尚の変身2
ついた先は、シャーロットフランシス。
シャーロットフランシスは元々洋服のブランドでそこからいくつかに展開していた。
まず本場のシャーロットフランシス、
これはかなり高い値段でセレブじゃないと気軽に買えない。
次にコスメのシャーロットフランシス、これが尚たちの会社が共同で手掛けているものだ。
そしてシャーロットフランシスf、このfはフォルテシモの意味で、
もう少し手軽に買えるよう、日本の企業がライセンス契約をして
独自に展開しているものだ。
なので、日本でシャーロットフランシスの服を指すときは、
このfのほうがほとんどになるが、みんなfは付けず普通に
シャーロットフランシスと呼んでいる。
今来たお店ももちろんこのfのほうだ。
「いらっしゃいませ」
店員が声をかけてきたので、麻美が「店長います?」と聞き、店員が店長を呼びに行った。
するとすぐに店長がやってきて麻美を見て笑顔になった。
「秋山さん」
「ご無沙汰してます」
麻美が軽く会釈をしたので、尚も一緒に会釈をした。
「尚ちゃん、こちら店長の有吉恵さん」
「は、はじめまして」
紹介されたので改めて尚は会釈をした。
続いて麻美は尚を恵に紹介した。
「この子はうちの部署の佐々木尚です」
「ずいぶんアンバランスな恰好ね。顔は女の子なのに恰好が男の子なんだもん」
もっともなことを言われてしまい、
恥ずかしくなって顔をそむけてしまった。
「だから洋服を探しにきたんです」
「なるほど。撮影用?」
「いえ、今日は彼女の私服です」
麻美は事情を説明していないのに彼女と言っていたが、
恵は特に驚いたり詮索することもなく、「じゃあいっぱい買っていってね」と
笑顔で返してくれた。
「尚ちゃんにはどんなのが似合うかな」
麻美はいろんな服を取りながら考えていた。
そんな麻美に気になることがあったので聞いてみた。
「麻美さん、ここってうちと同じブランドじゃないですか。やっぱり関係あるんですか?」
「うん。会社自体は違うけど、大元が同じだから提携してるの。だからうちが撮影するときは衣装提供してもらって、逆にこっちが撮影するときはうちのコスメを提供しているの。
それにね、社割みたいな感じでお互い個人的に買うときも安くなるんだよ」
最後の言葉は嬉しそうな感情がこもっていた。
「尚ちゃんは着てみたいのある?」
いざ目の前にするとどれを選んでいいかわからないので困ってしまった。
「じゃあ、わたしが似合いそうなの選んじゃっていい?」
宣伝部はみんなオシャレだが、なかでも一番オシャレなのは麻美だ。
ここはお任せするのが正解だと思う。
「お願いします」
「任せて!」
麻美は自分の服のように楽しそうに次から次へと手に取り選んでくれた。
すでに10着は超えているような感じだ。
そこへ恵がやってくる。
「全部購入ですか?」
「はい、あと靴とバッグも買います」
いくら安くなるとはいえ、基本的に定価で1着1万円近くする。
さすがにこんなには払えない。
「ぜ、全部はさすがに…」
尚が止めに入ると麻美は「大丈夫」と言ってきた。
「これ会社の経費だから。それに1着しか買わなかったら明日からどうするの?」
「どうするって…」
「まさかその髪型で男のスーツ着るつもり?尚ちゃんは女の子なんだから明日からはちゃんと女物で出勤しないとダメだよ。そのための買い物でもあるんだから」
それで納得した。
麻美が選んだ服の中には、オフィスっぽいのも含まれていたからだ。
そっか…明日からレディースの服で出勤できるんだ。
それがわかっただけで嬉しさがこみ上げてきた。
バッグはトートとハンドを靴はリボンが付いた
可愛いパンプスなど5足を買うことになった。
これだけで相当な量だ。
それでも、これ全部が自分のものというだけで嬉しくて仕方ない。
「どれ着ていこうか?」
そう、今日の目的はレディースの恰好で会社へ戻ることだ。
「会社のことは気にせず可愛いの着て帰ろうよ」
「はい!」
この中からワンピースを尚は選んだ。
やっぱりワンピースは可愛い。
タグを切ってもらい、ワンピースに袖を通した。
鏡で見てみると、誰が見ても女の子にしか見えなかった。
思わずニコッとしてしまう。
そしてトートバッグを持ち、ヒールのあるパンプスを履いて完了した。
「尚ちゃんホントに可愛い」
「ありがとうございます」
尚はずっとニコニコしていた。
「有吉さん、今日買ったの即日配達してもらってもいいですか?」
「まったく、無茶いうよね。仕方ないなぁ。この着ていたスーツはどうする?」
「さすが有吉さん!それは捨てちゃってください」
捨てるという言葉に尚が反応してしまった。
「え、捨てちゃうんですか?」
「だって必要ないでしょ」
言われてみればその通りだ。
「はい…捨てちゃってください」
もうメンズの服に用はない。
自分にいい聞かせ、尚はしっかりとした足取りでお店を後にした。
今度こそ会社に戻ると思ったら、そんなことはなかった。
まずはお腹がすいたということでランチを取ることになった。
メニューを開き、麻美は店員に「レディースランチ2つ」というと、
怪しむ素振りもなく普通に「わかりました」と下がっていった。
「誰も尚ちゃんを男だなんて思ってないよ」
「はい…でも」
ずっと気がかりなことがあった。
それはすっぴんということだ。
「ここまで女の子になったならメイクをちゃんとしたいです…」
「その気持ちはすごくわかるよ!正直、メイクしてあげられるし。けどね、最後の仕上げはやっぱりメイクなの。それはちゃんと会社でしてあげたくて。だからごめん、我慢して。それが終わったとき、尚ちゃんは本物の女の子に生まれ変わるから」
「生まれ変わるって…?」
「メイクっていうのはね、女の子にとって可愛くなる最後の魔法なの。その魔法を尚ちゃんにしてあげるってこと」
魔法という響きが素敵に聞こえる。
「わかりました…その代わり絶対に…魔法をかけてください!」
麻美は「もちろん」と笑顔で答えてくれた。
ランチのあとに向かったのは、まさかの下着売り場だった。
「こんな可愛い格好して下着が男物なんてあり得ないでしょ」
というのが麻美の言い分だった。
それは尚も思っていたことなので、素直にレディースの下着を選んだ。
といっても胸はないのでショーツをいくつか選んでいたら、
麻美がブラトップを持ってきた。
「これなら胸なくてもできるでしょ、あとヌーブラ。これを付ければ盛れるから少しは胸も膨らんで見えるよ」
何から何まで麻美はしっかりと考えてくれていた。
購入して、そのまま試着室で着替える。
確かにヌーブラを付けてからブラトップをすると胸があるように見える。
ショーツも履き心地がよく、より女の子になった気分だった。
そしてこのあとネックレスを買いに行き、やっと買い物は終了した。
時計を見るともう夕方だ。
「こんな時間になっちゃった。急いで戻らないと…最後の魔法をかけてあげられないからね」
尚にとっては、この言葉がすでに魔法になっていた。
早くメイクをしたい…
心躍る気分で麻美と会社へ向かった。