悠弥と志穂
悠弥は最近思うことがあった。
それは自分も女に見えるんじゃないかということだ。
外には出ないが、家ではいつもメイクをして楽しんでいた。
それが一週間くらい前からだろうか、
メイクをして鏡を見ると普通に女の子に見えていた。
今まではいくらメイクをしても男の面影があったのに、それをほとんど感じなかった。
更に今日、家に帰ってお風呂に入ってからスキンケアをしようと鏡を見ると、
今度はすっぴんでも女の子に見える気がしていた。
これなら…ひょっとしたら…
明日は休みということもあり、誰を誘うか迷ってから決めた。
LINEで志穂に連絡する。
(明日買い物に行かない?)
少しすると(いいよ)と返事が返ってきた。
よし、明日は志穂と買い物だ。
想像しただけで楽しくなっていた。
志穂との待ち合わせは午後から。
その前に予約しているところがあった。
「いらっしゃいませ」
「あの…予約していた田口ですけど…」
「お待ちしていました。こちらへどうぞ」
そこはヘアサロンだった。
これだけ女の顔にしか見えないなら、髪型だって女っぽくしてもおかしくないはず、
そう思ったので、思い切って行動に出ていた。
「担当の池沢です。よろしくお願いします」
ちょっと若い感じの女性の美容師だった。
「今日はどんな感じにしますか?」
言ったら変なふうに思われないだろうか?
けど言わないと意味がない。
一呼吸置いてから思い切って言ってみた。
「あまり長さを短くせず…可愛い感じに…」
池沢がキョトンとしている。
「可愛い感じ…ですか?」
「はい…ダメですか?」
池沢は鏡越しに裕哉を見て「ああ、そういうことね」と呟いた。
女顔で座っている姿勢などから感じ取ってくれたらしい。
するとカタログを開いて裕哉に見せてきた。
「でしたら、こんな感じはどうですか?今の長さだったら問題ないと思うんで」
見せてきたカタログは女性用のだった。
「あ、可愛い…でも似合うかな…」
ちょっと不安になると、池沢が優しく言ってくる。
「似合わない髪型なんて勧めませんよ」
「じゃあ…お願いします」
池沢はニコッとしてから「かしこましました」と返事をしてカットを始めた。
そんな池沢が切りながら聞いてくる。
「田口さん、つけてる香水、シャーロットフランシスですよね?」
「はい、わかります?」
「わたし同じの持ってますよ。仕事中はさすがにつけるわけにいかないですけど、プライベートではいつも。発売されたときから気に入ってずっと愛用しています」
悠弥がつけているのは、シャーロットフランシスで定番の香水、オードフローラル。
何年経っても根強い人気があり、悠弥もこれが一番のお気に入りだ。
「わー…ありがとうございます!」
生のこういう声はとても嬉しい。
思わずお礼を言うと、池沢は「え?」という顔をしていた。
「あ、わたし…シャーロットフランシスで働いているんです」
「そうなんですか?売り場とか?」
「いえ、本社で宣伝をメインに…」
そう告げると、池沢は「すごい!」とテンションが急に高くなった。
「わたしシャーロットフランシス大好きなんですよ。今してるリップもシャーロットフランシスなんですよ」
「秋限定で先週発売された色ですよね。そうかなって思ってたんですよ」
このあとも悠弥と池沢はシャーロットフランシスの話で盛り上がり、
いつの間にかカットが終わっていた。
「どうですか?」。
悠弥の髪は切りっぱなしボブになっていた。
もはやすっぴんでも女の子にしか見えない。
「すごく…気に入りました!」
すると池沢が片方の髪を耳にかけてくれた。
「こうするともっと可愛いですよ」
「そうかも…ありがとうございます!」
「またお待ちしています。次もシャーロットフランシスの話してくださいね」
「はい」と返事をしてウキウキしながらヘアサロンをあとにした。
服装はシャツにカラーパンツ、中性的な恰好だから、メイクしても平気かな?
悠弥は男女兼用の公衆トイレを発見したので、そこへ入り個室でメイクをした。
髪型のおかげもあるのか、鏡を見ても女にしか見えない。
大丈夫!自分にそう言い聞かせてトイレを出た。
ドキドキしながら歩いていると、すれ違う人たちは誰もおかしな素振りを見せない。
安心して待ち合わせ場所へ向かった。
悠弥の買い物、志穂は何を買うのか想像がついていた。
ここ数日で悠弥は女のような顔になっていた。
骨格もゴツかったのに、いつの間にか華奢な感じになっていた。
これから、あのときの尚と同じことを麻美ではなく、志穂がやることになる。
本当にいいのだろか?
もう止めることは不可能なんだろうか?
もし真実を話したらどうなるんだろうか?
間違いなく悠弥は今のままがいいと言うだろう。
志穂は自分でどうしていいのかわからなかった。
「志穂」
後ろから悠弥の声が聞こえたので振り返ると、驚いて口がふさがらなかった。
「お待たせ…どう…かな?」
髪がショートボブになっていて、バッチリとメイクもしている。
恰好も中性的な感じなので、どう見ても男には見えなかった。
「か、可愛いと思うよ…髪、切ったんだ…」
「ありがとう、午前切ってきたの」
嬉しそうにはにかむ悠弥を見て志穂は思った。
自分でここまでやっちゃうなんて、もう元になんて戻れないんじゃ…
きっと近いうちに尚と同じように身体の変化も出てくるはず…
綾の言葉が頭をよぎる。
(今の2人が大好きなの)
わたしだって同じだよ…このまま完全な女の子にしてあげたいよ…
元になんて戻ってほしくない…
だって今の悠、女の子だもん!
ずっと悩んでいた志穂の気持ちが吹っ切れた。
結局わたしも綾さんや七瀬さんと同罪だ。
それでもいい、今の悠と尚がいなくなるなんて嫌だ!
「悠、早く買い物に行こ!」
志穂が笑顔で元気よく言うと、悠弥も笑顔で「うん!」と返事をして、買い物にでかけた。