魔女狩り
ねずみは歩いては振り返り、振り返っては歩き、王子たちを村の奥のさらに奥まで案内した。徐々に木々が増え、どんどん視界が悪くなっていく。
どれくらい歩いた頃だろうか。前方に松明の明かりが見えた。
王子はネズミを拾い上げると、懐のポケットに放り込んだ。草の陰から気配を殺し、松明の明かりに目をこらす。そこで見たのは、村人全員が参加しているとしか思えないような、大人数の行列だった。
(こんな時間に、一体何をしている?)
不審なことはそれだけではない。その行列は全員が真っ白い外套を着込み、フードを目深にかぶって顔が見えないようにしていた。その中で数人、端に金の縁取りがしてある外套を着ている者がいる。
ねずみはその行列の中、唯一黒い薄布を着た少女を凝視している。娘は同じく黒い布で目隠しをされ、手首をロープで結ばれている。前を歩く、大きな籠を持った男が娘のロープを引いて誘導するが、娘は足元が見えないため、その足取りはひどく遅い。男はそれに苛ついたように悪態をついた。
「忌々しい魔女め。どうせ魔法で周りの様子は見えているのだろう。人間の振りなどやめろ。気分が悪い」
その一言で、王子はこの場で何が行われているのかを理解した。
(これは、魔女狩りか……!)
魔女狩りは、もうずっと前に父である国王が禁止したはずだ。
教会は財力を高めるために、成り上がった商人や没落した貴族を魔女に仕立て上げた。そこで没収した財宝は、神に捧げ清めるという名目で、教会の預かりになる。この実態を知って、その悪行を見逃す国王ではない。
しかし禁止されてからも、魔女狩りが各地で慣行されていることは、情報としては知っていた。しかし、それをこの目で見るのは初めてだ。
ねずみが王子のポケットの中で騒ぎ立てた。王子はねずみが勝手に出て行かないように、上から押さえつける。あの娘を救えというのだろうか。
魔女狩りで殺されるのは、運の悪いかわいそうな一般人であることがほとんどだ。本物の魔女が捕らえられることは極めて少ない。しかし、魔女の使いであるこのねずみが、ここまで騒いでいるのが気になった。
(もしや、あの娘も本物の魔女か?)
しかし王子にそれを確かめる術はない。王子は少し悩んだが、ようやく意を決した。魔女であるエラは、ねずみに従えと言った。ならば、それを信じてみようと思ったのだ。
王子は目配せで、娘を救うことを伝えた。部下たちは音一つ立てずに剣を構え、弓に矢をつがえた。
ロビンの弓がしなり、弦がピンと張った。しばらくそのまま止まると、風が吹いた瞬間を見計らい、びゅうと音を立てて矢が飛んで行った。矢は寸分違わず娘の手から伸びるロープをちぎり、支えを失った娘は後ろに倒れそうになる。
矢が飛び出すのに合わせて、王子とダグラスが草陰から躍り出た。突然のことに驚き戸惑う白装束たちを尻目に、王子が娘を抱えて走り出した。
遅ればせながらも、反逆者が出たことに気づいた白装束が、王子の前に立ちふさがる。しかし王子は一切その歩みを緩めることはなかった。娘を抱えて走る王子に、機敏な動きなどできるはずもなく、白装束は油断しきって王子に向かった。
しかし次の瞬間、白装束たちは皆一様に地に伏した。ダグラスの剣が閃き、当て身を喰らわせたのだ。
ダグラスの武勇を目にした白装束たちは、もはやまともに戦うことなどできない。王子やダグラスが一歩進むたびに一歩退く。
王子とダグラスはそんな白装束を押しのけ、娘を抱えたままその場を走り去った。何人か追おうとする者もいたが、その全てがロビンたちの弓によって阻止される。王子は獣道を突き進んだ。この程度の強行軍で根をあげるほど、王子は軟弱ではない。行列の後方から「逃がすな!」と怒鳴り声が聞こえたが、薄暗い山中であることも助けて、王子たちはまんまと娘を連れて逃げ果せた。
行列から逃れてしばらく、王子とダグラスはその痕跡を消しながら山道を歩き続けた。ロビンと二人の部下のことは気にしない。どうせすぐに追いついてくるだろう。
行列から十分な距離をとると、王子は立ち止まり、何が起きたのかわからずに戸惑う娘を下ろして目隠しをとった。
突然目に光が差し込んで、娘は小さく叫ぶと自らの手で目を隠した。眩しそうにそっと辺りを窺うと、怯えたように小さく震えた。
「あ、あの……。一体何が……?」
「君、魔女狩りに遭っていたね」
王子が平然とそう言うと、娘が身を縮めた。小さな声で「はい」とつぶやく。
「君は、魔女なの?」
王子の問いに、娘ははっと顔を上げて首を振った。
「違います! わたしも、どうしてこんなことになったのか……」
王子は自らの上着を脱ごうとして、慌ててダグラスに止められる。代わりにダグラスが、娘の寒そうな肩に上着をかける。
「くどいようだけど、本当に魔女じゃないんだね? 僕はむしろ、君が魔女だったら嬉しいんだけど」
「ま、魔女を探しているのですか?」
魔女に対して友好的な王子に驚く娘であったが、それでもやはり魔女ではないと首を振った。やや肩すかしな結果に、王子はダグラスを振り返る。
「違うらしい」
困ったように眉をひそめる王子。ねずみに従ったというのに、完全に無駄足になってしまった。
本来ならば、魔女狩りを取り締まり、娘の保護をするのは王子の仕事だ。しかし今、手元の戦力は少なく、それを補充している時間はない。魔女狩りに対応するという案は、現実的ではなかった。
この先どうしようかと思案する王子に、ダグラスが助言する。
「もう関わってしまったのですから、さすがにこのままというのは……。教会の連中は、きっと今頃血眼で我々を探していますよ。
せめて、この娘だけでも他の村で匿って、後で正式に調査したらいかがです?」
「それなら、お前の部下を貸してもらえないか。この娘はあの二人に任せよう。
彼らとは、港で直接合流すればいい」
何が起きているのかわからずに目を白黒させる娘は、しかし助かるかもしれないということだけは理解したらしい。期待に頰がほんのりと色づく。
「わたし、火あぶり……」
「魔女狩りは、二十年以上前に禁止された。お前が死ななければならぬ理由がない」
娘の方を見もせずに、ぶっきらぼうにダグラスが言い放つ。娘は両手で口を覆うと、ぽろぽろと涙をこぼした。王子は娘の背中を優しくさすった。
「安心していい。あとで必ず、教会の者たちは捕らえるから」
しかしそれを聞いて、娘は不安げに王子を見た。
「あの、あそこにいた人のほとんどは、教会の人たちに脅されているんです。その人たちも、罰せられてしまうのでしょうか」
「ある程度の処罰は覚悟してもらわなくてはならない。けど、脅されていたのなら、そうひどいことにはならないよ」
王子の言葉に、ようやく娘は笑顔を見せた。
「君、家族は?」
「いいえ、いません。
つい先月、事故で亡くなったばかりなんです」
「そう……」
娘には悪いが、それは僥倖だった。もしも娘に家族がいたならば、家族も共に逃さなくてはならなかったかもしれない。
しかし娘に家族がいないということからも、娘が魔女ではなく、教会の哀れな犠牲者である可能性が高くなった。特に魔女狩りが禁止されてからは、身寄りのない、つまり庇ってくれる者のいない小金持ちが、魔女に選ばれることが増えたからだ。
(じゃあなぜ、ねずみはこの娘を助けろといったのだろう)
ただの娘を、ねずみは助けようとするだろうか。それともこの娘には、他に意味があるのだろうか。
王子がねずみを入れたポケットの口を緩めると、ねずみが飛び出してきた。ねずみは怒ったように鳴き、王子の指に噛み付いた。
「いたっ」
王子は思わず指を振って、ねずみを放り投げた。しまったと思った時にはもう遅かった。ねずみは不満げに一声鳴くと、王子に背を向けて走り出した。
「あっ! おい!」
王子は慌てて手を伸ばす。しかしねずみは王子を振り返ることはない。この広い森の中、小さなねずみ一匹を探し出すことは、さすがのダグラスにも不可能だ。
「待てって! 頼むから!!」
必死にねずみに追いすがる王子を、娘が不思議そうな顔で見ている。
ようやく手に入れた小さな手がかりは、森の中へと吸い込まれるように消えていった。




