22、魂同士の告白
朝を迎えた。この日の夕方正一はみんなと別れて夜、ベアーによりかつての時代1990年に戻る日。
午前中に一人で荷造りを済ませ、午後はこの町の記憶をとどめようとばかりに散歩をする正一。
「俺がやることは戻ってからこの時代のことを、元いた時代のみんなに何らかの形で伝えることだ」
そう自分に言い聞かせながら歩いていると「兄ちゃん」と女の子の声がする。振り向くとナットがいた。
「ナットちゃん。本当に今回の事ごめんね」と頭を下げるもナットは首を大きく左右に動かし
「ナット本当に寂しい。もっとお兄ちゃんにいろいろなこと教えてほしかったのに、なぜどこかに行ってしまうの??」「本当にごめん・・・」正一はナットと同じ視線になって改めて頭を下げる。
「もしどうしても旅に行くならお願い。ナットも連れてって」と正一の腕を強くつかむナット。
「それはできない。お父さんのオタさんやお母さんのヌットさんが悲しむよ」
「そんなことない!お父さんも生まれた遠い国から旅をしてこっちに来た。その時お母さんも一緒についてきてここまで来た。だからナットだってショウイチ兄ちゃんと一緒に旅ができる!だから連れてって!!」
「ナット!」正一はナットの目をしっかりと見つめる。
「お前の気持ちはわかってる。実は俺も本当はお前と一緒に旅に連れて行きたいと思っている。でもお前はまだ小さい子供だから無理なんだ。ヌットさんはもう大人になっていたからオタさんについて行った。つまりお前が大人になったその時には一緒に旅に出よう。
だからそれまで辛抱してくれ。俺はお前が大人になった頃には、必ずここに戻ってくる」
正一は、気が付けばナットを一人の女性として語っていた。正一の目にはナット以外の周りの風景は
もう見えない。これはもう肉体を超えた魂同士としての会話になっていたのかもしれない。
だが、それと同時に恐らくそれは叶わぬことであろう夢と希望をナットに与えてしまったことを、
勢いでしゃべった直後に大きく後悔のざわめきが正一の心を揺さぶった。
今まで見たことがない正一の真剣な言葉にナットの表情も真顔になる。
お兄ちゃん!ショウイチがそこまでいうのならわかった。ナットは我慢する。でも最後にこれだけ言いたい」「何かな?」「ナットはショウイチのこと大好き!愛している!!」と言うと、ナットな涙目で正一に抱きつく。正一も嬉しそうにナットを抱きかかえ、嬉しそうに「そうか。ナット!ありがとう俺もお前が好きだ」と目に涙を浮かべながら礼を言う。ナットは正一をさらに強く抱きかかえ、
「本当にナットはショウイチのお嫁さんになりたい」という。
「だから寂しいの。でもショウイチが約束してくれた。ナットが大人になったら
絶対ショウイチのお嫁さんになるんだからね。丘の上の神様にその時にはまた会えるように、
毎日お願いするからね。だからもしナットが大人になったらショウイチ。絶対に迎えに来て。
そして結婚しようね」「ああ、そうだな。約束するよ」正一は心のざわめきを強く感じながらも、
ナットの強い想いは儚い夢になるだろう知った上で、せめての希望を与えてあげたい想いがそれを上回る。
「約束するよ。じゃあナット指を出して」といい指切りげんまんをした。
「ありがとう。絶対約束よ!」というとナットは大きな笑顔を正一に見せるのだった。
「あのう、おじゃまだと思うけど」と突然2人の間に入ってきたのは益男が、2人だけの世界をぶち破る。
「え、ああ・ま・益男どうした」我に返った正一は気まずそうにナットから離れる。
「何!あんた大事な時に邪魔して!!」と対照的に不機嫌になるナットを無視した益男は正一にあるものを手渡す。「これ、約束の」正一が益男から手渡されたものを見ると。墨で書かれたナットの顔であった。
「益男!ありがとう。ナット、君の顔だよ。俺はこれを持って旅に出る」とナットにも見せる。ナットは一瞬驚いた表情をしながら「これマスオが書いたの?」というと「実はナット姉さんにも」と益男はもう一枚の紙をナットに渡す。そこには同じく墨で正一の顔が描いてあった。「うゎあ。ショウイチだ!マスオありがとう」初めてナットが益男に対して嬉しそうに礼を言った。正一はこれを見て「どうやらこの2人はもう大丈夫だろう」と胸をなでおろした。
ナットと別れた後、出発までのあとわずかな時間正一は、セントポール教会の礼拝堂にいた。
別に神に祈りに来たわけではない。ただ益男が描いたナットの似顔絵を見つめていた。
「やっぱりかわいいなあ。彼女がもう少し大人の時に出会っていたら・・・。でもそもそも俺がこの時代にいること時代が本当は問題。もう少ししたら元に戻れる。ナットもいずれ俺のことを忘れるだろう。今からはそのことだけを考えよう」
と言いながらナットの似顔絵を静かに仕舞い込んだ。