第六話 泊まる場所
現在の貴族は、探索者として一定の功績を残したものに、爵位が与えられる。
それぞれ上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と上から五つにわけられる。
また、結界都市内の治安維持を務める騎士の役職についたものにも、騎士の爵位が与えられる。
アクリルの父は侯爵の位を、母は伯爵の位を授かるほどに、優秀な探索者であった。
その二人が残したものが、これから俺が世話になる家だ。
一か月ほど前も世話になっていた。もう戻ってくることはないと思っていたのだが……。
アクリルとメイは、靴を脱いであがっていく。
彼女らが持っていた荷物を玄関におろし、肩を回す。
相変わらず綺麗だな。掃除の行き届いた廊下はきらきらと輝いている。
この家の管理をしているのは、メイ一人だ。性格はかなりかなーり、適当であるがメイドとしての仕事で手を抜くことはない。
僅かに緑がかった髪を三つ編みにしばり、肩に乗せるように垂らしている。両目は青く、亜人特有の身体的特徴は持っていない。
彼女は純血の人間。メイは幼い容姿であるが、人をからかうときに飛び出す言葉はどれも強力だ。
目があった。彼女の両目はからかうように細くなった。
「どうかしたのですかスレス様。私のナイスバディ―に見とれてしまったのですか?」
うふん、とかいって体をくねらせる。ぺったんぺったんという音が聞こえてきそうだった。
彼女を絶賛する人は、特殊な性癖の持ち主たちだろう。
メイのそんな発言に、アクリルがじーっと目を吊り上げるものだから、メイは余計に楽しそうだった。
「それにしても、どうしたのですかスレス様。家でも追い出されたのですか?」
「追い出された、というよりは新しく住む場所を探していた、というべきだろうか……」
曖昧に濁しておいた。
まさか、自業自得で追い出されたなんて恥ずかしくて口が裂けても言えねぇ。
そんな俺の心境を察したのか、追及はなくなる。
アクリルたちの買い物袋をリビングまで運ぶと、メイが食品を冷蔵庫へとしまっていった。
「スレスさん。しばらく住む場所がないという感じですか?」
「……ああ、まあな。前いた場所が諸事情でな」
「そ、そうなんですね……っ。それなら、その……またここにしばらく泊ってもいいですよ!」
ち、近い。
過去……騎士の時代からあまり女性と関わることのなかった俺は、今も異性との距離には慣れない。
仄かな甘い香りが届くほどの距離に、俺は苦笑を返す。
「その気持ちはありがたいがな……さすがに若い女性二人のところに泊まらせてもらうのはな」
「おやー? もしかしてスレス様って、私くらいの子が趣味ですか? ぺったんでちっちゃい私とかを見ていると、ムラムラして襲いたくなります?」
「……いや、そんなことはないが」
「なら良いではないですか」
暴力的に言いくるめられてしまい、他にいくあてもない俺は、静かにうなずいた。
「わかった。すまないが、しばらくここで厄介になると思う。よろしく」
「はい、お任せあれ。アクリル様がスレス様のすべての面倒を見てくれるはずですから。ええ、そりゃあもうあんなことやこんなことまで……」
「な、何を言っているのですかメイ! あほなこと言っていないで、ほら! 夕食を作りましょう!」
「あほとはなんですか。……まさかアクリル様、いかがわしいことを考えているのでは……?」
「そ、そんなことありませんよっ! な、何も変なことなんて考えていませんよ! はい、考えていませんともっ」
「あらそれは残念でしたね、不正解です。私はいやらしい意味を込めていったのです。まったく。アクリル様は察しが悪いですね、ぶーぶー」
「察していましたよ! ずばり見事的中でしたよ! まったくメイは……あっ」
そこまで叫んだ彼女は俺の方に視線を向け、かぁぁぁと顔を赤くした。
……あまり、そういう話を続けないほしい。
どのような反応をとればいいのか、皆目見当もつかない俺は、ただただ苦笑を浮かべるしかない。
そんな俺の苦笑が彼女にとってはダメージとなってしまったようで、リビングから飛び出した。
彼女の後姿を眺めていたメイは、はふぅと満足したような息をついた。
肌が心なしか輝いているように見える。そんなにアクリルをからかうのが楽しいのか。
まあ、わからないでもない。真面目で素直な子だ。さっきのような話になれば、素直に感情を出してくれる。
ころころ、目覚ましく変わる表情は、見ていて心が温かくなる。
「お嬢様は相変わらずからかいがいがあります」
「あんまりやっていると、嫌われるかもしれないぞ」
「大丈夫です。アクリル様は心が広い方ですからっ」
「……まあ、確かにな」
「スレス様、部屋はどうしますか? 今なら、アクリル様のお部屋でも構いませんが」
俺が構うっての。
彼女はどうにも、俺とアクリルをくっつけたいようだ。
いやいや、と俺にとって年齢はあまり意味のないものだとしても、それはさすがにな。
「前のときと同じ部屋でいい。それとも、もう荷物置き場にでもなったか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
食品をしまいおえた彼女が階段を上がっていく。
ぺたぺたと階段をあがっていき、ずらりと並んだ部屋のうちから一つを選ぶ。
「こちらです。昨日ちょうど掃除したばかりですので、汚れは目立たないと思いますが気になるようでしたら言ってください。あとで掃除しますから」
ベッドに棚、テーブルと椅子といった基本的なものがそろっている。
宿として借りれば、それなりの値段になる。
俺が借りていたアパートよりも、全然綺麗だ。
少し懐かしさを覚えたのは、心にしまっておこう。
「ありがとう。さすがに綺麗だな
「ふふん。夕食も食べますよね?」
「……その、ピーマンは嫌いだから抜いてくれないか?」
「子どもじゃないんですからちゃんと食べてください」
うぐぅ……。
メイは笑顔とともに部屋を去る。ぱたんと静かになった部屋で、寝転がる。
とりあえず、宿はなんとかなった。
……いつまでもお世話になるのも、迷惑だろう。
早めに新しいアパートを探さなければならないが、クロンのツテを使っても見つからなかったのだ。
混血の俺だけではどうしようもない。そもそも、ぼったくられる可能性も高い。
部屋にノックが響いた。体を起こし、視線を向ける。
「アクリル、開いているぞ」
「……な、なんでわかったんですか?」
ぴょこんとドアの隙間から顔を見せたアクリルは、面食らったような顔だ。
「……まあ、勘みたいなものだな」
魔力、霊力は人によって違う。覚えていればそれを使って探知が可能だ。
そもそも、アクリルかメイしかいない。かっこつけて適当いっても五割で当たる。
アクリルは簡素な服に身を包んでいた。
それだけ信頼してもらっているのだろう、嬉しい限りだ。
「何か用事か?」
「えっと……その……すこしお話がしたくて」
「俺もアクリルと話しがしたかったんだ」
「そ、そうですか……どのような話でしょうか?」
照れたように彼女ははにかむ。
「アクリルが来たんだ。アクリルから話せばいい。別に急ぎの話でもねぇしな」
「えっと……私が聞きたかったことは、スレスさんの戦いです。……あの時、私を助けてくれた時って、スレスさんは何の霊具も魔具も使用していなかったんですよね?」
霊具、魔具は、それぞれの力を用いてエンチャントなどを施した道具のことだ。
霊力、魔力がない者でも、一定の力を発揮することができる便利な代物だ。
「もちろんだ。……なんだ、もしかして疑っていたのか?」
「う、疑ってはいませんっ! スレスさんは本当に強い人なんだって、思っていますから!」
必死に否定する彼女に、冗談めかしていった自分を殴りたくなった。
「冗談だ。そんなこと思っちゃいねぇよ」
「もう……スレスさんまで私をからかうんですね」
「そう怒らないでくれよ……」
「別に怒っていませんよ。はい、怒ってなんていませんよ」
「……悪かった」
「そう思うのでしたら、耳、なでてください」
「……わかったよ」
彼女が俺のほうに耳を傾けてきた。
どうも、エルフ種というのは耳をなでられるのが好きらしいな。スフィンもよくおねだりしてきたものだ。
俺が軽く耳をなでてやると、彼女は幸せそうな顔と声で反応した。
「スレスさん……どうしてあんなにつよいのですか?」
「俺の力の使い方が、本来の混血の力なんだよ。魔力と霊力、その二つを用いた身体強化をすれば、肉体は単純計算で二倍の力を得られる。魔法と精霊術を同時に使うことだってできる」
まあ、俺の時間魔法が優秀というのもある。
魔法はその人の心に反応して発現する。俺は時間魔法が発現したため、それ以外の魔法は使えないが、応用すれば似たようなことができる。
再現魔法などが、その一例だ。
「私にもできるのでしょうか」
「やる気があれば、絶対にできる。アクリルの才能は、俺を凌ぐかもしれねぇからな」
彼女の耳がぴくぴくと揺れる。
なでる手を止めていると、彼女が耳の先でつついてくる。
はいはい、としばらくなでていると、彼女は拳を固めた。
「私も、いつかスレスさんのように強くなります」
「……確か、ご両親のような立派な探索者になりたいんだったか」
「はい……パパとママはいつも笑顔で……そんな二人の結婚が間違っていた、なんて決して思われたくありません。……そのためには、パパとママから生まれた私が、頑張るしかないんです」
「そう、だな。……俺も教師になったらおまえを全力で補助する。一緒に頑張ろう」
「……はいっ。おねがいします!」
彼女は俺から少し離れて、一礼をする。
はにかんだ彼女を見ていると、ああ、俺も頑張らなきゃなと素直に思えた。