馴染む尚 馴染めない悠弥
今日の職務は、化粧品を覚えることだった。
悠弥には七瀬が、尚には朱里が付いてマンツーマンで教えている。
「まずはスキンケアからね。これが化粧水でしょ、乳液でしょ…」
実際に物を持ちながらの説明に悠弥は興味なさそうに聞いていた。
すると早速怒られる。
「覚える気あるの?それに化粧水くらいは男性だってつけるでしょ!」
「す、すいません…」
思わず謝り、仕方なくまじめに説明を聞いていた。
一方の尚は、根が真面目だからか、真剣に説明を聞いていた。
「これがBBクリーム、それでこっちがCCクリーム」
「どう違うんですか?」
「両方ともベースメイクなんだけど、BBは日焼け止めとファンデーションの効果があるの。CCは素肌の色味を補正してくれるの」
「じゃあCCだと肌が明るくなるんですか?」
「まあそんなところかな」
「へー」といいながら2つの化粧品を手に取りながら眺めた。
「なんかシャーロットフランシスってデザインがすごくかわいいですよね」
尚の言う通り、シャーロットフランシスは見た目にかなり力を入れていて、
クリスタルやビジュー、リボンなどがあしらわれている。
「そうなの、シャーロットフランシスには女の子の大好きなものがすべて詰まっているんだよ」
そう説明する朱里の目はキラキラ輝いていて、
本気でシャーロットフランシスが好きだというのが伝わってくる。
化粧品一つで女性はこんなに輝く目をするんだ。
密かにそんなことを思いながら説明をこのあとも聞いていた。
やっと定時になり、帰れると思っていたらそんな甘くなかった。
「さてと、今日は悠ちゃんと尚ちゃんが仲間になったから歓迎会をやるよ」
綾の一言に他の5人が賛同する。
悠弥は思わずため息をつきそうになっていた。
その歓迎会の場所はオシャレなイタリアンで、客はほとんどが女性だ。
つまり女子会に人気のお店ということだ。
「じゃあ、新しい仲間に乾杯」
「かんぱ~い」
悠弥はグラスを合わせ、やけになってグビグビとビールを飲んだ。
「ちょっと~もっと上品に飲みなよ」
同期の未来が注意してくる。
相手は同期だ、そこまで気にする必要はない。
「別にいいだろ、どう飲んだって」
「そうだけどさ…それに比べて尚ちゃんは上品だよね」
尚は少し照れ笑いを浮かべている。
「ううん、僕そんなにお酒飲めないから」
「そうなの?カクテルとかは?」
「カシスオレンジとかなら平気かな」
「カシスオレンジおいしいよね!わたしも好き」
どことなく尚は馴染んでいる感じがする。
話はそのままガールズトークになり、
ついていけない悠弥は完全に浮いていた。
それに対し、尚は頑張って話を聞いている。
性格の差なのかもしれない。
そう思いながら悠弥は苦痛に耐えた。
翌朝、会社に行くのが憂鬱だった。
あの職場はキツイんだよ…
とはいえ、移動を承諾したのは自分自身だ。
ため息をつきながら支度をしていると、綾に渡された錠剤を思い出した。
「なにが男くささを消せだよ。ふざけるなって」
錠剤をテーブルの上にポンと投げて家を出た。
一方の尚は渡された錠剤をちゃんと飲んでから出社していた。
日々の仕事は思った以上に辛かった。
シャーロットフランシスの化粧品を片っ端から覚えさせられ、
オススメのポイントなどをレポートにまとめさせられている。
隣でまじめにやっている尚に話しかけた。
「お前、よくまじめにやれるな」
「これが仕事だからね。それに知らない世界を知るっていうのは結構楽しいよ」
そういってから尚はパソコンのキーボードを叩いていた。
少しすると、尚が朱里に呼ばれたのでそっちへ向かった。
朱里に近づくと、ふわっといい香りが漂ってきたので思わず言ってしまった。
「朱里さん、すごくいい匂い…」
「本当?」
「はい、なんか朱里さんにピッタリの匂いです。でもこんな香りの香水ありましたっけ?」
「これね、来月新発売する香水なの。尚ちゃんにこの香りどう?って聞こうと思って呼んだんだけど先に答えられちゃった」
そういって朱里は笑い、その直後に言ってきた。
「尚ちゃんもつけてみる?」
その言葉に尚はドキッとした。
急につけてみたいという衝動に駆られてくる。
「い、いいんですか…?でも僕男だし…」
「別に香水なんて男もつけるんだし関係ないよ。はい」
朱里がクリスタルのビンに入った香水を手渡してきた。
ドキドキしながら香水を自分につける。
すると、朱里と同じ香りが自分からも漂ってきて、思わず嬉しくなっていた。
しばらくして隣に尚が戻ってきたが、悠弥は思わず怪訝な顔をしてしまった。
「お前…その匂い」
「新発売の香水だよ。いい香りだよね」
さらっと言ってのけ、仕事をしていた。
コイツ大丈夫か…
悠弥は尚が平然としている気持ちが理解できなかった。