18、元の時代に戻れるのは一人だけ
「しかし益男は、この時代にいる限り生き続ける。そういう運命なったようなんじゃ。だから戻れるのは正一お前だけだ」「べ・ベアーちょっと考えさせてくれ。俺だけ戻るということが本当に良いのか?あと俺がこの時代にとどまっても生きていけるのか?」ベアーは静かにうなづく「それは問題ない。だから5日前にこうしてお前に会った。僅かな日数しかないが、お前が元の時代に戻るのか、このままこの時代で生きるのかは、お前が決めることだ。もし戻るならば5日後にお前が転送されたあの山の上にピンクの熊を持ってこい。もし戻りたくないなら何もしなくてもよい。その選択をえらんでもお前がこの世界で生きれるように俺はサポートする」それを言い終えると、ベアーの姿はいなくなった。
黒山正一はその場で頭を抱えてしゃがみこんで沈黙する。
「あと5日で運命を決めろというのか・・」どのくらいの時間がたったのか、その沈黙を破ったのは橋本益男「正一兄ちゃんどうしたの?」「あ、益男いたのか、ちょっと調子が悪いようなのでこのまま横になるよ」と力ない言葉を告げるとそのまま横になった。
翌日正一はは1日中横になったままご飯も食べずに寝たまま起き上がらない。「ショウイチどうしたの?」心配そうなヌット。いつも正一が遊び相手をしていたナットも心配そうに見つめている。「昨夜外でしゃがみこんでいた」と益男。オタが医者を連れてきたが、医者も原因がわからないという。正一は横になりながら心の中で「元の時代に戻れるのは今回がラストチャンスかもしれない。でも益男を裏切って一人で戻ることが本当に良いのだろうか?」と自問自答を繰り返す。
特に今回は益男にも話せない内容。だれにも相談できずに一人悩むしかなかった。
その次の日。決断まであと3日という日のお昼前に起き上がった正一は、だれにも告げずにあるところを目指した。目指した先は、セントポール教会。ポルトガル人たちがこの場所にきて1521年に作ったという教会は、正一と益男がこの時代に転送されて最初に見た丘の上の教会。あのときは怪しまれた地元の人たちから逃げたが、タクと出会って仕事を手伝うようになってからは特に気にもかけず行くこともなかった。
実はオタ一家はクリスチャンだという。このマラッカの地に無事にたどり着いたときに、この町に来ていた宣教師と知り合ったのがきっかけとか。
そのため毎週ではないが月に一度オタとヌットとナットの3人はこの教会の礼拝に出席していた。
正一は、そういうものには全く興味がなかったが、今回決断を迫られることになり、「何かのヒントになれば」と正一は一人その教会の方向に足を進めていた。
すでに正一はタクの元で働いていることをみんなに知られていたので、
正一が礼拝堂に来たとしても誰も怪しむ者はいない。
正一は完成してまだ十数年しか経っていないこの礼拝堂にある椅子の一番後方に座った。クリスチャンでもなければ特にキリスト教など全く興味のなかった正一であったが、オタたちが毎月ここにきて拝んでいるという「神」という存在に祈れば何か答えが見いだせると感じたからであった。この日は週に一度のミサがあり、ポルトガル人たちが多く来ていたが、ちょうどそれが終わった後でみんなが帰るときと入れ替わりだったので、礼拝堂は静かな空間に変わっていた。
「どうすれば」一人悩む正一。何時間いたかわからない。正一は気が付いていたらうつ伏せになって眠っていた。正一は夢を見ていた。それは転送される前の時代の記憶1990年の時の記憶であった。このころの夢は転送された直後はよく見ていたが、最近は今の時代の生活が充実していたのかほとんど見ることはなかった。正一は夢を見ながらその時代の様々なシーンを見ながら懐かしく感じていた。
やがて目が覚めた時にはもう夕暮れ時になっていた。
「懐かしかった。あの時代・・・そうかやはり元の時代に戻るべきなのかもしれない」
正一は戻る決意を固める。