11、才能開花の予感
「タクさん、すみません益男は努力する子だから許してやってください」タクは笑いながら、「気にしなくていいよ。そのうち慣れるから」「もったいないので僕が後いただきます」といって益男の分の料理をおいしそうに食べる正一「ショウイチ君は優しいなあ。そうだ、ちょっとまってね」というとタクはいったん席を離れた。2・3分で戻ってくると「これは俺の先祖が住んでいた場所。今の明国で作られた紙と筆だ。これを知っているか」と持ってきたのは筆と和紙のように見える紙。「ええ、もちろん」正一はすぐにうなづく「タクさん何を始めるんですか?」「毎日の出来事を記録しているんだ」益男の質問に笑顔になりながらタクは答える。「日記かあ」正一がつぶやいている横で、タクは墨を摺り始め、やがて筆で文字を書き始めた。「はい、できた」タクがそういうと書き終えた書物を2人に見せる。しかし、2人は困惑した。なんとなく文字は見たことあるが、何を書いているのかわからない「これは、そうか歴史の本に書いていたジャウィ文字という奴か」正一がそう考えていると「そうか、お前たちはこの国の言葉がわからないのか。俺のしゃべっている言葉はわかるのに」「す、すみません。どうもそのようで」と必死にごまかそうとする正一。「わかった読んでやるよ『今日は珍しい出会いがあった。丘の上にいた若い兄弟ショウイチとマスオ。遠い国からきたというから家に案内した。でも食べ物はショウイチは良かったが、マスオは合わなかったようだ。でもその内慣れるだろう』」
「ありがとうございます」素直にタクに礼を言う正一。「ちょっと筆と紙を見せてほしいのですが」とこの時代の筆と紙に興味を示した正一に躊躇することなく渡すタク。正一はしばらく筆と紙を見ていたが、突然何かをひらめく。「益男、この紙に絵を描いてみないか」「絵?」突然のことに驚く益男「大丈夫。白黒だけどちょっと描いてみたら」正一の意外なことを言うことにタクも興味を示す。「マスオ君は絵を描くのか?」「あ、はい絵を描くの好きです。ではタクさん。ちょっと借ります」益男はそういうと、和紙に筆で何か絵を描き始める。正一とタクは興味深くその様子を眺める。無心の表情のまま筆を動かす益男。大体15分ほどの時間が経過したところで、益男の筆が止まった。「できたよ。兄ちゃんとタクさんの顔」うれしそうな表情で、益男は描いたものを、タクと正一に見せる「おっこれは!うまいなあ」益男が筆を使って描いた顔にも不思議な力強さがあった。タクが感心する。その横で正一も嬉しそうに頷く。「やっぱり絵の才能があるなあ」心の中でそうつぶやく。「明日からどんどん描きたい」益男の始めてみる笑顔にタクも「いいよ、それ貸してあげる。マスオ君の好きなものをどんどん書いてね」とすぐに承諾する。「やったあ!」嬉しそうにはしゃぐ。「益男!」はしゃぎすぎた益男を見て正一は抑える。「じゃあ明日から早起きしよう。タクさん僕たちはこのあたりで」と言って、部屋に戻る2人「良かったなあ。明日から楽しみだ」と益男に言いながら正一は、いつか元の世界に戻った時に益男の絵が役立つような気がした。
翌日から、黒山正一と橋本益男の2人は、住居を提供してくれた貿易商のタクの仕事を手伝うことにした。「よい機会だから」と将来貿易商を志したいと、正一がタクに頭を下げて実現したことであった。表向きは「琉球王国の漁師兄弟」となっている2人は「正体がばれる恐れ」を気にして極力現地の漁師とはかかわらないようにしていた。そして、タクの仕事を手伝う傍ら、正一と益男の2人は極力現地の言葉と文字を理解するように努力した。言葉については、ベアーなる存在が用意していたツールを使えば事足りたが、やはりそれに頼っている場合ではないと2人で相談して決めたことでもあった。また益男は空いている時間を使って積極的に絵を描いた。