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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第3章 魔女の住処
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囚われたエラ

「起きて。エラ」


 声をかけられて、エラは目を開けた。薬で無理やり眠らされたせいで、酷く頭が痛むのに、声は容赦なく降ってくる。


 いつものように起き上がろうとして、両腕に痛みが走った。体を起こすことさえ億劫で、腕が視界に入るように持ち上げると、両腕が縄で縛られていることがわかった。

 ささくれだっている縄に直接当たるエラの腕は、擦り切れて赤くなっていた。うっすらと血がにじんでいる。


 なんとか上半身を持ち上げると、窓の外が見えた。窓の外には木々が生い茂り、視界が悪い。わかるのは、エラがいる場所が森か山の中にある小屋であることだけだ。

 足も腕と同様に縛られていて、身動きが取れない。


「頭痛がするでしょ? 水飲む?」


 そう言って水筒を差し出したのは、レオノーラだった。


「この手じゃ飲めないわ」


 腕を持ち上げ、ぶっきらぼうに言い放つ。レオノーラは「それもそうね」と言うと、手にしたナイフでエラの手足を拘束している縄を切った。


「おい、レオノーラ」


 小屋の隅から男の声がした。

 驚いてそちらに目をやると、茶色い髪と茶色い瞳を持つ男があぐらをかいて座っていた。その腰には、見慣れぬ二本の刃が収まっている。

 その男の顔立ちは、どちらかというと穏やかであるのに、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。しかしレオノーラは、そんな男に尻込みする様子など欠片も見せなかった。


「かまわないでしょ、トーマス。

 私たち二人が監視してるのに、エラがここから逃げ出せるわけないじゃない」


 トーマスというと、王子たちが追っていた男の名だ。エラの部屋に、二度忍び込んだ男。


「そうやって油断していたから、こんな女に正体がばれたんだろ」

「それとこれとは話が違うわ。エラは戦えないもの。

 ああ、それとも。手負いのトーマスさんは、戦いの訓練を受けたこともない女の子一人、縛っておかないと怖くて怖くて仕方ないのかしら」


 レオノーラがトーマスを嘲る。同時に水筒をエラの方に放った。すっかり油断していたエラは、危うく水筒を取り落とすところだった。


「ほらね、この調子よ。問題ないでしょ」

「……逃げたらお前のせいだからな」


 一応、それで話はついたらしい。一度外れた縄をもう一度かけられるというのは、ぞっとする。すでに傷だらけになった手足なのだ。もう手で触れるだけでも痛い。レオノーラが論破されなくてよかった。


「ここはどこなの?」


 エラの問いに、意外にもレオノーラがすんなりと答えた。


「昨夜までエラたちがいた街の、南西部にある山の中。これから私たちはラトアの街へ向かうわ」

「……どうして?」

「そこで、エラとガラスの靴を交換することになっているの。ラトアの街は大海蛇の巣が近いから、他の街に比べて人も少ないし、こういった交渉をするにはもってこいでしょう?」

「そう」


 エラは内心で胸をなでおろした。マザーの居場所がばれたわけではないようだ。


「お腹すいたでしょ。昨晩もろくに食べられなかったでしょうしね。

 木の実か何か持ってくるわ。待ってて」


 そう言って、レオノーラは小屋の外へ出た。先ほど二人で見張れば大丈夫、みたいなことを言っておいて、さっさと自分は席を外すというのはどうなのだろうと、他人事ながらも思った。

 ちらっとトーマスの方を盗み見る。トーマスは難しい顔をして一点を睨んでいるだけで、エラの方には見向きもしない。なんとも居心地が悪い。


「あの」


 つい声をかけてしまった。トーマスが視線だけをエラの方へと向けた。


「トーマスさん、ですよね」

「……だったらなんだよ」

「いえ、その。

 ……怪我、大丈夫ですか?」


 トーマスは露骨に不愉快そうに顔をしかめた。


「殿下に聞いたのか。それとも、あの若僧か」


 若僧、というのはロビンのことだろうか。ダグラスではないだろう。ロビンもトーマスも、エラの目には大して年の差などないように思えるのだが。


「いいえ、違います。誰かに聞かなくてもわかりますよ。さっきから、辛そうですので」


 寒い季節なのに、トーマスはずっと汗をかいている。痛みを我慢しているのだろう。もしかしたら発熱もあるのかもしれない。それに、さっきから右腕を全く動かしていない。たぶん右腕か右肩か、そのあたりを怪我しているのではないか。

 その場で立ち上がったエラを見て、トーマスは不愉快そうに眉をひそめた。


「お前、立場わかっているのか? 俺が少し気まぐれを起こせば、レオノーラが戻ってくる前にお前を殺すかもしれない。実際、そうするべきだと思ったら、俺はためらわないぞ」

「でも、私にはまだ利用価値があるんでしょう?」


 あっさりと答えるエラに、トーマスは驚いたようだった。ふん、と鼻を鳴らすと明後日の方を見る。


「あの、よければ、傷を見せてくれませんか?」

「なに?」


 エラはトーマスの前に移動して跪いた。動くたびに手足の傷がチクチクと痛むが、無視できないほどではない。

 エラが右肩に触れると、トーマスがその手を振り払った。その勢いでマントがめくれ上がる。


「ほら、やっぱり。血が滲んでる」

「お前、ほんといい加減にしろよ。殺すぞ」

「ねえ」

 エラはなおもトーマスを無視した。


「これ、傷口ふさがってないですよね。このままじゃ破傷風になりますよ。

 私に縫わせてください。私は薬剤師ですから、縫うのはあまり得意じゃないですけど、ほうっておくよりは幾らかいいと思います」


 まずは消毒ですねと言いながら、治療道具はどこかと探し始めたエラを、トーマスは思い切り突き飛ばした。エラは転んで倒れこむと、小さく呻いて咳き込んだ。


「余計なことするな。お前らの施しなんか受けねえよ」

「け、けど」


 なおも言い募るエラに苛立ったらしく、今度は蹴飛ばしてやろうとするかのようにトーマスが立ち上がった。

 そのとき小屋の戸が開いて、レオノーラが戻ってきた。


「え、なに。どうなってんの」


 明らかに先ほどとは違う空気にぎょっとすると、うずくまるエラに駆け寄って助け起こした。


「あ、ありがとう」

「それはいいけどさ。なにがあったの?」

「トーマスさんの治療をしたかったんだけど、嫌だって言われちゃった」


 卵を焦がしたの、とでも言うような気軽さで、エラは頬を掻きながら笑った。それを聞いてレオノーラが呆れたような声を出す。


「……どうしてエラって、いつもそうなの?」

「あはは、ごめんね」

「謝ることじゃないけどさ」


 殴られた腹を抑えるエラを見て、レオノーラは眉をひそめた。そして今度はトーマスに不満をぶつける。


「トーマスも、やりすぎなんじゃないの? 仮にも治療するって言ってくれたんでしょ? なにもここまでしなくたって」

「うるせえな」


 先ほどの定位置に戻って、トーマスはどっかりと腰を下ろす。


「いちいち不機嫌になるの、やめなよ。靴を奪われて悔しいのはわかるけどさあ。任務中は性格作ってて、ずいぶんにこやかだったくせに」

「上官の前で暴言吐く部下なんて目立って仕方ないだろうが。おれの素はこっちだ。知ってるだろ」


「ああもう、わかったわよ。

 エラ、気にしないでいいからね。トーマスはこの国の人間が大嫌いなの。エラには八つ当たりしてるだけ」

「おい!」


 レオノーラは肩をすくめると、はいはいと言いながら手を振った。そしてエラの手に木の実を乗せる。

「食べれるやつだから、安心して。もし不安なら、私が全部一口かじるよ」

「ううん、大丈夫。ありがとう」


 レオノーラのことは疑っていなかったし、エラ自身にも知識はあった。だからエラはためらわずに木の実にかじりついた。


「食べたら、すぐに出かけるよ。エラの分の馬はないから、私と一緒に乗ってもらうわ。いいわね」


 エラは頷いた。どのみちエラは、一人で馬を走らせることはできない。

 最西端の街、そしてマザーの住処の玄関口になる街。ラトアはもうすぐそこだ。

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