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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第1章 狙われた宝具
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安堵と疑惑

 それからいくらも経たないうちに、王子が何人かの兵士と今にも泣きそうな顔をしたドリスを引き連れてやってきた。蒼白な顔をしたエラを見つけると、ドリスが飛んできてエラの手を握る。


「ああ、ごめんね。遅くなって、本当にごめんね……!」


 エラは力なく笑ってみせた。兵士の一人がエラに近づきガウンを着せる。


「もう大丈夫だよ、エラ。とにかくまずは、お湯に浸かって温まるのが先かな」


 王子は事情も聞かずに、とにかくエラとアルベルタを気遣った。疲れ切ったエラにとっては、そのことがたまらなくありがたかった。


「あり、が……」


 礼を言おうとして、やはり失敗した。王子は笑って「どういたしまして」と言う。


「ドリス!」

 そのとき人垣の向こうから、ルイーゼがすごい勢いで走ってきた。愛する娘のそばにくると、その無事を確認して抱きしめる。


「お母様、私は大丈夫よ」

「本当に? どこも怪我してない? ああ、よかった」

「それよりも、お姉様が」


 ドリスがルイーゼの後ろで倒れているアルベルタに目をやる。ルイーゼはつられて後ろを振り返り、悲鳴を上げた。


「アルベルタ!!」


 アルベルタのもとに駆け寄ると、その冷え切った体を抱きしめて何度も名前を呼んだ。それから、きっ! とエラを睨む。


「どうして!」


 エラは寒さと戸惑いで何も言えない。


「どうしてアルベルタを巻き込んだの! アルベルタにいったい何の恨みがあるのよ!」

「わ、わた、しは……」


「奥様。エラは今疲れ切っています。それに、アルベルタ嬢を守りきれなかった責任は、彼女ではなく僕たちにあります。叱咤なら、責任者である僕に」


 王子がエラとルイーゼの間に割って入って、深々と頭を下げた。一国の王子にそこまで言われ、ルイーゼは何も言えなくなってしまった。悔しそうに唇を真一文字に結んで、押し黙る。

 何も言わないままルイーゼは踵を返した。ルイーゼの腕力ではアルベルタを運ぶのは無理だ。近くにいた兵にアルベルタを運ぶのを任せ、さっさと城の中に戻ってしまう。


 それからエラとアルベルタは侍女に連れ添われて、風呂場へと向かった。ドリスが頑として「私もついて行く」と言って聞かなかったから、ドリスも一緒だ。気を失ったままのアルベルタは軽く体を洗い流しただけですぐに出て行ったが、エラとドリスは心ゆくまで熱い湯を堪能する。


「お姉様、大丈夫かな……」


 ドリスが湯の中で膝を抱え、口まで湯につけてブクブクと泡を出している。


「事情は伝えたから……たぶんお姉様は、他の人たちと一緒で、ベッドに縛り付けられちゃうのよね……」

「アルベルタ姉様はかわいそうだけど、仕方ないわ。あんなに暴れられてしまったんじゃ……」


 エラはそう言いかけて、先ほど姉と死ぬ思いで追いかけっこをしたのを思い出した。熱い湯の中でも身震いする。


「助けに行くのが遅くなって、本当にごめんね」

「そうよ、ねえ、何かあったの? 私、ドリス姉様まで何かあったんじゃないかと思ったのよ」


 ドリスは肩をすくめて、ますます小さくなる。唇を尖らせて「だって……」と言い訳みたいな前置きをした。


「誰もついてきてくれなかったの」

「……え?」


 意味がわからなかった。仮にも客人であるドリスの要望に、しかも人が襲われているなんていう物騒な相談に、誰も乗ってくれないなんてことがあるだろうか。しかしドリスの話によると、武装した兵士は皆、何があっても持ち場を離れるなとの命令を受けているとかで、ついてきてはくれなかったらしい。そしてずいぶん遠くを示して、あそこにいる兵ならば自由に動けるはずだと言うのだ。


「エラの部屋のそばには兵士がいたでしょう? だからまずそこに向かったの。確実にいるのがわかっていたから。でも、ダメだった。兵士本人も動けないことが悔しそうだったけれど、命令だから動けないって、そればっかり」


 聞けば聞くほどおかしな話だ。なぜそうまでして持ち場を離れてはいけないのだろう。実際に起きている緊急事態よりも大切なことがあるだろうか。もしかして、これからもっと重大な緊急事態が起こるとでも思っているのだろうか。


 ドリスは両手を大きく伸ばして「あーあ」と不満げに言う。


「それにしても、ついてないわよねえ。お城に来たとたん、こんな騒動に巻き込まれるなんて。なんだか狙ったみたいなタイミングじゃないの」

「ドリス姉様……」


 たしなめるようなエラに、ドリスは口を尖らせて言い募る。


「文句も言いたくなるわよ。いつこっちに被害が来るかわからないのよ? 人だって亡くなっているんでしょ?」

「えっ?」


 エラは驚いて危うく湯に沈みそうになった。確か今回の騒動では、死者は出ていないはずだ。


「知らなかったの? ほら、少し前にお葬式していたじゃない? たしか中庭で。体の大きな男の人たちが大泣きしていて、かわいそうだったわ」

「……ああ」


 エラはようやく合点がいった。ドリスが言っているのはたぶん、中庭を設計したという老庭師のことだ。最近大きな事件があったせいで、すっかり頭から抜けていた。


「違うわ。ドリス姉様。

 あのお葬式は時期が一緒だっただけで、今回の件とは……」

「あら、そうなの? なあんだ、てっきりあの人もこの件で亡くなったものだと思っていたわ。

 でも、そうなの。死人は出ていないの。よかったわ。ねえ、エラ」


 ドリスが安心したように笑いかける。しかしエラはドリスの方を見もしないで、湯から立ち上る煙を見つめている。


「エラ?」

「……え? あ、ええ。そうね。よかったわ」

「早く解決するといいわねえ」


 ドリスはどこか他人事のようにつぶやいた。

 それからしばらくして、そろそろ上がろうかと考えているときに、ドタバタとした足音が外から聞こえてくることに気づいた。そちらの方に顔を向けると、大慌てのステラがドアを開けて入ってきた。よほど急いだのか、髪があちこちほつれている。


「エラ様、ドリス様!」


 エラとドリスはいったいぜんたい何事かとステラを注視する。ステラが、花が咲いたように笑って言った。


「アルベルタ様がお目覚めになりました!」

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