代償
「田口も完全に女になったら報告しろ。2人揃って秘書課に異動させるから。それにしてもあんなに可愛くなるなんてなぁ…ぐふふ」
最後の吐き気のするような笑い声で綾はキレた。
「お断りします!あの2人は大事なわたしの部下です!アンタみたいなゲス野郎のところになんて死んでも行かせるか!」
「お前!社長の俺に逆らうのか!それにゲス野郎だと」
小澤は顔を真っ赤にして立ち上がり、机をバンと叩いて威圧してきた。
しかし綾は怯まなかった。
「アンタなんか社長でも何でもない、ただのクズよ!悠ちゃんと尚ちゃんを何だと思ってるの!?自分の私利私欲のために勝手に女にして、わたしの大事なシャーロットフランシスを汚して…許せない!」
「お前のような女がいるから俺はBFDXを作らせたんだ。全部お前らのせいだろ」
「女を…女をバカにするな!」
綾は拳を握り、思いっきり小澤の顔を殴った。
ガンッという音と同時に小澤は後ろに倒れこむ。
「き、貴様ぁ」
慌てて立ち上がり、今度は綾に飛びかかってきて、頬を何度も叩いてきた。
それでも綾は必死に反抗し、ポケットからあるものを取り出した。
「お前はクビだ!いや、もっと辺鄙なところに飛ばしてやる!覚悟しろよ」
そういいながらもまだ叩いている。
痛みに耐えながらタイミングを計った。
今だ!
小澤が大きく口を開けた瞬間、口の中に投げ込んだ。
小澤はそれを飲み込んでしまう。
「ゲホっ…何を飲ませた!」
「BFDX…」
「な、なんだと」
小澤は綾から離れ、うろたえだした。
綾はジッと立っていた石嶺を見て問いかけた。
「これ…一度飲んだら完全に女性化するまで飲み続けちゃうんでしょ?」
「ああ」
小澤がすがるように石嶺の襟をつかみながら訴える。
「石嶺、何とかしろ!中和剤とかあるだろ?」
石嶺は小澤を見下し、完全にバカにした目で答えた。
「社長~、そんな都合がいいのあるはずないでしょ。それに中和剤を作れなんて言いませんでしたよね」
「だったら作れ、今すぐ作れ!」
「無茶言わないでくださいよ。BFDX作るのに5年もかかったんですよ。あと5年待ってくれれば作りますけど」
「5年だと…それまでに俺は完全な女になってしまうじゃないか…」
「そうすると中和剤じゃ手遅れですね」
小澤は崩れるように膝をついていた。
まるで絶望したような顔をしていていい気味だ。
石嶺は机の上に袋を置いた。
「これBFDXです。これから必要になるので置いておきますね」
それだけ言って石嶺は社長室を出て行った。
「俺が女に…俺が女になる…はは、ははははは…」
小澤は壊れたように笑っていた。
綾もそれを見てから社長室を出ると、意外なことに外で石嶺が待っていた。
「あんなクズのために作ったなんてバカみたいでしょ」
「そうでもない。俺にとっては誰も作ったことのないものが作れて満足だ」
「悠ちゃんや尚ちゃんのことはどうも思わないの?」
「そうだな、俺の研究に協力できて光栄だろうな」
やっぱり石嶺もクズだ。
これ以上こんな奴と話すことなんて何もない。
綾は石嶺を置いて歩き始めた。
「渡瀬、忘れものだ」
振り返ったら袋が飛んできた。
中には薬が入っている。
「これって…」
「BVXY VはVirilization 男性化 XYは男の染色体だ」
「石嶺…あんた」
「俺が片方だけしか作らないと思うか?それを飲ませれば男に戻る」
「ちゃんと考えてたんだね」
「勘違いするな、俺は完璧主義者なんだ。両方あって、初めて真価が問われる」
一瞬でも見直して損をした。
これは石嶺の本心だ。
研究者として…いや、自分の楽しみのために作っただけだ。
「これ、今の社長も飲めば…」
「ああ、あっさりと中和される」
「飲ませないの?」
「お前は飲ませてほしいのか?」
「冗談じゃない!絶対に飲ませないで」
「俺もそのつもりだ。また勘違いされたら困るから先に言っておくけどな、60近い男がそのまま女になったらどうなるか、それを見てみたいだけだ。研究対象としては面白い」
これも間違いなく本心だろう。
そしてBVXYも元に戻る悠弥と尚を研究対象として見たいから渡しただけだ。
綾はBVXYを突き返した。
「せっかくだけど、これ返すよ」
「なんでだ?」
「なんでもかんでも石嶺の思い通りになると思ったら大間違い、これ以上あの2人をモルモットになんてさせないから。それと今後、勝手に人をモルモットにするのもやめて!人間はあんたのオモチャじゃないの」
「相変わらずだな、お前」
「石嶺、アンタもね」
石嶺にBVXYを渡すと、綾は背を向けて今度こそ歩いてこの場を去った。
ごめんね、せっかく男に戻れる薬があったのに断って。
その代わり…思いっきり素敵な女の子にしてあげるから!