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第四話 動き出す時間


再現コシュマール強化アメリオレシオン


 エンシェントブラックウルフの風の刃を再現し、さらにそれに自分の魔力を乗せる。

 俺の魔力を含んだ風の刃はより鋭くなる。

 同時に空間へ時間魔法を発動し、エンシェントブラックウルフへと干渉する。


 エンシェントブラックウルフの心臓の時間をとめてしまえばそれで勝ちだ。

 だが、さすがにそれほどの深い干渉に、エンシェントブラックウルフは抵抗してきた。

 ……ある程度の力があれば、体への干渉は防がれる。


 エンシェントブラックウルフはうなるように雄たけび、前足を振り上げた。

 暴風が巻き起こり、風の刃が迫るが、それを再現して放つ。

 相殺したあと、用意しておいた風の刃を放つと、エンシェントブラックウルフは横にとんでかわした。

 

 しかし、終わりじゃない。


「時間魔法・加速アクセレシオン遅延リタード


 風の刃は途中で加速し、エンシェントブラックウルフはある空間に入った瞬間、その動きが緩慢になる。

 エンシェントブラックウルフに干渉できなくとも、空間には干渉できる。時間の流れが遅い空間を作り、エンシェントブラックウルフがそこに入って勝手に遅くなるというのは可能だ。


 エンシェントブラックウルフの足を切り裂いた。血が噴き出し、ごろごろとエンシェントブラックウルフが転がる。

 アクリルとエンシェントブラックウルフが分断される。


「無事かアクリルっ」


 急いで駆けつけると、彼女はぼーっとした顔でこちらを眺める。


「す、スレスさん……はい、無事です……」

「……よかった本当に」

「すみません、心配させてしまって……」


 アクリルの右手にはキーホルダーが握られていた。

 目的のものは見つかったようだ。……運のいい子だ。

 再会を喜ぶのも束の間――起き上がったエンシェントブラックウルフは顔を怒らせ、こちらをにらみつけていた。


「ガルルッ!」


 獲物を横取りされたあげく、散々に痛めつけられたのだ。

 ぶち切れるのは当然か。


 エンシェントブラックウルフがその巨躯を生かして飛びついてきた。

 指を鳴らす。エンシェントブラックウルフは空中でぴたりと止まった。


 空間の時間を停止させただけだ。魔物は驚いたようにこちらを見ていた。

 俺の作り上げた空間の魔力そのものを吹き飛ばせば、俺の魔法を跳ね返せる。


 しかし、動揺や驚きに支配されてしまったのか。エンシェントブラックウルフはその場で力づくで動こうとするばかりだ。

 それでは決して破れない。魔法には魔法をぶつけるのが常識だ。


 風の刃を作り出す。次の攻撃で仕留めるため、二つ同時に放った。

 エンシェントブラックウルフの体へとあたると、その体を抵抗なく切り裂いた。

 空間の時間を戻すと、その場で血がさく裂する。


 ……これで終わりだ。

 軽く手を払うようにしてから、俺はアクリルたちを見る。

 ひどく、驚いたような顔だった。……ああ、わかってるよ。


 その反応は予想していたものだった。……そうして、俺に皆がおびえるのだろう。

 怖がらせてすまない。そう言おうとしたところで、アクリルがぎゅっと手を握ってきた。


「スレスさん……たすけてくださって、ありがとうございます」


 嬉しそうに彼女ははにかんで、俺の手をぎゅーっと強く、強く握ってくる。

 ……まるで俺の不安や恐れを理解し、それらを包み込もうとするかのようだった。

 

「……スレス。あなたって何者なの?」


 リームが首をかしげながらこちらを見てくる。

 昔は英雄と呼ばれ、のちに化け物と呼ばれていたな。

 俺が黙っていると、彼女は俺から視線を外し、アクリルを睨む。びくり、とアクリルは肩をあげ、俺の後ろに隠れた。


「アクリル……あなたはあした反省文の提出ね」

「……はい」

「ちょっと待ってくれ。アクリルは大事なキーホルダーを純血に捨てられてんだ。もとはといえばそれが悪いだろ」

「そっちについては、あとで調べるわ。……他人が原因だとしても、命を失うような危険をしたことは反省するべきよ」

 

 そりゃあリームの言い分もわからないではないが、俺が悶々としているとアクリルは納得した様子で頷いた。

 ……仕方ないか。


「それで、スレス? あなたさっきの力は何かしら?」

「……それは。魔法だ」

「……魔法? エンシェントブラックウルフが使っていた魔法をそのまま真似していたわよね……? おまけに、威力をあげて……そんな魔法、聞いたことないわ」

「俺だけが持つ魔法、かもな」


 隠していた事実を伝えると、リーナたちは目を丸くした。


「……あなた、混血であれだけの魔法が使えるのよね」

「ああ、精霊術も同じように使えるな」


 彼女がすっと俺の両目を覗きこんでくる。

 オッドアイを確認しているのだろう。俺の右目は銀で、左は黒だ。

 ……ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。

 ……近い。

 そこまで近づかなくとも、見れるだろう。

 体を揺するようにして彼女をとんと押し返す。


「混血なのに、どうして力を使えるのか聞きたいところだけど、まずは学園に戻りましょうか」


 興味津々、といった様子で彼女は言った。

 意外な反応だった。……驚いたり、おびえたりしないのだろうか。

 まあ、初めは……そうか。過去でも一か月くらいはそうだったな。


 ただ、もう少しだけ……この平和な日常が続いてくれたら嬉しいかな。



 〇



「スレス。詳しく話を聞かせてくれないかしら?」


 学園長室にある二人掛けのソファに座り、俺は学園長と向き合っていた。

 俺の隣にはアクリルが、学園長の隣にはクロンが座っている。

 クロンは学園長の隣がとても居心地悪そうだった。

 時々体を緊張させるように揺すっている。


「別にそれほど話すことはないと思うが……俺は昔から亜人と人間の力を使いこなせるだけだ」

「……亜人と人間。混血では絶対に使えない二つの力を、あなたは使えるのね?」

「ああ……カッパ、出てこい」

『お呼びましたか、ご主人様ッパ!』


 俺が声をかけると、精霊カーパが現れる。

 見た目はかわいらしい河童だ。精霊は属性に合わせた色をしていて、向こう側を見ることができる透き通った色をしていた。


 水色のそいつはなぜかシュノーケルをつけたようないでたちをしている。

 この時代で目覚めてから契約した精霊だ。


「カーパ。適当に水術を頼む」

『任せてッパ!』


 カーパに俺の霊力を渡すと、術へと変換する。精霊術は、俺が作るのではなく契約した精霊が放つものだ。

 水の砲弾を放ったので、俺が時間魔法を発動し、その動きを止める。

 巻き戻し、消滅させる。


「これが精霊術と魔法の併用だ」

「ほ、本当に……息をするかのようにあっさりと、やってくれるわね……」

「……あ、ありえない。混血で、そんなことができるなんて……」

「混血だから、できるんだ」


 クロンの間違った解釈をただすと、彼はその場でぶっ倒れた。

 許容オーバーらしい。……そういえば、帰り道も俺の戦いについてぶつぶつ呟いていたな。


「クロン大げさすぎよ」


 リームが倒れたクロンを蹴ると、クロンがはっと目を覚ました。

 そんなクロンを横目に、学園長の目元が緩んだ。


「ねえ、スレス。あなた、今用務員やってるけど……別の仕事に興味ない?」

「……別の仕事?」


 一体、なんだ?

 俺の力を知ったものの多くは、俺を恐れていた。

 ……なのに、学園長は楽しそうに目元を緩めてばかりだった。

 なんだか、むず痒い、慣れない感覚だ。


「学園長、まさか!」

「ええ、そういうことよ。スレス、あなたに混血クラスを任せたいの」


 ……俺が教師に?

 その提案は嬉しいものだった。

 もともと、人に教えるのが好きだった。……ただ、俺は失敗してしまった。

 即答できずにいると、クロンが声を荒げた。


「ま、待ってください学園長! あなた、いったい何を言っているのかわかっているのですか!? 探索者育成学園の教師は、それなりの血筋のものにしか務まらない! 僕たちが許可したところで、上がおそらく反対しますよ!」

「そうかもしれないわね。そっちは私たちでなんとかするとして」

「僕も入っているのですか!?」

「当たり前じゃない。あとはスレスの気持ち次第よ」


 何を言っているんだ?

 ぽんぽんと話が進んでいき、俺は驚きを通り越してしまっていた。


「俺の力ははっきりいって強大だ。……おまえたちはそれが怖くないのか?」


 アクリル、クロン、リーム……彼らへ順番に視線を向ける。

 ……過去、俺の力は強すぎるゆえに拒絶された。

 だから、ここでもきっと同じことが起こると思っていた。


「スレスさん? ……私、スレスさんのこと怖くなんてないですよ? スレスさんが優しいこと、私知ってますからね! もしも、もしも私たちの先生になってくれるなら、嬉しいです」

「私も別に。強い男ってそれだけでいいじゃない。それに、これでもスレスと一か月くらい過ごしてきて、あなたの人となりはわかっているつもりよ?」

「……ふん、僕が混血におびえるだと? そんなことあるはずがないだろう」


 三人はそれぞれの返事をくれた。

 ……俺の心に生まれたのは安堵だった。

 全身が脱力するほどの息を吐きだす。


 口元が、自然に上がっているのに気づいた。

 ……俺を見て、そう言ってくれるのは嬉しかった。


「もう一度聞くわスレス。……あなたに、混血クラスの教師になってもらえないかしら? この世界で、あなただけが……あの子たちを助けられる可能性があるわ。私には、あなたが必要なのスレス」

「……」


 探索者育成学園の九割は純血だ。。

 しかし、一部の才能を認められた混血たちが残りの一割を占めている。

 

 混血がいる理由それは……純血の落ちこぼれが目立たないようにするためだ。

 そんな立場をどうにかしたい、とリームは常日頃から言っていた。

 ……それができるのは、この時代ではきっと俺だけなのだろう。


 アクリルのキーホルダーが捨てられたのも、元はといえば混血だからだ。

 どうにか、してやりたい。俺のこの力が、誰かの役に立つのなら。


 そんなとき、一つの光景がよぎった。

 戦い方を教えた部下たち、苦楽を共にしてきた仲間たち。しかし影では化け物と俺を呼び、バカにしていた――。

 それを思い出して、体が震える。


 また、そうなるかもしれない。

 唇をぎゅっと噛み、力をこめる。爪が肌に食い込むほどに力を入れてから、俺はアクリルを見た。


 ……俺の力で、少しでも彼女の立場が変わるのであれば――。

 いや、彼女だけじゃない。

 ……もっとたくさんの人に教えてやりたい。


 逃げるのはやめよう。

 今度こそ、失敗しないように……頑張ればいい、ただ、それだけだ。

 

「俺でよかったら、引き受けよう」

 

 そういうと、リームはあふれんばかりの笑顔とともに、飛びついてきた。



とりあえずのプロローグ部分が終わりとなります。

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