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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第3章 魔女の住処
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使い魔

 レオノーラが行ってしまい、エラはたった一人でぽつんと洞窟の中に取り残された。もぞもぞと体を動かして、ロープが緩まないか、金具が抜けないかと試してみたが、まったくもって成果が出ない。糠に釘を打ち付けた方がまだマシだと思えるくらいだ。


 しばらくの間エラは抵抗を続けたが、やがてそれにも疲れてしまい、薄暗い洞窟の中でただ座っているだけになった。洞窟は寒く、地面に接している尻の下から、じんわりと冷気が伝わってくる。冷気はエラの不安と溶け合って、腹の中を駆け巡り始めた。


 洞窟の外からは、まだカラスの鳴き声が聞こえてくる。はじめのうちはうっとおしく思っていたのに、今となってはその鳴き声だけがエラと外をつなぐ楔のように感じられる。


 突然、その楔がぷっつりと切れた。

 エラは驚いて外につながる道の先を見つめた。一体どうしたというのだろう。獣でも出て、カラスたちが皆逃げ出したのだろうか。もしかして、その獣はこの洞窟を寝床にしている……なんて可能性は?


 すると、なにやら洞窟の入り口の方から物音がするではないか。立ち上がって、なるべく洞窟の奥の方へと逃げようとするが、ロープに繋がれているせいでまともに動くこともできない。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)


 人質として捕まっただけでも、ひどく情けないというのに、挙げ句の果てに取引の前に獣に食われて死ぬなんて、愚かすぎてかける言葉も見つからない。どうか気のせいであって欲しいと心から思った。

 エラの祈りもむなしく、足音はどんどん近づいてきた。いよいよ覚悟を決めて、最期の時を思い目を瞑ると、体を小さく縮めた。


「エラ!」


 聞こえてきた人間の声に、エラははっとして目を開けた。恐る恐る見上げると、洞窟の前で足音を立てていたのは獣ではなく、王子その人だった。

 王子の懐からリオルが飛び降りて、エラのところに駆け寄ると「痛いところはない? ひどいことされなかった?」としきりに聞く。


 相手が獣でなかったことには安心したが、王子がここにいるということは、ガラスの靴をレオノーラたちに渡してしまったということだ。逆光で表情は見えなかったが、きっと怒っているにちがいない。エラは顔を青ざめさせて、王子に平謝りした。


「王子様! 私、あの……本当に、本当にごめんなさい……!」


 今にも泣き出しそうな様子のエラを見て、王子は痛ましげに眉尻を下げた。片膝をついてエラの視線に合わせると、怒っていないことをアピールするように、ゆっくりと穏やかな口調で言う。


「怖い思いをさせたね。ごめんね。もう大丈夫だ」


 王子がエラの背を優しくさすった。繰り返し大丈夫だと聞かされて、エラの緊張の糸が切れた。

 レオノーラたちと一緒にいた時は、人間というのはどんな状況でも、意外と平常心でいられるものだと感心したのだが、エラの神経はそこまで図太くはなかったらしい。


 ぽろりとエラの瞳から雫が落ちた。声も立てずに、二粒三粒と大粒の涙をこぼす。王子はその間もずっと、もう大丈夫だよとエラに言い聞かせ続けた。


 やがてエラが泣き止む頃には、リオルが手足を拘束していたロープと噛みちぎっていた。ようやく自由になった手足をさする。末端は特に冷え切っていて、感覚が鈍っていた。


「ガラスの靴のこと……本当にごめんなさい」


 エラは再び頭を下げた。しかし王子は、喉の奥から、くつくつと音を立てて笑うばかりで、一向に謝罪を受け取ろうとはしない。


「まず第一に、ガラスの靴はエラのものだよ。仮にエラのせいで失われたのなら、それはエラ個人の問題であり、僕に謝る必要はない」


 王子がエラに手を差し伸べて立たせた。急に立ち上がったせいで立ちくらみを起こして、ふらっと倒れそうになる。慌てて王子がエラを支えた。

 そのとき王子はエラの手首に滲んだ血を目にして、慌てたように目を大きくした。


「怪我をしているじゃないか!」


 なぜ先に言わないのかと怒られて、ようやくエラもそのことを思い出した。もうすっかり慣れてしまったのと、凍えている手足の感覚が鈍ったことで、すっかり失念していた。


「あの、大丈夫ですので」

「だめだよ。きちんと手当てしないと」


 王子は背負った荷物を乱暴に下ろすと、中から水筒を取り出した。染みるよと一言断りを入れて、エラの両手足に水をかけて傷口を洗った。刺すような痛みが走り、思わず顔をしかめる。


「そう、ガラスの靴の話だったよね。

 実はね、ガラスの靴はまだ無事なんだ。僕が今持っている」


 エラの傷の手当てをしながら、王子は先ほどの話を続けた。エラは王子から受け取った薬をつけていたが、あまりに驚いて、手にした包帯を落としてしまった。


「では……どうして、この場所がわかったのですか?」


 エラが問うた相手は王子だったが、ころころと回り離れていく包帯を追いかけていたリオルが代わりに答えた。


「忘れたの? ここはマザーの家のすぐ近くなんだよ」

「まさか、マザーさんが助けてくれたの?」


 両手を口に当てるエラに、リオルは指を鳴らして惜しいとつぶやくと「手当が終わったら、教えてあげるよ。ついておいで」と言った。エラはいそいそと包帯を巻くと、リオルの後を追って洞窟の外へ出た。


 久方ぶりに陽の光を浴びると、エラを見つけてカラスたちがよりいっそう、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。

 その中の一羽が、エラの肩に乗ったリオルを確認すると、大きな翼を広げて突っ込んでくる。エラはとっさに両手でリオルをかばった。カラスに食べられてしまうのではないかと思ったのだ。


 しかしカラスはリオルの前で急激に失速すると、エラの足元に着地した。そして綺麗な瞳をくるりと回すと、黒く光る嘴を開いた。


「ようやく来たな。鈍間のリオル」

「今回は助かったよ。狡賢いクロウ」


 エラの指の隙間から鼻先を出して、押しのけるようにしてリオルが出てきた。ふたりが話しているのは、どちらも人間の言葉だ。


「……この子も、マザーさんの使い魔なの?」


 呆気にとられたエラの声を聞くと、クロウが首を曲げて、リオルからエラへと視線を移した。真っ黒い瞳に射竦められて、エラは居心地が悪そうにもぞもぞと体を動かした。


「やあ、エラ。久しぶりだね」

「え……私、どこかであなたに会っているかしら」


 忘れてしまってごめんなさいと続けるエラに、クロウは翼を膨らませて豪快に笑った。


「覚えてなくて当然だ。だって俺がエラに会ったのは、エラがまだ雛の頃だったからなあ」


 その頃はまだ、マザーもエラと一緒に暮らしていたのだという。懐かしさに空を仰ぐ姿を見て、エラはなんとなく彼が今微笑んでいるのだと悟った。


「すっかり綺麗になった。若い頃のマザーによく似ている。

 エラについて行ったのがリオルだったから、俺たちカラスは、エラがとんだ醜女になっちゃうんじゃあないかって、みんなして心配していたんだ。なんてったってリオルは俺たち使い魔の間でも、乙女心とか、そういうのには疎いことで有名だったからなあ」


 まあ、年頃の女の子にしては飾り気がなさそうだが、とクロウは続けた。


「なんだよそれ。僕は聞いてないよ!」

「そりゃあ、本人を前に言う奴はいないわな」

「まあ、昔のリオルに恋のお話があったのかしら!」


 使い魔たちの雑談にエラが興味を示す。


「おい、クロウ!」


 リオルの静止など聞こえないように、クロウが楽しそうに翼をバサバサと動かして「そりゃあもう!」と叫んだ。いつも大人びていて、恋などとは無縁そうなリオルの新たな一面に、エラはもう興味を隠そうともしない。


「ぜひ聞きたいわ」

「そうだね、僕もねずみの恋には興味津々さ。でもね、それは今やるべきことではないと思うが、どうだろう」


 口をへの字に曲げて、王子が会話に割り込んできた。すっかり油断していたエラは、王子に叱られてようやく現状を思い出した。しかしもともと王子に良い印象を持っていないリオルとクロウは、たかが人間ごときに叱られたことを不服に思っているらしく、むしろ機嫌を悪くして王子を睨む。


「お前がこの国の王子か」

「そうだ」


 クロウは胸を張る王子を無遠慮にじろじろと眺め、一言吐き捨てた。


「ふうん……弱そうな身体つきだな」

「そうか? 躾のなっていないカラス一羽を仕留めるくらいは、簡単にできると思うけどな」


 王子がこれ見よがしに剣の柄をかちりと鳴らした。クロウの瞳に凶暴な色が差す。

 このままでは大喧嘩になりそうだ。エラがいない間に、このふたりに何があったのだろう。雲行きが怪しくなってきた会話を止めようと、エラが無理矢理に話題を変えた。


「えっと……そうだわ。ダグラスさんとロビンさんはどうしたのかしら」


 少々、いや、かなり露骨に話をそらしてしまったが、あえてのんびりとした調子で話すエラの気持ちを察してくれたようで、睨み合っていたふたりはしぶしぶそっぽを向く。

 そんなふたりを横目で見ながら、リオルがエラに向き直った。己はほかのふたりとは違うのだとアピールするように、真面目そうな顔をする。


「あの二人なら、トーマスたちと交渉中だよ」

「交渉? 靴はここにあるし、私ももう自由なのに?」


 エラは不思議そうに首をかしげる。だって、交渉材料が一つもないのだ。一体何と何を交換するのだろう。


「あの二人には、時間稼ぎをお願いしたんだよ。あいつらに付きまとわれていたんじゃ、マザーのところへなんか行けないからね」


 説得するの大変だったんだよと、リオルはため息を吐く。


「まあ僕からしたら、都合が良かったかな。もともとあの二人を連れて行くのには反対だったんだ」


 リオルがエラの肩から飛び降りた。クロウのところにちょこちょこと進むと、クロウが翼を広げてスロープを作る。リオルは躊躇わずその翼に登り、クロウの首元にしっかりとしがみついた。


「マザーのところに案内するよ。ついてきて」


 もう直ぐ近くだから馬も必要ないという。

 ついにこの時が来た。エラと王子は互いに顔を見合わせた。王子が小さく頷く。微笑んでいる王子の表情が、心なしかこわばっているように見えた。さすがの彼も緊張しているのだろう。

 エラは自分の胸に手を当てた。緊張していないわけではない。でもそれ以上に感じるこの気持ちは、たぶん喜びだ。


(マザーさんに……私のおばあさまに、会えるんだ)


 父が死んだ日から、もう血の繋がった人はこの世にいないと思っていた。


「エラ、どうしたの?」


 リオルが振り返って、なかなか動き出さないエラに声をかけた。エラは首を振る。


「なんでもないわ。行きましょう!」

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