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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第1章 狙われた宝具
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ねずみのいない生活

 エラは朝早く、つまりいつもの時間に、ふかふかのベッドで目を覚ました。半身を起こすと、広すぎる豪奢な部屋が目に映った。一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 部屋の隅に、申し訳なさそうに置かれた小さな荷物たちを見つけて、エラはようやく、自分が今城にいるのだと思い出した。


(……寂しい)


 ベッドの中で、エラは自分の膝を抱え込んだ。いつもならエラが目を覚ますとすぐに、リオルや他のねずみたちがそばに来てくれた。これまでエラは毎日仕事に明け暮れていたせいで、人間の友達は少なかったが、代わりにねずみの友達とはずっと一緒にいたのだ。


 お城に来て、ねずみたちとは別れなくてはならなくなった。きっとお城には、そこらじゅうにねずみ捕りの罠があるのだろう。もしかしたら猫を飼っているかもしれない。だって、ねずみがお城に出るなんて話、聞いたことがなかったから。そんな危険な場所に、ねずみたちを連れては来られなかった。


 あの子たちは、寂しい思いはしていないだろうか。ちゃんとご飯は食べているだろうか。心配事は絶えない。


 エラは首を振って嫌な思いを振り払うと、衣服を替え、髪をとかした。支度が終わって少し経った頃、部屋のドアがノックされた。


「はい」

「おはようございます、エラ様。

 お食事の準備が整っております。広間へおいでいただけますか」


 この女性の声には覚えがあった。エラ付きの侍女だと紹介されたステラだ。

 エラは扉を開けて、ステラを出迎えた。


「おはようございます、ステラさん。わざわざありがとうございます」


 きちんと整えられたエラの姿を見て、ステラは少なからず驚いた様子だった。


「あの……?」

「あ、いえ、その……すみません」


 ステラは驚きを顔に出してしまったことを恥じているようで、真っ赤になった。


「先ほど、エラ様のお姉様方のお部屋の前を通ったのですけれど、お姉様方は、その、あまり朝が得意ではないようでしたので……。エラ様が起きてらっしゃるとは思わなかったのです」

「ああ……」


 寝間着のままドアを開ける姉たちの様子が目に浮かんで、エラは吹き出してしまった。お城のように、礼儀を重んじる場所で仕えている彼女らにとって、それはそれは衝撃だったのだろう。


「エラ様は朝が得意なご様子で、少々安心いたしました。広間へご案内いたしますね」

「ありがとうございます」


 エラはステラの案内に従って、自分に与えられた豪華すぎる部屋を出た。入口脇には兵士が二人控えていた。二人は昨晩エラの部屋の前で、寝ずの番をしていたのだ。

 二人はエラの部屋の入り口のドアから、左右に分かれて立っていた。五メートルほど離れていたため、こっそりとおしゃべりをすることも難しい。夜中はきっと、随分と眠くて寒くて退屈で、辛かったことだろう。


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、深々とお辞儀をする。兵士二人は鎧をカチャカチャと鳴らしながら、綺麗な角度で返礼した。


「なんだか、申し訳ないです」


 部屋を出て、何が描いてあるのかもわからない巨大な抽象画の前を通り過ぎ、エラはぽつりと呟いた。

 前を歩くステラが不思議そうに振り返る。


「申し訳ない、ですか?」

「はい……。突然やってきたこんな私に、あんな豪華なお部屋を貸していただいて、お食事の面倒も見ていただいて、警備まで……」

「何をおっしゃるのですか、当然のことです。王子様が見つけた女性とそのご家族ですもの」


 そのあとステラは何かをためらうように、そわそわし始めた。そして意を決した様子でエラに問う。


「エラ様、失礼を承知でお聞きしたいのですが」

「構いませんよ。なんでしょうか」

「王子様との初めての出会いは、本当にあの舞踏会だったのですか?」

「ええ、そうです。まさか王子様にお会いすることができるなんて、思ってもいませんでした」

「では王子様は一目見て、エラ様をお選びになったのですね」


 どこか遠くを見るようにステラは続ける。エラはなんと答えたら良いかわからなくて、曖昧に笑った。

 エラとステラは年も近く、お互いに明るく快活な性格であった。要するに、気が合うのだ。短い会話の中でもお互いにそれを感じ取ったようで、二人の会話は敬語こそ使っているが、少しずつ、まるで友人のような遠慮の少ないものになっていった。エラとしても、賓客として対応されるよりも、こちらの方が随分と居心地が良かった。


「それで王子様とは、どこかに出かけられたりしたのですか?」

「え? ええ、そうですね。先日は貴族街にある広場に連れて行っていただきました。知らないことをたくさん知れて、本当に楽しかったですよ」

「まあ素敵! ああ、本当に素敵です! そんな夢みたいな美しいお話、憧れます!」


 ステラはほとんど叫ぶようにそう言うと、今度は声を潜めた。


「それで、告白はどちらから?」

「はい?」

「告白ですよ! こ、く、は、く!」

「こくっ……!?」

「そうですよ、お二人は恋人なのでしょう?」


 エラはあんぐりと口を開けて、黙り込んでしまった。しかしすぐに我に戻ると、小声でステラを叱咤した。


「な、なんてことを! 冗談でも王子様に失礼ですよ!」


 エラの反応に、ステラは大げさに驚いてみせた。


「え、違うのですか!?」

「違います!」


 キッパリと言い切るエラに、ステラはひどく残念そうに肩を落とす。


「えー……。期待していましたのにー」

「もう! 知りませんよ、そんなこと」


 ステラはなんてことを急に言いだすのだ。エラと王子では身分が違う。出会ってから日も浅い。王子と恋仲など。あるはずがないのだ。


「エラ様」

「もう。今度はなんですか」

「通り過ぎていますよ」


 少し笑いながら指摘されて、エラの頰が赤くなる。慌ててステラの後ろに移動すると、大きすぎる広間への扉を見上げた。いったい何を思って、こんな大きさの扉を作ったのだろう。ゆうにエラの身長の3倍はある。感動よりも呆れが先に立つ。


 ステラは、年相応にはしゃいでいた先ほどの人物とは別人のようにしゃんとして、扉の低い位置についた鉄製の輪形の取手をつかんだ。四回ほどノックをすると、静かに扉を押し開けた。


「エラ様をお連れいたしました」


 中は広間と呼ばれるだけあって、とても広かった。太陽の光を効率良く入れられるよう、緻密な計算がしてあるのだろう。そこは室内であるのに、とても明るかった。光源は太陽光だけではない。首を傾けなければ見えないほどの高さに、きらきらと瞬くガラスの塊があった。これがシャンデリアというものだろう。舞踏会でも見たはずだが、あのときは急いでいたためシャンデリアに注意するような余裕はなかった。


 広すぎる空間の中心には大きな長細いテーブルが鎮座し、その一番奥に高齢の男性が座っていた。エラはもちろん、この男性を見たことなどなかった。しかし何も言わずとも、言われずともわかった。この方が、国王陛下だ。


「ご苦労だった。下がりなさい」


 国王の声は優しげであったが、どこか逆らいがたいような厳しさを感じさせた。王子からはまだ感じない威厳が、国王から滲み出るように感じられる。エラは深く頭を下げた。


「エラ殿、よくぞいらした」


 国王の声は親しげで、温かみに満ちていた。

 エラは頭を下げたまま心からの感謝を述べた。


「そんなに固くならずとも良い。そなたは客人だぞ」


 この親にしてこの子あり。国王陛下にまでそう言われて、エラはやはり戸惑った。


「いいえ、国王陛下。私はただの国民。あなた様はこの国の国王陛下です。敬うことは、国民として当然のことです」


 頑ななエラの様子を見て、国王は感心したように「ほう」とつぶやき、真っ白で豊かな口ひげを撫でた。


「なんともまあ、礼儀正しい娘だ」

「僕が以前に、そう申し上げたではありませんか、父上」


 国王のすぐ隣に、国王と同じ慈愛に満ちた眼差しを持つ王子が座っていた。こうして並んでいるところを見ると、王子は父王によく似ていた。きっとあと何十年もして、経験とそれに伴った自信がつけば、彼も父王のような威厳に満ちた雰囲気を醸し出すのだろう。


 エラは王子にも挨拶をしようとして、しかしぐっと言葉に詰まってしまった。「恋人なのでしょう?」というステラの言葉が思い出されたからだ。

 突然押し黙ったエラの様子に、王子は不思議そうに首をかしげた。


「エラ? 具合でも悪いの?」

「い、いえ、とんでもございません! 王子様におかれましては、このような私を気にかけてくださって……、い、いえ! 助けていただいて、心から御礼申し上げます!」

「ど、どういたしまして……?」


 いつもより、ずっと早口になったエラの勢いに押されて、王子はこくこくと頷く。

 そのとき広間の空間に、再度ノックの音が響いた。

「ルイーゼ様、アルベルタ様、ドリス様をお連れいたしました」


 ステラよりも少し年かさの女性に連れられて、紫の簡素なドレスを完璧に着こなした母と、まだどこか夢見心地な姉二人が現れた。


「お招きいただき光栄ですわ、国王陛下」


 母が優雅に一礼する。しかし姉たちはそれに続かない。国王に見えない位置で母は顔をしかめると、ぺしんと姉のお尻を叩いた。


「こ、光栄ですわ」

 アルベルタが慌てて挨拶をして、ドリスがそれに合わせてぺこりとお辞儀をする。その様子は、お世辞にも優雅とは言えなかった。

 しかし国王は姉の無礼に気分を害した様子などなく、むしろ孫娘でも見るかのような優しい視線で姉たちを見た。


「どうぞ、お席へ座ってくだされ。

 ……では、全員揃ったようだ。食事にしよう」


 国王の合図で、どこに控えていたのか、一斉に召使いたちが現れエラたちの前に食器やパンを並べていく。普段食べているディナーよりも豪華だ。


 エラたちは豪華な食事を心から楽しんだ。しかしエラは、母たちが現れてからは口を開かなくなった。誰かに話しかけられた時など、必要な時以外はひらすらに食事を口に運んでいる。これは、長年かけてエラが学んだ知恵だった。ここで口を開けば、きっと母が良い顔はしないだろう。


 夢のように豪華な食事を終えると、エラたちは国王陛下の御前から失礼した。

 その後は各々に与えられた部屋に戻り、城の中を簡単に案内してもらった。城は広く、気をつけないと迷ってしまいそうだ。


 ステラはよほどエラを気に入ったのか、バスルームや図書室、娯楽室など、エラと関わりのありそうな部屋の他にも、使用人の待合室やステラの私室まで案内してくれた。


「ほら、狭いでしょう?」


 そう言って私室にエラを入れたのだが、エラの感覚としては、この部屋だって十分に広い。どちらかというと、自分に与えられた部屋よりもステラの部屋の方が、身の丈に合っていて落ち着くだろう。


「とってもかわいらしい部屋だわ」

 エラがそう言うと、ステラは他愛なく喜んだ。


 ステラによる城の案内は、驚くほど時間がかかった。なにしろ行く場所行く場所で、エラは誰かに呼び止められるのだ。舞踏会の夜に王子と踊った少女。どこに行ってもエラは噂の中心だった。

 結局、必要な施設を案内し終える頃には、一日が終わってしまっていた。


「ごめんなさい、疲れてしまいましたよね」


 申し訳なさそうにステラが謝る。しかしエラは笑顔で首を振った。


「あなたが謝ることじゃないわ。目立ってしまうのは、まあ、仕方のないことですもの」


 エラは先ほど案内された広すぎるバスルームで熱い湯を浴び、エラの家族だけがいる広間で夕食をとった。もし毎食、国王と同席することになったらどうしようと、少々心配していたので、エラは大いにほっとした。

 こうして城で過ごす初日は、慌ただしく終わりを迎えた。


二話目の投稿です。

このペースで毎回投稿できたらいいなあって思っています。


事件が起こらないと、物語が平坦になってしまいますね……。こういう場面を面白く書くのって、とても難しいです。日常系の物語を書いている方たち尊敬します。私もできるようになりたいなあ。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

感想等、お待ちしております!

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