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第一話 英雄はいらない


「スレス。この国に英雄はいらないんだ」


 場所は王の寝室。

 予想していたものだったが、それでもやはり直接言われるとショックが大きかった。


「我々を道具のように扱っていた神々を、倒したおまえの功績……それを認めないわけではない。だが、な。だからゆえ、人々はおまえに恐れている」


 それも、そうだろうな。

 この世界を支配していた神々。そいつらは世界を破壊するほどの力を持っていた。

 そいつらを倒せた俺が恐れられるのは、当然だ。


 敵がいたときはよかった。

 俺は騎士たちから厚い信頼を受け、先頭で戦い続けた。

 だが……敵がいなくなった今。


 俺のこの力は、化け物として恐れられるものとなってしまった。

 俺は触れるだけで彼らを殺せるほどの力を持っている。


 俺にそんなつもりはない。

 しかし、その気持ちを証明するのは俺の言葉と態度くらいのものだ。

 必死に伝えた。けど、ダメだった。


 気持ちは目には見えない。

 結果、「気を損ねれば、いつ殺されるかわからない」と、精神を壊すものもいた。


 俺が街を歩けば、民は目を向けようとしない。

 びくびくと、俺の目に留まらぬよう道の隅を歩いていく。

 騎士の宿舎では、俺を恐れる言葉が飛び交っているらしい。


 英雄などともてはやされたのは最初だけ。

 気づけば俺は、化け物と呼ばれていた。

 仲間と信じていたものたちが、俺を馬鹿にするように呼んでいた。


「わかっています」


 ……口では大人の返答をできる。

 しかし、どれだけ成長しても、この心を締め付けるような苦しみだけは消えてくれない。


「スレス。こんなことを言うのは情けないことだと思っている。本来ならば、私がおまえを守らなければならないのだが……」


 その先を王に言わせるのは酷だ。


「いえ……気にしていません。すべて、自分の力不足が招いた結果です」

「そんなことはない。……間違っているのはおまえではなく、我々だ」


 口をぎゅっと結ぶ。

 気を抜けば、表情が崩れるかもしれない。

 だから、戦いのように引き締める。


「旅の資金として使ってくれ」


 じゃらりと、重たい袋が机に置かれた。

 王が用意した袋には、たくさんの金貨が入っている。

 俺は一瞥だけを返した。

 

「必要ありません。金がなくても生活できます」

「……スレス。お前は正しい。これからも、おまえはおまえらしく生きていってくれ。……そんなおまえを、受け入れてくれる人もいるだろう。少なくとも、私やスフィンはそうだった」


 ……スフィン。

 戦争によって親を失い、行くあてのなかったエルフの少女。


 俺が拾い、今では少しわがままだが元気で立派に育ってくれた。

 俺を信頼してくれる数少ない子だ。


 ……彼女はこの国にも馴染んでいる。

 スフィンに別れを告げれば彼女はきっと、俺についてこようとするだろう。


「ありがとうございます……それでは王、この国をよろしくお願いします。……それと、スフィンを頼みます」

「……ああ、わかっている。またいつか、一緒に飲みにでもいこう」

「……はい。最後に、スフィンを少しだけ見ていきます」

「……そうだな。それじゃあ、またどこかでな」


 友人として、笑みを浮かべてくれた。

 胸がぎゅっと締め付けられ、様々な感情が流れ出す。


 窓から外に出て、壁を伝い、スフィンが休んでいる部屋へと向かう。

 昼間暑かったからか、窓は開いていた。揺れるカーテンの隙間から中へと入った。

 すやすやと天蓋付きのベッドで眠っていたスフィンに安堵の息を漏らす。


「随分と、大きくなったな」


 小さくつぶやいてしまった。

 スフィンの耳がわずかに動いた。


 起こす気はなかった。

 けれど、別れの言葉が聞きたいという気持ちが少なからずあり、無駄な言葉を発してしまった。

 一度首を振り、次の言葉は胸に浮かべるだけにする。


 もう一人でも大丈夫だよな。

 スフィンは俺とは違い、聖女として民から慕われていた。

 ……毎日、楽しく生きてくれればいい。


 彼女の枕元にそっと手紙を一つ置いて、誕生日プレゼントに買っておいたネックレスも一緒に添えておく。


 それから城を離れ、遠くの大陸へとたどりついた。

 地面を掘り起こし、俺は途中で購入した棺を入れる。


 俺が、もっとも恐れられた理由は、俺の持つ魔法だろうな。

 俺は時間に干渉する魔法を持っている。時間魔法と呼ばれているこいつは、相手の命でさえ、止められる。


 そんな時間魔法を使い、俺は大地に干渉する。

 それから棺に入り、俺が土を掘り返す前の時間に戻した。これで大地は元通りとなる。


 さらに、時間魔法を使い棺の中の時間の流れを遅くする。棺の一分が、外の一時間に。いや、それ以上に。


 俺は年を取らない。時間魔法が影響しているのか、俺の年齢は二十後半で止まってしまった。だから、どれだけの時間が経とうとも年齢には関係ない。


 俺を誰も知らない世界で、俺は生きる。

 そう……未来に行く。百年……いやそれ以上先の未来へ。


 未来でなら、何も気にすることなく、ひっそりと生きていけるだろう。

 俺はそこで、普通の生活を送る。


 平和にのんびりと。


 誰に怯えられることもなく、誰に力を見せることもなく、そうやって……平和に。

 ゆっくりと目を閉じ――俺は次に目覚めるそのときまでゆっくりと心を休めた。



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