが、その身長はメイと同じくらいの小さなサイズだ。
本人は大人ぶりたい年頃なのだ。そっとしておこう。
学園長は先ほど、アクリルとカリミーラを呼び出していた。
アクリルはどこか緊張した様子であった。先日のことで怒られるのではないかと考えているのかもしれない。
「アクリル、あなたはこれから三日の間、スレスと修行しなさい」
「……しゅ、修行ですか?」
「ええ。ちょっとした事情で、スレスが教師として認められるのに試験が必要になったのよ。その試験にあなたが挑むの」
「し、試験……私がですか!?」
「ええ。スレスがアクリルを指導して、指導を受けたアクリルが純血の子と戦って勝てば合格、負ければ不合格よ」
「そ、そんな大役……私に務まるのでしょうか」
「大丈夫だ。むしろ、おまえしかいないと思っている」
不安そうに見てきた彼女を元気づけるために親指をたてる。
「わ、わかりました……頑張ります!」
「よかったわ。それじゃあスレス、先ほどの通りよ。訓練に学園の施設を使いたいのであれば自由に使ってくれて構わないわ」
「わかった」
とはいえ、毎朝学園まで通っているのは時間の無駄だ。
俺がこの三日で教えることであれば、アクリルの家で十分できる。
「それじゃあカリミーラ。次はあなたね」
俺たちと入れ替わるようにカリミーラがソファに腰かける。
足を組み、その膝を抱えるようにして微笑を浮かべる。
どのような用事かは少し気になったが、居座る暇はなかった。
学園長室を後にして、アクリルとともに校舎を歩く。
「す、スレスさん……相手って、純血なんですよね!?」
「そこは……どうだろうな。ただ、混血にしても血の克服をした子だとは思うな」
相手側には混血殺しがいる。
俺がもしも、この戦いを企画した人なら、混血同士で戦わせ、力の差を見せつけるだろう。
「……それなら、かなりの強敵ですよね。私、まだ魔法の発現もしていませんし、精霊術だって満足に使えませんが……」
「問題ない。アクリルには何より強くなりたいっていう思いと、無限の可能性を秘めた才能がある。だから、自信を持ってくれ」
鍛錬も戦いも、自信を持っていなければダメだ。
自分の鍛錬が間違っていないと信じて継続すること、自分の力を信じて戦うこと。
心で負けていれば、体で勝てるはずがない。
アクリルの家に到着すると、早い帰宅にメイが驚いていた。
「あっ、もしかして放課後デートってやつですか? ああ、でもまだ全然朝ですもんね、ということはあれですかおさぼりデート……?」
戸惑いで、からかいのキレも落ちているな。
「これから三日後の決闘まで、俺はアクリルを指導することになった」
「三日間、ずっと一緒に、ですか?」
「ずっと、ではないがな。その間、アクリルは学園を出席扱いになる。それが早くに戻ってきた理由だ」
「なるほど……まあ、詳しい事情はおいおい聴くとして……お嬢様。手取り足取り……いろいろなことを教えてもらうのですよ、お嬢様。『あーん、わからないよぉ。スレスさーん、もっと優しく教えてくださーい』とかなんとかいって」
「な、なるほど……そういう手が……、ってしませんからね! スレスさん、私きちんと真面目に取り組みますからね!」
「ああ、期待している」
時間はシビアだ。
アクリルの集中力がどれほど持つかわからない以上、一刻も無駄にはできない。
「アクリル、それじゃあすぐに訓練を始めようと思う。汚れてもいい恰好に着替えてくれ」
「……そうですねぇ。制服でもいいのですが、ジャージに着替えてきますね!」
たたた、っと彼女はかけていく。心なしか、楽しそうだった。
そんな彼女の背中を見ていたメイが、ふっと笑った。
「あれだけ楽しそうなアクリル様は久しぶりです」
「そうなのか? 普段から、笑顔の絶えない子だと思うが」
「そんなことありませんよ。アクリル様は一人で抱え込んでしまいがちです。スレス様のおかげで、最近ではよく笑うようになりましたけど」
「俺のおかげだけじゃないだろうさ。もともと、メイがずっと支えていたんだ……だからこそ、いまの彼女がいるんだろう」
「……そうだったらいいですね」
「絶対にそうだ。自信を持つといい」
そういうと、メイは柔らかくはにかんだあと、ぺこりと頭を下げる。
「アクリル様のこと、もっと喜ばせてあげてくださいね」
そう、だな。
彼女が夢をかなえられるように、俺は俺の持っている力のすべてを使って、彼女をサポートする。
今回の戦いが、アクリルの夢の第一歩になる。その背中を強く押し出してやろう。