差が開きはじめた2人
数日が過ぎると、悠弥と尚の仕事に対する評価はみるみる差が開いていった。
基本的にコスメなど興味がないうえに、嫌々というのもあって覚えが悪いし作業も遅い。
新たなアプローチで新規開拓をする案を考えるように言われても
まったく思い浮かばず行き詰っていた。
対する尚は、積極的にコスメを覚え、自ら率先して案を出したりしている。
そのおかげもあり、尚はみんなと溶け込み、和気あいあいと楽しそうに仕事をしていた。
つまり、悠弥だけが浮いた存在になっている。
「尚ちゃん、今日は撮影だけど一緒にくる?」
「行きます!行きたいです!!」
今日も新発売の香水の香りを漂わせながら、
尚は嬉しそうに朱里と志穂の後をついていった。
その姿を見ていた悠弥はまったく理解できないと思いながら眺めていた。
「いい案浮かんだ?」
七瀬が悠弥に聞いてくる。
「あ、まだです…」
「いつもそればっか。ちゃんと女性の気持ちになって、どうすれば欲しくなるか考えてないでしょ。やる気なさすぎ。こんなんじゃ指導しているほうがバカらしくなるよ」
そういって七瀬は席を離れてしい、悠弥は取り残されたような感じになっていた。
なんだよ、女性の気持ちって。
俺は男なんだから無理に決まってるだろ。
それによ、最初に移動のときに男性から見た視点も大事だって言っていたじゃないか。
だから男性なりの案を出してるのにことごとく却下しやがって。
そう、一応悠弥も案は出している。
例えば、男性が女性にプレゼントしたくても入りづらいので、
もう少し男性も店内に入りやすいような雰囲気にする案を出したら、
「一番のウリは可愛さなんだから、そこを取り除くなんて論外」
と一蹴されたりしていた。
くそ、なんで俺はこんな部署で仕事してるんだ。
イライラがつのるばかりだった。
撮影現場に行くと、本格的なセットや照明などが用意されていて驚いてしまった。
撮るのは、尚が今付けている香水とリニューアルしたアイライナーとマスカラだ。
「志穂ちゃん、あとはよろしくね」
「はい、任せてください」
そういうと、朱里は別の部屋へ移動していった。
「朱里さんどこに行ったの?」
「メイクだよ。商品の撮影の後は朱里さんがモデルになっての撮影だから」
そう、シャーロットフランシスのモデルはすべて宣伝部の人間がやっている。
「朱里さんキレイだから絶対にうちの商品が映えるよね」
そう言いながら志穂は撮影する商品を並べ始めていた。
カメラマンが登場すると、角度や小物などの位置を指示し、手際よく写真が撮られていく。
その画像をチェックして、もっとこうしてほしいと要望する志穂を見て
すごいなと思ってしまった。
志穂ちゃんってまだ入社してそんな経ってないのにこんなの任されているんだ…
僕なんかまだまだだ…もっと信頼されるように頑張らないと。
「志穂ちゃんすごいね。あんな風に言ったりして」
「そうかな?単純に可愛いかどうかっていう基準でしかみてないよ。あ、これ欲しい!って思えるような感じでね」
これこそが可愛いものが好きな女性の観点だ。
それが仕事で活かせている志穂にとっては理想の職場なのかもしれない。
すると、メイクを終えた朱里が戻ってきた。
その姿に尚は思わず見とれてしまった。
まるで本物のモデルさんみたいだ…
「よろしくお願いしまーす。ご存知の通り、今日はアイメイクなので」
そうカメラマンに伝え、何枚も写真が撮られていた。
尚は目をキラキラ輝かせながらずっと朱里のことを見ていた。
その目はまさに憧れの目だった。
横にいる志穂が話しかけてくる。
「朱里さんって素敵だよね」
「うん。すごく素敵…」
「早くわたしもモデルやりたいな」
そう、志穂も近いうちにモデルをやることになっている。
それが宣伝部の仕事だからだ。
「志穂ちゃんもキレイだからね」
「ありがとう。尚ちゃんもいつかやるかもしれないよ。宣伝部なんだから」
「無理だよ、だって僕は男だもん…」
そういいながらも、バッチリメイクをして、モデルをやっているのを
想像したらドキドキしていた。
いつか…やるのかな…
この日の夜、みんなが退社したあとに綾と七瀬と麻美と朱里の4人は会議をしていた。
「尚ちゃんは順調そうね」
「はい、ちゃんと薬を飲んでくれているのが一目瞭然です。今日の撮影なんて目を輝かせながら見ていましたよ」
朱里の報告に綾が頷く。
「元々真面目な性格っていうのも功を奏してるのかもしれないね。見た目も女っぽいし。七瀬ちゃん、悠ちゃんはダメ?」
「論外ですね。まず間違いなく薬は飲んでいません。ここに移動してきたときとまったく変わってませんから。やる気もないし覚えも悪いし」
「そういわないの。とりあえず悠ちゃんは放っておいて尚ちゃんだけに絞ろうか」
「大丈夫なんですか?上からの命令だと2人同時にってことでしたけど…」
「じゃあ悠ちゃんにはちょっとかわいそうだけど、実力行使で行こうか」
「無理矢理飲ませるんですか?」
「ううん、精神的に追い込むの」
綾が考えたプランを説明すると、それはさすがに…という声が上がった。
けど誰かがやらなければいけない。
七瀬がわたしがやると言ってくれた。
「心を鬼にしてやります」
「ごめんね、七瀬ちゃん」
これは会社に仕組まれていたことだったが、当事者の悠弥と尚は知るよしもなかった。