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第二話 友を守るための力



「あっ、スレスさん。おはようございます!」


 晴れやかな笑顔とともに手を振ってきたのは、アクリルだ。

 探索者育成学園、高等部一年生の女子生徒。


 金色の髪は、夏の日差しにもまけない明るさだった。

 学園の制服に身を包んだ彼女は、十六歳という年相応の笑みとともに近づいてきた。


 彼女で特徴的なのは、両の瞳だ。右は青で、左は赤。混血特有のオッドアイだ。


 耳の先は少しとがっていて、だれが見てもエルフの血が混ざっていることがわかる。

 ただ、それ以外は人間そのものだ。

 エルフと人間の間に生まれた、いわゆる混血だ。


 俺は首元に下げたタオルで額を拭いながら、片手をあげる。

 ぴょこぴょこと笑顔とともに駆け寄ってくる。


 俺の前で足をとめ、にこっと微笑んだ。

 アクリルの笑顔は人を元気づける力がある。


 大変な仕事だが、彼女の笑顔を見るだけでやる気が回復するのだから、俺はかなり単純なのだろう。


「スレスさん、暑くないですか?」


 夏真っ盛りの今の季節。

 今日も、少し動けば汗がとまらない。


「暑いが、まあ……これが仕事だからな」


 俺は背負ったゴミ籠へと視線を向ける。

 俺は今、探索者育成学園で用務員をしていた。


 学園内のごみ拾い、または汚れの目立つ箇所の掃除が主だった。

 案外これが楽しいものだ。

 戦いばかりだった俺には珍しいものばかりだからな。


 俺が眠りについた時代から、千年以上が経っていた。そのため、この時代の人は誰も俺を知らない。


 周りの目を気にする必要がないため、のびのびと生活できる。

 ここでの生活は最高だ。なんか異常に科学技術も発展していて、生活は便利なことだらけだしな。


「そうですか……体を壊さないようにしてくださいね!」

「アクリルも、体調を崩さないようにな」

「はいっ!」


 アクリルが笑顔とともに去っていく。

 ……俺がこの時代で目覚めたときは、街の外だった。


 森の中をぽつんと歩いていた俺は、実地訓練を行っていたアクリルたちと出会い、街まで案内してもらった。

 その時があったからこそ、彼女とそれなりに親しかった。


 いつまでも休んでいる場合ではないな。

 ゴミ拾いを再開すると、俺の前に空き缶が捨てられる。


 顔をあげると、携帯電話をいじりながら、純血の生徒がゴミを捨てたところだ。

 俺と視線が合うと、彼はバカにしたように笑う。


「混血のおっさん、何か文句でもあるのか?」

「いや、文句はないがな……俺は学園を綺麗にするために仕事をしてんだ。俺がいないときは、ちゃんと捨てるんだぞ」

「うっせぇよ混血が。純血に逆らうつもりかよ?」


 生徒はげらげらと笑って、歩き去っていく。

 ……この時代で目覚めて驚いたことがいくつかある。


 一つ目は混血と純血だ。この時代では、純血が優遇されている。


 なぜか、と言われれば混血が正しい力の使い方を知らないからだ。

 千年という月日が経ち、どうやら混血たちの指導方法が失われてしまったらしい。


 混血は人間が使える精霊術、亜人が使える魔法の両方が使えるため、本当は強いのだが。

 この学園にも混血の子は通っているが、皆落ちこぼれとして扱われていた。


 二つ目は、そんな混血と純血の才能だ。俺は相手の霊力や魔力を見れば、その者の才能がある程度わかる。


 ……この時代は俺が知る時代よりもずっと才能にあふれた子たちが多い。この学園の生徒一人を過去に連れて行けば、おそらく街一つくらいなら余裕で落とせるだろう。


 三つ目は、科学技術の発展だった。俺の時代ではまだそういった言葉が生まれだした程度だった。周囲を見ると、遠くへの連絡手段として用いられる携帯電話をいじっていない生徒はいないほどだった。


 学園の校舎は立派な造りとなっているし、それは街のどこを見てもそうだ。十階を超えるビルなどを見たときは目を丸くしたものだ。


 バスや車といった、遠くへの交通手段はあるし、それらが通る道も綺麗に舗装されていた。トイレのウォシュレット機能はこの時代で一番はまったものだな。


 生活を豊かに、便利にする道具はたくさんあったが、悪いことではないだろう。

 目覚めて一か月が過ぎた今でも、まだまだ分からないことはたくさんある。

 

 それでもなんでも――今は平和にのんびりと過ごせている。俺の待ち望んだ生活がここにはあった。


 影が落ちる、空を見上げると飛行船が別の街へと飛んでいくところであった。

 一度は乗ってみたいなと思いながら、俺はゴミ拾いへと戻っていった。



 〇



 探索者育成学園は大きい。


 というのも、この国にとって探索者は非常に重要な役目を担っているのだから、それを育成する機関が巨大なのは当然なのかもしれない。

 探索者の仕事は迷宮や、未だに開拓されていない大陸の調査を行う。


 また、世界に時々出現する迷宮は、探索者が一度調査してから、それから一般の冒険者たちが利用できるようになる。


 初期調査という重要な仕事を担う彼らを育成するために、金が費やされている。

 放課後。夕暮れの校庭でゴミ拾いをしているとアクリルがこちらへと歩いてきた。


「どうしたアクリル?」


 視線は下に向きがちだ。何かを探しているのか?


「あっ、スレスさん。……そのすみません。こんなかんじのキーホルダーを見ませんでしたか?」


 彼女が両手でキーホルダーの形を示して見せる。

 ……そんなものはなかったな。


 俺は腰にさげていた袋を外し、彼女に渡す。

 明らかに落とし物とわかるものは、別にまとめてある。


「この中にあるか?」

「えーと……ない、ですね」

「そうか……大事なものなのか?」

「はい。……その両親が最後にくれたものでして」


 アクリルの両親は探索者として仕事をしていたときに命を落としてしまったらしい。

 ……大事だったのだろう。見つけてやりたいものだ。


「俺も意識して探してみよう。見つかったら連絡する」

「ありがとうございますっ」


 ……とはいえ。この広大な学園のどこにあるかはわからない。

 風が吹けば飛ばされるだろうし、生徒が気づかずに蹴り飛ばすかもしれない。

 ……みつけるのは難しい、といわざるをえない。


 それから、俺はゴミ拾いをしながら学園内を探し回っていく。

 ……見つからないな。


 夕陽はすっかりと落ち、ちかちかと照明がつきはじめると、校庭で自主トレをしていた生徒たちもぞろぞろと切り上げていく。


 生徒たちは、ゴミを捨てていくため、この時間は結構忙しい。

 俺がゴミカゴを校庭に置くと、生徒たちがぽいぽい入れていく。


「なあ、さっきの混血の女みたか?」

「ああ、見た見た。放課後から惨めにずっと探してたよな」


 混血の女……という言葉に思わず顔を向ける。


「昼間捨ててやったキーホルダーだろ? 今頃魔物の餌にでもなってるだろうぜっ。いや、あんなきったないの、魔物も食べたがらないか」

「はは、そうかもなっ。あんなきったない奴を探しているなんて、混血ってのはたいそう貧乏らしいな」


 くはは、と純血の生徒たちが笑い声をあげる。

 今の話にあがった惨めな混血の女というのはまさかアクリルか?

 

「それにしても、なんかあったのかよ? あんな混血ごときにかまうなんて時間の無駄じゃないか?」

「はん。あいつはな、生意気にも、『ゴミはちゃんと捨てろ』って注意してきやがったからな。逆らったらどうなるかって話だ。泣きそうな顔、マジ傑作だったよな」


 ……アクリル。俺のためにそういってくれたのだろうか。


「本当にな、はは!」


 頭が一瞬で爆発したように熱くなる。

 俺は彼らのほうに近づき、その腕をつかむ。


「おい。その話は本当か?」

「てめ……用務員が、何か用かよ?」

「さっきの話だ。混血の女のキーホルダーを捨てた、という話だ」

「あぁ? なんだよそんなことかよ。純血に逆らったんだから当然だろ。あいつの持ってるカバンを捨ててやったんだよ。まあ、そのときにキーホルダーだけ引っかかったから訓練で外に出たときに捨ててやったんだが……どうやらそいつがあいつにとっては大事なものだったらしいな」

「あんなゴミみたいな人形が大切なんだからな、笑っちまうぜ!」


 二人の男は楽しそうに笑っていた。……人を傷つけるような真似をしておいて、悪びれた様子を一切持たない彼らに、苛立った。


 俺は彼の胸倉へと手を伸ばす。

 彼らの過ちを言葉によって指摘し、納得させるのが大人としての役目だろう。


 しかし、アクリルの悲しんでいた顔が脳裏にちらつき、必死に探している姿を見ていたからこそ、それだけでは済ませられなかった。


 この時代では平和にのんびりと生きるつもりだ。それは今も変わらない。力を使い、誰かに拒絶されたくはないと思っていた。

 ただ、大切な友人を悲しませる奴を見逃せるほど、俺の牙は抜けきっちゃいない。


「て、てめぇ! 用務員のじじい! いきなり何しやがる!」


 男の友人が殴り掛かってくる。

 かわしながら足をひっかけてやると、顔から派手に転がった。


「外の、どこに捨てやがった?」

「……ぐ、ぇ……ぐ、ぐるしい!」


 彼の首から手を離すと、両目に涙をためて彼はこちらを睨みつけてくる。


「さっさと言え」

「混血……が! ふざけんじゃねぇぞ! ぶっ殺してやる!」


 彼は亜人だ。亜人は魔法が使える。

 魔力が溢れ、彼の竜のような尻尾が地面を叩く。

 へへ、と彼とその友人がそれぞれの武器を構えた。


 校庭に残っていた生徒たちから悲鳴があがる。

 俺は軽く手を払ってから、二人を見据える。


「お前ら程度に殺されるほどやわな訓練はしてねぇよ」

「てめぇ……混血と純血の差を体にたっぷりと教えてやるよくそったれが!」


 彼らが声を荒げて飛びかかってくる。

 その首根っこをつかみ、放り投げる。

 背中から派手に落ちた男がむせるように吐いた。


 もう一人が剣を振り抜いてきたが、それを片手で受け止める。

 動かなくなった剣を見て、男が目を見開いた。


「あ、ありえねぇ……な、なんで混血がっ!」


 剣を振り抜こうと力をこめてきたが、俺はそれを超える力で押さえつける。

 さっさと、武器を捨てるべきだった。

 彼の頭をつかみ、地面に叩きつけると、声は聞こえなくなった。


「それで……どこに捨てたんだ? さっさと教えろ」


 まだ意識のある方の頭を掴む。

 彼が尻尾を振り抜いてきたので、片足で踏みつける。


「ぐぅああ……教えるかってんだ! クソ混血が!」

「言う気がないなら、言うまで続けるだけだぞ」


 彼の頭をつかみ、地面に叩きつける。

 一度叩きつけると、彼は小さな悲鳴をあげた。


「ぐ、ぇ……そ、外だっ。街の外、門からでて、すぐにいたブラックウルフにつけてきたんだよっ!」

「……そうか」


 そこまで聞けば十分だ。

 彼らの体に手を触れ、傷を治療する。


 俺の魔法は時間魔法だ。

 怪我する前に戻せばそれでいい。


 集まっていたギャラリーたちが騒ぎたつのを無視して、俺は携帯電話を取り出す。

 目立つつもりはない。

 だが、友が悲しんでいるのに、それを無視することなんざできやしない。


 アクリルに連絡をしてみたが、繋がらない。

 ……まあ、いいか。

 とりあえず仕事を終えて、それから外にキーホルダーを探しに行こうか。

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