16、新しい家族の過去と付き合い方
正一は、ナットを見ると「かわいい子が来た」とうれしくなったが、対照的に益男はナットと同世代ということで照れているのがわかる。「益男、ナットという娘さんが気になっているんだろう」と2人になってから正一が益男を茶化すが、益男は「別に興味ないよ。だって僕には桜がいるから」とやや不機嫌な声を出しながら、一人で絵を描き始める。
夜になると食事の席にはオタの家族と正一、益男、そしてその横にはタクのお手伝いの女性に抱かれている桜がいた。ここで、改めてお互いの自己紹介を始める。正一と益男は前提が普通にありえないタイムトラベルをしているので、当初の設定通り琉球王国の漁師出身という事で、正一が主に話のつじつまを合わせていた。オタの家族の話では、オタは元々このムラカ(マレーシア)の町の北にある国アユタヤ(タイ)の出身で故郷を離れてこの地に来たという。「私はアユタヤの国でも辺境の村の出身で、両親は早くに亡くなった。その為、子供の頃からその村で唯一商売をしている家に預けられた。そこでは首都だったアユタヤからの荷物を一手に仕入れ、村の人たちにそれらの物を一手に販売していた。ところが、今に始まったことではないが、西にある隣国のミャンマー人の「タウングー」という国からの侵略がひどくなり、ついに村がその国の勢力に支配されそうになった。だから私は嫌になり村から逃げた。そして都のアユタヤを目指した」オタから聞く初めて聞くの話の内容を興味深く聞く正一と益男。
「そしたら、同じ村人の幼馴染だったヌットがついてきたんだ」ここで、それまで黙っていたヌットが口を開く。「そうです。私はオタのことを愛していました。だから直感でわかったのです。すぐに後を追いました。どうにか追いついたオタに一度は、『女との同行の旅は無理だ』と断られましたが、私はそれでもオタについていき、こうして二人一緒にここまで来れたのです」ヌットがオタ以上にその時の話を熱く語る。「というわけで、ヌットと二人の逃避行になったが、都のアユタヤの町にはどうも魅力を感じなかった。もう何もかもが成熟していたし、何も新しいものが期待できない気がしたんだ。だからさらに南に旅したらこのムラカの町に到着した。この町はアユタヤと違い、非常に可能性を感じたんだ。俺たちが来て11年になるなあ」
「ちょうどこの町についてから気づいたんだが、そこにいる娘のナットがヌットのおなかの中にいたころなんだ。ここは南蛮の支配になったばかりで、町が大きく生まれ変わるような雰囲気を感じだんだ」「南蛮・・でもタクさんは自分の故郷がそれで、慌てて家族を連れてこようとしてるのに」正一はすかさず質問をぶつける。「タクさんの考えていることはわからないけど、私は南蛮がそんなに悪いとは思わない。商売の事を考えると、遥か遠くから見たこともないような珍しい品々が手に入るようになっているのは、彼らのおかげだ。私は故郷で叩き込まれた、商売のノウハウが生かせないかと思っていた時に、運よくタクさんと出会ったんだ。タクさんもこの町に拠点を作ったばかりで、商売のことがわかる経験者が欲しいと言っていた。だから私が最適だったという事なんだ」
正一は、オタの話を聞きながら運命の巡りあわせというものの、不思議さを噛みしめる。
「そしてヌットと2人、タクさんのところでお世話になって働いていたが、しばらくして、身ごもっていることがわかったんだ。そして無事にナットが生まれた。家族ができたことで別の場所に家を構えながら、落ち着いてタクさんの店で働くことになった。そうして気が付けば、タクさんが不在の時に店を任せられる立場になった」オタの話を興味深く聞き入った正一とは対照的に益男は途中から話を聞くのが面倒だったのか、知らぬ間に桜と遊んでいた。
ちなみにナットは益男より一つ年上の11歳。そのことを知った事で、余計に益男はナットを苦手にしてしまう。ナットはナットで年下で赤ちゃんの桜ばかり相手している益男に全く興味がなく、むしろはるか年上の正一のほうになついてくる。正一も兄のように慕ってくるナットに優しく接していた。そして益男は桜にベッタリという構図ができていた。