探偵ごっこ
「お姉様は、今朝早くに出て行ったわ。
まずは最初に医務室に行ってみることになったの。そこまでは私もついて行ったわ。でも、皆さん眠っているだけで、特に情報は得られなかったの。あまり近くには行かせてもらえなかったし……。
次にお姉様は被害者たちの職場をめぐるって言ってたわ。そこで私は飽きてきちゃったから別行動にしたのだけど、それからお昼ご飯の時間になっても戻ってこなくて」
「それで、今はどこに向かってるの?」
「とりあえず、最初に行くと言っていた厨房に」
エラとドリスは二人で厨房に訪れた。厨房は外と違ってとても暑かった。あちこちで火を燃やして調理をしているせいだろう。黙って立っていても、少し汗ばむほどだった。
厨房で働いている人たちは、普段はしていないマスクをしている人が多かった。きっとあの病への対策なのだろう。感染の防止のためとはいえ城外へ出ることを禁止され、最も不安に思っているのはきっと彼らなのだ。
そんな状況の中で客人である二人がふらふらと出歩き、あまつさえ謎の病の発症源である厨房にひょっこりと顔を出したものだから、一時その場は騒然となった。もちろん客人である二人を厨房に入れることは避けたい。しかし二人とも中に入ると言って譲らない。困り果てた従業員たちはとうとう店の奥に引っ込んで、責任者らしき男を呼びに行った。そのすぐ後に、長い帽子を揺らしながら一人の男がこちらに向かって走ってきた。
「エラ様、ドリス様、困りますよ」
厨房長はエラたちを見て本当に困ったように眉をへの字にした。
「何かあっても責任取れませんよ! お願いですから帰ってください」
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあって。聞いたらすぐに帰ります。
アルベルタ姉様がこちらに来ていませんか?」
「来ましたよ! もうずいぶん前のことですが……」
「お姉様が今どこにいるかわかるかしら」
「さあ、それは私にはなんとも……。
お話はそれだけですか? でしたら、お願いですからお部屋に戻ってください。エラ様になにかあったら、殿下に何て言われるか」
厨房長の顔色はもはや真っ青だ。
エラはドリスの背を押して、何度も謝りながらその場を後にした。ここにいても、きっと姉は見つからないだろう。
厨房を出ると、本当に部屋に帰るのか、またフラフラと何処かに出かけるのではないかと心配した使用人が、エラとドリスを部屋まで送り届けた。しかめっ面でエラの部屋へと逆戻りするドリスは、使用人がいなくなるとすぐに、閉じられたドアに向かって舌を出した。
「結局、なにもわからなかったわね」
ドリスは不満げに口を尖らせた。
「仕方ないわよ。そう簡単に分かる問題なら、とっくに医師が解決しているわ」
それもそうか、とドリスは実に簡単に納得した。小さな声で「そもそも、新しく発見された病気だったりしたら、私たちに対処なんてできっこないのに。なんでお姉様は自分ならなんとかできるとか思ったのかしら」と、姿の見えぬ姉への文句が止まらない。
ひとしきり不満をぶちまけると、ドリスはようやく落ち着いたようで、事の真相についてエラに意見を求めた。その真意は、真実を知りたいという探究心ではなく、アルベルタの行為がいかに愚かであるかを確認したいがためのようだ。
なんでもアルベルタは、この事件には必ず黒幕がいて、きっとどこかに証拠を残しているはずだと信じているらしい。
「エラは薬とか、詳しかったものね」
軽々しく、心当たりはないかと問われて、エラは苦笑した。
「そんなこと言われても……。
わからないことが多すぎるのよ。患者には共通点もないし」
「似たような症状が出る病気、知らないの?」
「狐憑きとかは、そういう症状が出るけれど、あれは親から子にうつりやすいって聞いているし、今回みたいな流行にはならないと思うわ」
エラは他にもいくつか、似ている症例を挙げた。しかしどれもこれも、決定打に欠けるのだ。
「……思ったより、真剣に考えていたのね」
矢継ぎ早に可能性を列挙するエラに、ドリスの腰が引けている。自分から聞いておいてそれはないだろうと、エラはちょっとふてくされた。
「エラがそこまで考えても、わからないとなると、あれね。魔女の仕業ね」
「ドリス姉様、悪いことはすべて魔女のせいにするの、良くないと思うわ」
「普通の病気じゃないってことだけは、はっきりしてるもの」
ドリスは悪びれずにそう言った。ドリスは気づかなかったようだが、エラの表情が曇る。
少し前までなら、エラも同じように考えていたかもしれない。けれど今は、魔女を名乗ったおばあさんの優しそうな瞳がちらついて、素直に賛成はできなかった。
しばらくエラの部屋で雑談に興じ、ほとぼりが冷めた頃に二人が向かったのは、掃除婦のところだった。しかし掃除婦は城中あちこちにいて、ピンポイントで捕まえるのは難しかった。
「アルベルタ姉様なら、どうしたかしら」
「たぶん、とにかく城中歩き回ったと思うわ……」
疲れたようにドリスが言う。確かに、アルベルタの性格ならそうするだろう。では、そのアルベルタを見つけるには?
「こんなに広いお城だもの。無闇に歩いていたら時間がかかって仕方ないわ。最悪、すれ違いになってしまうかも」
エラは腕を組んでブツブツとつぶやいた。本音を言うなら、アルベルタの部屋で待っているのが一番の近道じゃないかとも思うのだが、きっとドリスは待っているだけなど不安で落ち着かないと言って嫌がるだろう。だからそれは最後の手段にしなくてはならない。なによりエラ自身、久しぶりにドリスといられるのが楽しくて仕方なかった。エラは帰るという選択肢を遠くに放り投げた。
「掃除婦の方達が、必ず通る場所に行きましょう。控室があるなら、そこがいいかしら」
「あら、それならごみ捨て場の方がいいわ」
ドリスがエラの提案に対して、さらりと言った。
「控室じゃあ、朝と晩しか行かない人もいるでしょう? でもごみ捨て場なら、もう少し頻繁に来るんじゃないかしら」
ドリスの提案はもっともだった。城にはごみを集めておくような物は、常備されていなかった。外観を損ねないようにするためだろう。その分、頻繁に従業員はごみ捨て場に訪れることになる。掃除婦ともなればなおさらだ。
「そうね、じゃあそうしましょう。ドリス姉様、ごみ捨て場はどこにあるの?」
エラの質問に対して、ドリスはきょとんっと目を丸くした。
「さあ?」
「え? 知っているんじゃないの?」
「何言ってるの、私が知るわけないじゃない。さあ、適当に誰かに聞いて、早く姉様を見つけましょう!」
意気揚々と歩き出す姉に、エラは楽しそうにため息をついてついて行った。
エラとドリスが探偵の真似事をしながらアルベルタを探すお話です。
お城の従業員からしたら、とんでもないお客様ですね笑
今回の話から、城に混じった悪意が明確化してきます。
次話ではとうとう、アルベルタ姉様も登場しますよ!




