21、即興兄弟の別れは実の兄弟以上
「あの時に僕はすべてが嫌になって家を出たんだ。外は雨が降っていたけどそんなことどうでもよかった。もうあの家には戻りたくなかった。できればこのまま走って車に轢かれて死んでしまいたかった。そしたら兄ちゃんとぶつかって、気が付いたらこの時代に来たんだ」益男から初めて聞く壮絶な話に正一は思わず身震いする。
「そうだったのか・・・」「だからあの時代には、はっきり言って戻りたくない。だってこの時代に来てから、僕は絵を描くという楽しみができただけでなく。桜という妹にも出会えたんだ。それにタクさんもオタさんもヌットさんもお手伝いの人たちもみんな優しい。だからこの時代にずっといることにした。ただお兄ちゃんのところばかり行くナットの姉さんは・・あの人はよくわからないけど」「益男」正一は益男の頭をなでる「ナットちゃんは大丈夫だよ。あの子は見た目気が強そうに見えるけど、いろんな事にすごく興味がある子で、それを知ろうと必死なんだ。だから俺の後はお前がナットちゃんにいろんなことを話してあげたらいいよ。桜とそれからヌットさんのおなかの子供が生まれたらもっと楽しいだろう。俺はそういうことで残念ではあるけど、申し訳ないが元の時代に戻る事にした。益男、本当にここまで一緒に頑張ってくれてありがとう。お前がいたから俺もここまで頑張れたよ。お前のことは一生忘れることはないだろう」と言うと、正一は益男の手を握り占める。するとごく自然に目から涙が滲み出はじめようとしていた。「お兄ちゃん僕もだよ。お兄ちゃんがいたから。こうやって楽しい皆と会えたんだ。だから明日?もう会えなくなるのは本当は寂しい。でも兄ちゃんの人生だもんね。だから僕も正一兄ちゃんのことは絶対に忘れない」と益男も目に涙があふれている」二人は手を握ったまましばらく泣き続ける。
「あ、そうだ一つだけ頼みがある。明日できたらナットちゃんの絵を描いて
くれないか。俺はそれを持ち帰りたいんだ」
正一もナットほどではなかったが、別れる時が近づいていることを
感じはじめると、そのことが急に寂しくなっていた。
だからせめて絵として持ち帰りたいという気持ちがふつふつと湧き上がっていた。
益男は涙を拭きながら、大きくうなづくに留めた。
益男とは無事に話をすることができて一安心した正一であったが、
その時に気づいたナットの事が急に愛おしく感じてしまった。
そのことを考えるだけでどうしても眠ることができない。正一は最初ナットの事がかわいい子供と思い、遊び相手として接していたしかし、ナットのあどけなくてそして好奇心旺盛な姿に正一は徐々に惹かれていたのかもしれないのではと感じていた。
それは、いわゆる「ロリコン」と呼ばれる「少女」という外見上での判断のものとは明らかに違う。
もっと精神的な恋心。もし肉体を外して魂だけで出会っていれば、確実に女性として見ていたのかもしれないような気がしていた。
だから今回のベアーが登場する前には、元の時代に彼女を連れて行きたいと本気で考えていたのかもしれない。しかしこの時代にそのようなことをオタやヌットが許すとは思えないし、ナットが成長して大人になるまで待ったとしても果たしてそれが彼女にとって本当に良い方向を意味するのかもわからなかった。
むしろ、今回の事をきっかけにその想いを断ち切って、お互い別々の人生を歩めるチャンスとさえ感じた。とはいえ、いよいよ明日別れるとなると、津波のように押し寄せる寂しさが
正一の心を脅かしていた。「こればかりは誰にも相談できないナットちゃんと別れるのがこんなにつらく感じるとは」正一はそう悩みながらほとんど眠ることができずに朝を迎えたのだった。