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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第3章 魔女の住処
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人質

 旅は順調だと思っていた。情報漏洩には気を使ったし、行動も迅速に起こした。このまま何事もなく魔女の家までたどり着くのではないかと、心のどこかで期待していた。

 その目論見は甘すぎたのだと、思い知らされた。






 夕飯を食べながらの話し合いが終わり、皆そろそろ休む時間となった。リオルはいつもエラの部屋で寝ている。きっとエラはもう休んでいるだろうから、リオルは王子たちが連れて行くことになった。


「まあ、リオルは僕の部屋じゃ嫌だろうけどさ」

「うん。嫌だね。だから、エラの部屋の前まで連れて行ってよ」

「なんで?」

「ドアの下の隙間から、僕なら入れるだろうから」

「ああ、なるほどね」


 王子はリオルが入ったカバンを持って、エラの部屋の前まで行った。女性もののカバンを持って歩くのは些か気恥ずかしかったが、後ろに控えているダグラスやロビンが持っているよりはマシだろう。


「カバンは入らないから、王子が持っててよ」

「わかってるよ」


 階段を上がりエラの部屋がある二階につくと、リオルが突然耳をピンと立てて、後ろ足だけで立ち上がった。


「どうしたんだ?」

「匂いがする」


 王子の方を見もせずにつぶやくリオルに、王子は眉をひそめた。


「なんの?」


 王子の問いを完全に無視して、リオルがエラのカバンから飛び出した。


「あっ、おい!」


 王子の制止も聞かず、リオルは駆け出した。リオルはエラの部屋の前に行くと、するりと部屋の中に入った。

 残された王子たちは訝しげに顔を見合わせると、リオルの後を追ってエラの部屋までたどり着く。王子は丁寧にノックをした。


「エラ、寝ているところごめん。ちょっといいかな」


 しかし返事はない。よほど疲れて熟睡しているのだろうか。そのとき王子の手に押されて、部屋の戸が小さく動いた。

 まさか鍵をかけていないのだろうか。エラにしては不用心すぎる。嫌な予感がして、悪いとは思ったが部屋の戸を開けた。


 エラの部屋には、人間は誰もいなかった。大きく開け放たれた窓から風が入り込み、カーテンが揺れている。リオルは机の上に乗り窓を眺め、ただひとり佇んでいた。


「風でずいぶん飛んでいるけど、睡眠薬の匂いがするんだ」


 リオルが言った。


「それじゃあ、エラは」

「攫われた。

 連中、何を呑気なことをしてるんだろうね。置き手紙なんか残してあるよ」


 言われて机の上に目をやると、無駄にきれいな字で脅迫文が置いてあった。そこには、『エラを返して欲しければ、ガラスの靴を持ってラトアに来い』と書いてあった。


「馬鹿なのかな? 普通、いつまでにとか書くよね。それにラトアっていったって、広すぎでしょ。もうちょっと詳細な場所を指定しないと、会えるかどうかもわからないじゃないか。

 あはは、笑えないよ。そんな馬鹿どもに、みすみすエラを渡すなんて!」


 リオルの小さな体から、一瞬ぎょっとするほどの怒気を感じた。リオルがただのねずみではないことを、改めて実感する。

 王子は踵を返すと、部下二人に命じた。


「すぐにラトアへいこう。エラを追いかける」


 しかしダグラスは首を振った。


「もう夜です。街の門は開かないでしょう」

「こんなときこそ権力の使い所だろう。開けさせろ」

「馬が疲弊しています」

「代わりの馬を買え」


「殿下、感情ではなく理屈でお考えを。これまでの長旅に、我々とて体力を消耗しています。休息が必要なのは、馬だけではないのです。

 それに、ここで焦った所で、エラ嬢は戻りません。今は休み、力を蓄えるべきです」


「僕は十分冷静だ。いいから従え」

「一度鏡を見てから言ってください。とても冷静な表情とは思えませんよ」


 いつまでも平行線の議論に、リオルが待ったをかけた。


「出発は明日だ」

「正気か!?」


 王子は声を張り上げた。リオルは王子側だと思っていたのに。


「勇敢であることと無謀であることは違う。ダグラスの言う通りだ。エラを取り戻すには、きっと戦闘は避けられない。だったら、疲れを癒すべきだよ」


 それでも納得できない王子に、ロビンまでもが声をかけた。


「エラ嬢は、奴らにとっても大事な人質です。手荒なマネはされませんよ。

 それに、エラ嬢が攫われてから、まだほとんど時が経っていません。今から出立したら、我々の方が先についてしまいます」


 王子はしばらく何か言いたそうにしていたが、やがて大きく息を吐くと、甚だ不本意だと言わんばかりに声を低くした。


「出発の時間を早める。皆、すぐに休め」






 王子は自分の部屋に戻った。乱暴に顔を洗って、それから鏡を見る。そこに映った自分は、なるほど確かに冷静とは程遠い顔をしていた。


 怒りに歪んだ人間の顔というのは、なんとも醜かった。

 魔女は穏やかな種族だとリオルは言っていた。彼女らは、このような醜い顔はしないのだろう。だからきっと、魔女は美しいのだ。


(エラは、大丈夫だろうか)


 奴らは、どこまでつかんでいるんだろう。エラが魔女の末裔であることを知っているのか? それによって、取るべき手段が変わってくる。


 もしも、エラがただの娘で、たまたま靴に選ばれたのだと思っていたのだとしたら、エラの存在を軽視しているだろう。ガラスの靴と交換できるなら、喜んでエラの身柄の引き渡しに応じるに違いない。

 だがその場合、王子たちがあっさりとガラスの靴を手放したりしたら、奴らは不審に思うだろう。今のエラには、ガラスの靴以上の価値があるということに気付かれるかもしれない。


 エラが魔女の血を引くと気付かれていたら、最悪だ。奴らは魔女への交渉材料を手に入れたことになる。


 でもそれ以上に、王子は焦っていた。奴らが人質であるエラを殺してしまうことはないだろう。だが、それはエラが無事であるという証拠にはならない。

 ガラスの靴と交換するのなら、エラは生きてさえいればいい。逃げられないように足を折られるかもしれない。逃げようとして、腕を斬り落とされるかもしれない。もし万一、拷問でもされていたら! あの幸せそうに笑うエラの顔に傷がついたらと思うと、怒りでどうにかなってしまいそうだ。


「くそっ!」


 珍しく悪態をついて、どさっとベッドに倒れ込む。


(無事でいてくれ……)


 うつ伏せになって、力任せに握りこぶしをまくらに叩きつけた。ぼすっと鈍い音がして、柔らかなベッドが王子の拳を抱きとめる。

 その夜は、月が異様にゆっくりと動いていた。

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