尚の変身1
麻美と尚が一緒に出ていき、それから少しして他の人たちも会議室から出てきた。
まるで悠弥を無視するかのように会話をしている。
どうせ話しかけられたところで嫌味しか言われないから
気づかないように仕事をしていたら、少しして七瀬がやってきた。
「終わったの?」
「ええ、まあ」
そう答えると七瀬はため息をついた。
「終わったら普通報告しない?ホント使えないヤツね。アンタにやってもらう仕事は山ほどあるんだから」
そこへ志穂が加わってくる。
「はい、この資料を夕方までに全部まとめておいて」
莫大な束が置かれていてうんざりした。
それに怒りもこみ上げてきた。
百歩譲って七瀬は上司だから我慢できる。
けど、志穂は同期だ。
なぜ同期にこき使われなければならない。
「ふざけんなよ。こんな量を夕方までに終わるはずないだろ。お前も手伝えよ」
そこに七瀬が割って入る。
「何言ってるの?志穂ちゃんはアンタと違って優秀なの。同期かもしれないけど立場が違うんだよ。いい、アンタはこの部署で一番下っ端なの。こういう仕事しかできないんだから文句を言わずにやりなさい」
「そういうこと。しっかりやっておいてね」
志穂が小バカにするように言ってくる。
「く…!」
悠弥は拳を握って怒りに耐えた。
耐えるしかなかった。
「七瀬さん、今日は暇だからゆっくりランチでも行きません?」
「いいね、だったらあそこのカフェ行こうよ。みんなも誘って」
こんな会話をしながら2人は悠弥のもとから離れていった。
暇だと?暇ならなおさら手伝えよ!!
ふざけんじゃねーぞ!
怒りは頂点すれすれまできていた。
尚は麻美の後をついて歩いていたら、意外なところへ連れていかれた。
「麻美さん、ここって…」
「うん、美容院だよ。どうせなら可愛い髪型にしちゃったほうがいいと思って。嫌だ?」
嫌ではない…むしろ内心では密かに思っていたことだ。
しかし、先ほどのようにあと一歩の勇気が出ない。
「嫌じゃないけどやっぱり…」
「もう!尚ちゃんは女の子なんだよ。女の子が可愛い髪型にするのは当たり前のことだよ」
尚ちゃんは女の子という言葉が頭に響く。
やっぱり…可愛い髪型にしたい…
「髪…カットします」
「そうこなくちゃ」
麻美と店内に入ると、30歳くらいのキレイな女性の美容師さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。あれ、麻美ちゃん。今日予約してたっけ?」
どうやらここは麻美の行きつけのお店らしい。
「麻友さん、こんにちは。違います、今日はこの子のカットをお願いしたくて。予約してないけど平気ですか?」
麻友は尚を見てから答えた。
「今はちょうど空いてるからいいよ。どんな感じにします?結構長めだけど思い切って短髪とかにしてイメージ変えますか?」
「え、えっと…」
尚が答えられないでいるので、麻美が代わりに答えた。
「麻友さんのセンスで思いっきり可愛くしてください」
「え、可愛くって?」
「普通に女の子の髪型に」
それを聞いて麻友は改めて尚を見てきた。
「だって彼…男性でしょ。確かに可愛い顔立ちだけど…」
「外見はね。中身は女の子なんですよ」
そういわれると、尚は恥ずかしそうに下を向いていた。
「そっか、そういうことか…。よし、わたしに任せて!女の子にしか見えないくらい思いっきり可愛くしてあげる」
それを聞いて、尚はパァっと明るい表情で顔を上げていた。
麻友はそれを見てクスッと笑っていた。
「せっかくだからカラーもする?」
「そうですね、色は麻友さんにお任せします。ただ、近いうちにモデルやるのであまり派手にはしないでください」
「なるほど、この子もシャーロットフランシスの子なんだね。じゃあ会社の後輩なんだ」
「そうなんですよ。彼女、尚ちゃんっていうんですよ」
麻美はあえて「彼女」といった。
それがまた尚には嬉しい響きだった。
「わかった。じゃあ尚ちゃん、まずはカラーからするからこっちにきて」
「は、はい!」
席に座り、麻友が手際よくカラー剤を付けてくる。
その間も、麻友はいろいろと話しかけてきてくれた。
「尚ちゃんが付けてる香水って新作?」
「そうです。もうすぐ発売されるんですよ」
「いいなぁ、発売前に使えるなんて」
「麻友さんもシャーロットフランシス好きなんですか?」
「可愛いものが好きな女性だったら好きじゃない人なんていないよ」
それを聞いて嬉しくなった。
自分が携わっている商品が好きといってもらえると仕事冥利に尽きる。
カラーが終わり、髪の色を見てみるとピンクアッシュになっていた。
「わー…可愛い」
思わず尚はつぶやいていた。
「でしょ!次はいよいよカットだね」
麻友は楽しそうにハサミを入れて髪を切っていた。
この人なら大丈夫、そんな安心感を漂わせてくれて、
尚は完成を楽しみにしていた。
そして…
「うん、OK!どうかな?」
正面を見たあと、後ろもしっかりとチェックさせてくれた。
「すごい…髪型が変わっただけで別人みたい…」
「ちょっとベタな前下がりボブにしちゃったんだけど、尚ちゃんに似合うのはこれかなって思ったから」
すっぴんでも顔だけ見ていると女の子にしか見えない。
それくらい自然で似合っていた。
嬉しさがこみ上げてくる。
「麻友さん、ありがとうございます!」
お礼を言うと、麻友はニコニコしていた。
これを見た麻友は「可愛い」と大はしゃぎ。
尚は照れ笑いをしていた。
次はとうとう服を買いに行く番だ。
今はメンズの恰好なのですごく不自然に見える。
早く着替えたい一心で足は自然と速くなっていた。