本音は…
それから半月が過ぎたあたり、志穂はエレベータを待っていたら、
後ろで他の部署の男性社員がヒソヒソと会話をしていた。
「前の子、新卒の化粧品の宣伝部の子だよな」
「ああ、そういえば宣伝部って新人の男2人が異動になったじゃん、それでオカマになったらしいぜ」
「それ、俺も聞いた。すげー怖くね?オカマになるなら死んでも宣伝部なんて行きたくねーわ」
悠のことが広まってる…?
志穂は聞こえないフリをしてエレベータに乗り込み、職場へ急いだ。
「綾さん、ちょっといいですか?」
志穂がこうやっていってくるときは、必ず悠弥と尚のことだ。
「いいよ、会議室に行こう」
会議室の電気をつけ、椅子に座り、志穂に尋ねた。
「悠ちゃんと尚ちゃんのこと?」
「そうです。社長はまだ帰らないんですか?」
「うん、まだかかりそうだって言ってた」
「薬剤部には聞きました?」
「こないだちょっと接触してみたけど門前払いされちゃったよ」
「それで終わりですか?もっと真剣に動いてくださいよ!気づいてます?最近悠も変化してきていることに」
それは見た目のことだ。
以前は男にしか見えなかったのに、最近の悠弥の顔は中性的な感じになってきていた。
身体もゴツさがなくなってきている。
本人は特に気づいてない感じだが、
ずっと同じ職場にいる志穂はそれにちゃんと気づいていた。
綾は一瞬ためらってから口を開いた。
「ずっと考えていたんだけどね、このまま本当に2人とも女の子になったほうがいいのかもって思うの」
何を言い出すんだ、この人は。
あまりにも無責任で腹が立ってくる。
「元に戻すって約束したじゃないですか!」
「そうなんだけど…今の2人を見ると戻すほうが逆にかわいそうなことになるんじゃないかって。だってあんなに女の子を楽しんでいるんだよ」
今の2人だけを見ればそう思うかもしれない。
現に志穂も心のどこかでそう思うことがある。
しかし、それは絶対に間違っている。
「知ってます?最近、他の部署で悠がここに移動になってからオカマになったって噂されているのを」
「知らなかった…オカマじゃなくて女の子なのにね…かわいそう…」
かわいそうの矛先が違う。
女なのにオカマと言われてかわいそうなんじゃなくて、
男だったのにオカマと言われるようになってしまったことがかわいそうなんだ。
志穂は男の悠弥が大嫌いだ。
女を見下した態度、偉そうな態度、何度衝突したかわからない。
早くこの部署からいなくなれと思った。
そのためにパワハラまでしてしまった。
だが、薬によって悠弥は変わった。
今の悠弥は大好きだ、同僚としても友達としても大好きだ。
ずっとこのまま仲良しでいたい。
でもそういうわけにはいかない。
志穂はキッと綾を睨んだ。
「もういいです。綾さんには頼りません。わたしが薬剤部に行って話をしてきます」
出て行こうとする志穂を綾が慌てて止める。
「待って!この話は本来他人に話したらいけないことなの。志穂ちゃんが知ってるってわかったら…」
「だって…綾さん何もしてくれないじゃない!七瀬さんもそう、麻美さんも朱里さんも…みんな知ってるくせに知らんぷりしてひどいよ!」
志穂は涙を流しながら怒鳴っていた。
あのヒソヒソ話が頭に蘇ってくる。
移動してオカマになった、オカマになるなら死んでも宣伝部になんて行きたくない、
あの薬を飲んでいなければ、悠弥も尚も同じこと思うに違いない。
尊敬できる上司、頼れる先輩、やりがいのある仕事、友達のような同期、
志穂にとって、宣伝部という職場は誇りであり、最高の場所だった。
しかし、他の部署の男性からあそこに行くとオカマになるとけなされ、
尊敬していた上司は口だけで何もしてくれない、
最高の場所が中と外から崩れ落ちそうになっていた。
「ごめんね、志穂ちゃん…。志穂ちゃんが言いたいことはすごくわかるの。こんなの間違っている、元に戻してあげないといけないって。けどね、そう思う気持ち以上に今の2人が大好きなの…」
「その言い方…卑怯です…」
それ以上は何も言わず、志穂は涙を拭ってから会議室を出て行った。
奥では、悠弥と尚が笑いながら話している。
本当はわたしだってこのままがいいんだよ…
またこみ上げてくる涙を堪え、志穂は仕事に戻った。
それから半月が過ぎ、季節は完全に秋へと移った。