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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第2章 攻守交代
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教会への招待

 王子とダグラス、それに魔女狩りに遭っていた娘は、森の中を静かに歩いていた。ねずみが王子たちを彼女の元に送り届けた理由は気になるが、肝心のねずみがいなくなってしまっては元も子もない。仕方なく当初の予定通りに、王子たちだけでユヴィナ港へと向かうことにした。


 そのためには、一刻も早くロビンたちと合流して娘を近隣の村まで送らなくてはならない。肝心の娘はというと、自分を救ってくれた一行の正体が王子だと知り、顔を赤らめながら無言でついてきている。


「ロビンたちはどうしたかな」

 沈黙に飽きた王子がポツリと言う。


「無用な心配でしょう。あの程度の相手に、遅れをとるような者たちではありませんよ」

「僕もそれは心配していない。問題は、彼らがどこで合流するつもりかということだ」


 もしも王子と同じように、港で合流すれば良いと考えているなら、娘を送り届ける役目は王子とダグラスでしなければならない。

 しかし王子は、エラを襲った犯人を自らの手で捕らえたいと考えていた。トーマスは、少なくともガラスの靴についてなんらかの知識があることだろう。


 王国の兵士たちも取り調べはするだろうが、王子は実際に役立たないことでも、魔女に関する知識であればなんでも知りたかった。これが自らのわがままであることは重々承知していたが、できることなら自分の耳で直接聞きたい。

 しかし王子の心配を、ダグラスはあっけなく否定した。


「それについても、心配はいりませんよ」

「なぜ?」


「殿下、お立場をお考えください。我々が最優先すべきは、御身の安全です。正直、トーマスの確保は二の次です。その件については専門の兵が調べに行っているのですからね。

 ロビンはまだ若いですが、それを履き違えるほど青くはありません。であれば、殿下がいるこの森から遠く離れることはあり得ません。殿下を置いて港へ向かうなど、もってのほかですよ」

「……なるほど」


 王子は渋い表情で頷いた。

 王子からしてみれば、この旅はトーマスを捕らえるための旅だ。しかし、ダグラスたちにとってはそうではなかったらしい。王子という特殊な立場の自分が、いかに甘やかされているのかを再度認識する。


「殿下、森を抜けます」


 ダグラスが注意を促した。ここから先、隠れながら行動するには、障害物が圧倒的に足りなくなる。

 教会は王子たちを探すために、山狩りばかりではなく、村の中も捜索しているようだ。数人の白装束が村の中をうろうろしている。見つからずに逃げ切るのは不可能だろう。


「ここから馬小屋まで走ります。ロビンたちは馬小屋の見える場所で待機しているでしょうから、気にせず馬に乗りましょう。

 もし娘さんが遅れるようでしたら、私が担いで走ります。ですから殿下は、後ろは気にしないように」

「わかった」

「す、すみません……。ご迷惑ばかりお掛けして」


 肩をすくめる娘に、王子はむしろ申し訳なく思った。国がもっときちんと取り締まれば、そもそも娘が魔女狩りに遭うことなどなかったのだ。王子を責めてもいい立場なのに、娘は感謝を口にする。

 こうした謙虚さは、エラのそれを思わせた。魔女とは謙虚な生き物なのだろうかと考えて、そういえばこの娘は魔女ではなかったのだと思い直す。


「いや、謝るのはこちらの方だよ。

 後で必ず兵をやるから、それまで待っててくれ」


 王子の言葉に、娘は瞳を潤ませて頷いた。


「よし。じゃあ、走るぞ!」


 王子は言葉と同時に草陰から飛び出した。背後から娘とダグラズが順に出てくるのが音でわかる。

 王子が駆け出すと同時に、周囲からぱらぱらと人が集まってきた。口々に何か叫びながら、干し草用のフォークを王子に向ける。誰が見ても素人だ。


 王子は腰の剣に手をのばした。人を斬るのには抵抗があったが、ただの素人であるなら、手加減してやるだけの余裕はあるだろう。


 王子の予想通り、王子を取り囲む白装束は、剣を見ただけで腰が引けてしまっている。白装束が王子の正面に回り込むが、適当に刃を這わせて軽く力を込めるだけで、あっけなく道が開く。尻餅をついた白装束は「ひい」と小さく叫ぶと、フォークを捨てて両手を挙げる。


(これはただの村人か。楽勝だな)


 そう思った次の瞬間、立ちふさがるもう一人の白装束の、服の裾がきらりと光った。それが見えたのは偶然だった。王子はほとんど反射で身をひねると、そのすぐ脇をレイピアが通り過ぎていった。すぐにレイピアは白装束の元にと戻っていき、二撃、三撃と鋭い刃が打ち込まれる。

 油断しきっていた王子は、なかなか態勢を立て直すことができず、打ち込まれる刃を逸らすので精一杯だった。金属が打ち合う、特徴的な音が鳴り響く。


 そのとき白装束の動きに合わせてフードがめくれ上がり、一瞬だけ目が見えた。相対する瞳には躊躇いも迷いもない。白装束は明らかに王子を害するつもりで剣を振るっている。

 それを見て、王子は覚悟を決めた。王子とて、伊達や粋狂で剣技を身につけたわけではないのだ。


 何度目か打ち合いの後、王子の目をえぐろうとするように、レイピアの先が伸びてきた。しかし王子はむしろ前方に踏み込んだ。下がろうとして重心を後ろにかけると、急な動きができなくなる。訓練のたびに聞かされた「下がるな!」というダグラスの鋭い声が、王子の脳裏に焼き付いている。


 レイピアの剣先が王子の髪を撫ぜ、柔らかな黒が一房、宙を舞った。王子はそのまま相手の懐に潜り込む。レイピアは突き刺す武器だ。剣とは異なり、斬ることには向いていない。つまり、超至近距離ではその威力を発揮することはできないのだ。


 王子は剣を翻すと柄の方を白装束に向けた。右手で押し出すようにして、剣の柄を白装束の鳩尾に当てる。柔らかな感触が剣を通して王子の手に伝わってくる。肉に硬い金属が潜り込んだのだと理解した。

 男は苦しそうにうめくと、レイピアを手放してその場で嘔吐した。王子はその男を蹴り上げて、完全に戦闘不能にする。


 王子は、今度こそ油断なく周囲を見渡す。


 簡単に勝てたことが、むしろ意外だった。王子は今、簡単な甲冑を着込んでいる。鳩尾のような目立つ弱点を保護するには、何か防具を着込むことが最も簡単で効果的な手段であるからだ。

 なのにこの男は、全くの無防備であった。剣の腕は、悪くない。傭兵崩れだと言われても信じられる。魔女という強力な存在を相手取っているというのに、狩られる側から何の報復もないと信じているかのようだ。


(いや……。事実、その通りなのかもしれない)


 彼らは、はじめから魔女を狩る気などなかったのだ。


 魔女狩りは本来、教会が行う神事であったはずだ。善悪はひとまず置いておくとしても、弱者を邪悪な魔の手から救うという、崇高な目的があったはずなのだ。

 だというのに、今や魔女狩りは強者が弱者から搾取する手段へと変貌してしまった。知識として理解していたはずの、この国の腐敗が、今になってようやく現実味を帯びてきた。

 王子は後ろを振り返った。手練れは一人ではあるまい。


「殿下、後ろは気にせずと申し上げたはずです」


 肩をすくめたダグラスが、呆れたように口を開いた。側には三人の男が地に伏している。娘はそのダグラスの後ろで、腰を抜かして地面に座り込んでいる。


 王子が一人倒す間に、ダグラスは娘を守りながら、三人の男を伸してしまったのだ。改めて感じる自分の未熟さに歯がゆさを感じながらも、王子は再び前を向いて、まっすぐに走り出した。






 それから王子の前に立ちふさがるのは、素人同然の白装束だけであった。王子たちは進む速度さえ緩めることなく、村を横切った。さして大きな村でもないから、娘以外は誰も息切れさえ起こさずに、村の入り口近くの馬小屋にたどり着いた。


「……やられたな」


 王子は馬小屋を見て、苦々しげにつぶやいた。

 つい先ほどまで何頭もの馬が眠っていた小屋は、もぬけの殻となっていた。もともと村にいた馬ばかりではなく、王子たちが王都から連れてきた駿馬たちも、どこかへ移動させられている。

 足元を見ると、大急ぎで移動させたのだろう、馬が不満げに地面を掻いた跡が残っている。その足跡は一直線に教会と思しき建物まで伸びている。


 村の小ささの割に、教会は異様なほど大きかった。馬全てを収容するくらいの大きさはあるだろう。その巨大さが、これまで村人から搾取した財の大きさを物語っているようだ。造りも随分としっかりしている。


「足跡を消そうとした痕跡さえありませんね」

「ついて来いってことだろう」


 あからさまな誘導だ。普通なら、相手の戦略には乗るべきではない。しかし馬を盗られている今、この挑発を無視するわけにはいかなかった。馬がいなければ、ユヴィナ港に着くまでに、いったいどれだけの時間がかかるかわからない。


 こうなると、村に配置されていた白装束が素人ばかりであったことも、戦略の一部ではないかと思えてくる。つまり、手練れはすべて教会に集結しているはずだ。王子はダグラスと顔を見合わせ、仕方がないというように首を振った。


 当初考えていたよりも、百倍面倒なことになった寄り道を思い、王子は小さく息を吐くのだった。


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