変わりゆく日々の中で
「昨日はすごく楽しかったなぁ」
スマホで撮った写真を見て、悠弥はニコニコしていた。
みんなでドレスを着て撮った写真は、悠弥にとってかけがえのないものになった。
鏡を見て服装をチェックする。
いつもはスーツだが、今日は黒のカラーパンツに白いシャツを着ている。
本当はみんなと同じように完全にレディースの恰好で出勤したかったが、
外見はまだ男のままなのでしかたがない。
その代わり、スーツじゃなくていいと綾が言ってくれたので、
男性でも女性でもしそうな服装で出勤することにした。
やっぱり男に見えちゃうよね…でも外見なんて関係ない、わたしは女の子なんだから!
自分にそう言い聞かせ、薬を飲んでから家を出た。
だが、歩いているとすっぴんの自分が恥ずかしくなってくる。
やだ…絶対に見られたくない…
そんなことを考え、コソコソしながら会社に着いた。
すると、後ろから声をかけられた。
「よう、田口」
それは同期で食品部の営業にいる安原だった。
すっぴんが嫌で、悠弥は思わず顔を伏せていた。
「どうしたんだお前?」
「べ、別に…」
安原は少し首をかしげてから話を続けた。
「スーツじゃなくていいんだ?」
「う、うん…」
「そりゃ楽でいいな。けど化粧品の宣伝部なんて最悪だよな。女しかいないし大変だろ」
最悪?
その言葉にカチンときた。
「宣伝部は最高の職場だよ!わたし、あそこに移動して本当によかったんだから」
思わず安原は怪訝な顔をしてしまった。
「お前…なんだよ、その口調…」
「ふん」
悠弥は答えずにエレベータへ向かった。
失礼なやつ。
どうせ男にコスメがどれだけ素敵なのかなんてわかんないんだよ。
エレベータに乗り込み、10階を押した。
「やっぱりキツくなってる…帰りにBのブラ買ってみようかな」
尚は楽しそうにしながら着替え、薬を飲んで出勤した。
会社に着くと、悠弥が安原と会話をしているのが遠くから見えた。
その悠弥は怒ったような感じで安原を置いて歩き出していた。
何かあったのかな?
尚はすれ違いざまに安原を見たら、茫然と立っているように見えた。
その安原がちらっと尚を見てくる。
だが、何も言わずトボトボと営業の部屋へ歩いて行った。
安原は尚が同期の佐々木尚というのに気づいていなかった。
というより、宣伝部の人たち以外は、みんな尚と気づいていない。
シャインは他社から直接部署への出向などもあるので、
知らない人がいてもきっと出向だろうと思って気にも留めないのだ。
きっと安原も尚のことをそう思っているだろう。
尚にとっても、会社の仲間は宣伝部の人だけであり、同期も悠弥、志穂、未来だけだと
思っているので、声をかけることもなくエレベータに乗り込んだ。
「おはようございます」
尚に気づいて、七瀬が声をかける。
「悠ちゃん、おはよ。なんかあった?」
「聞いてくださいよ、営業の安原がすごく失礼なんですよ!」
着くなり早速愚痴りだす悠弥を見て、本当に内面が女の子なんだなと実感できる。
「ホント、失礼なやつだね」
「でしょ!ありえないですよ」
そんな話をしていたら尚も出勤してきた。
「悠、安原と話してたみたいだけど、どうしたの?」
「ちょっと尚、聞いて!」
悠弥と尚が話をしているのを見ていて、この光景も見納めなんだなと思い、
少し残念な気がしていた。
昨日の悠ちゃんも尚ちゃんも楽しそうだったもんね。
やっぱりこのままのほうが本当はいいんじゃないかな…
ううん、違うな。
わたしはこのままがいい…2人には悪いけど、女の子でいてほしい。
そんなことを考えていたら、綾が暗い顔をして入ってきた。
「綾さん、どうしたんですか?」
「社長…向こうで入院したらしいの。だからしばらく帰国しないって…」
「ええ??」
そこに志穂がやってくる。
「綾さん、今日は社長が帰国する日ですよ」
「それが…」
事情を説明すると、志穂は怒り始めた。
「じゃあどうするんですか?元に戻ると思ったから、最後の記念に悠を女子会に参加させたんですよ。それに尚の身体はどんどん女性化しています。このままじゃ手遅れになるかもしれないんですよ!」
「そんなのわかってるよ!だから困ってるんじゃない」
綾と志穂が言い合いを始めてしまった。
七瀬はなんとか止めに入った。
「ちょっと落ち着いて!あんまり大きな声で話すと2人に聞こえるから…」
綾も志穂も「あっ」とした顔をして冷静さを取り戻した。
その志穂がこんなことを言い出した。
「その薬ってうちの薬剤部が作ったんですよね?だったら作った人に聞けないんですか?」
それは綾も考えていたことだ。
けど、あそこの部署はなぜか宣伝部との接触を極端に嫌がり、
同じ会社なのにまるで別会社のような扱いをする。
「そうね…あとでダメもとで接触してみる」
「お願いします。あの2人のために」
そういって志穂は自分の席へ移動していった。
七瀬は思い切って綾に聞いてみた。
「綾さん、あの子たち元に戻るのが本当に幸せなんですかね。見てください、あの今の2人…すごく楽しそうじゃないですか。このまま本当に女の子になったほうがいいと思うんですよ。だって自覚がないまま内面が女になったんですよ、これが強制的とかならわかりますけど、薬のせいとはいえ自然にああなったんです」
「七瀬ちゃん…今の悠ちゃんと尚ちゃんが好きなんだね」
「はい。綾さんは嫌いですか?」
綾はゆっくりと横に首を振った。
「大好きだよ。七瀬ちゃんたちと同じわたしの可愛い部下で、可愛い年下の友達だから」
「だったらこのままで…」
「そういうわけにはいかないよ。本当は普通の男の子だったんだから。なんとか戻る方法を探ってみる」
そういって綾も自分の席へ移動していった。
だが、その背中はとても寂しそうだ。
きっと綾も内心は戻ってほしくないと思っているんだなと七瀬は思った。
そして、その綾も結局薬剤部と連絡を取らないまま、さらに数日が過ぎてしまった。