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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第1章 狙われた宝具
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建国祭

 時はあっという間に過ぎ去り、とうとう建国祭の日になった。エラとレオノーラの調べは一向に進まず、いたずらに時間ばかりを浪費した。落ち込むエラの頭を、リオルが小さな手で撫でる。


「仕方ないよ。もともと情報が少なすぎるんだ。

 ほら、今日はもう開き直って遊んでおいでよ。レオノーラとお祭りに行くんだろう?

 ……ここのところ、根を詰めすぎだよ。ときには気を緩めないと、まいっちゃうからね。頑張り屋なのは知っているけど、頑張りすぎちゃうのは、エラの悪い癖だよ」


 時刻はすでに夕方。じきに祭りの賑やかな音が聞こえてくるだろう。


「お土産に、チーズを頼んだよ、エラ」


 エラは頷いて、リオルに「いってきます」と告げた。






 エラとレオノーラは建国祭の会場にたどり着くと、すぐにカミラの露店に行った。それは祭り会場である商店街の入り口の方だったので、人波に流されることもなく辿り着いた。


 太陽はとうに沈みきり、あたりを照らすのは街灯とランタンの明かりだ。ランタンは露店の脇にぶら下がっていることが多く、店によって様々な色を用いて客を呼んでいる。無秩序に並べられた灯りは、幻想的と呼ぶにはやや不恰好ではあったが、その雑然とした雰囲気がむしろ好ましいと思った。


 カミラの店は、オレンジのランタンを用いていた。明るく可愛らしい雰囲気が強調されており、店の前には多くの女性客で賑わっている。

 客の多さに圧倒されて、店の前に立ちすくんでいると、売り子をしていたステラが二人に気がついた。


「あっ! レオノーラ、エラ様」


 ステラは手招きして、二人を露店の中に引っ張り込んだ。


「いらっしゃい! 来てくれて嬉しいわ」


 中にいたカミラがステラと店番を交代して、エラたちのところに来た。嬉しいことに商売は大繁盛しているようで、この寒い中でもカミラの頰は上気している。

 カミラは店頭からクッキーの袋を二つ拾い上げると、エラとレオノーラに一つずつ手渡した。慌ててお金を取り出そうとするエラを、手で制する。


「いらないわ」

「いいの?」

「もちろん。プレゼントよ」


 エラは丁寧に礼を言った。


「それにしても、すごい人入りね」


 感心したようにレオノーラが言った。露店にいる女性たちは、おしくらまんじゅうのような状態で、気を抜けば遠くに流されてしまいそうなほどだった。それを聞いて、カミラはにんまりと笑う。


「運の良いことにね、近くでお芝居をやっているみたいなの」

「芝居?」

「そう。なんでも隣国で有名なお話らしいんだけどね。うちでお菓子を買って、食べながら演劇を見るっていうお客様がいっぱいなの!

 二人もついでに見ていったらどう? 評判いいわよ」


 そのときエラの背後から、店員を呼ぶ声がかかった。カミラは「はーい」と返事をしてそちらに向き直る。再度エラたちに礼を述べると、店に戻っていった。

 エラとレオノーラは邪魔をしては申し訳ないと、そそくさと露店から出て行った。


「どうする?」

「私、お芝居見てみたい」

「じゃあ、飲み物とか適当に買って、見に行きましょうか」


 エラとレオノーラは、食べきれないほどのお菓子を買って、芝居の席に着いた。カミラのクッキー、叔母の飴細工はもちろん、フィナンシェにチョコレートにレモネード。叔母のところでは、箱詰めされた、お土産用の飴細工ももらった。リオルたちにチーズも買った。


 間も無く開演時間だ。実はエラは芝居を見るのは初めてで、さっきから心臓がドキドキとうるさく鳴っている。レオノーラの方をふと見ると、目が合った。お互いにふふっと笑いあうと、ちょうど芝居が始まるラッパの音が鳴り響いた。

 それは、よくある恋の物語であった。






『貴族の女性と彼女に仕える下男。身分の違いから結婚を反対された二人は、女性の父親に引き裂かれることになる。

 父親は下男を嫌うあまり、下男に無実の罪を着せ、処刑せよと命じてしまう。あろうことか、海蛇に食い殺されるという、残酷極まりない方法で。


 偶然に父の計画を知った女性は、下男を救うために魔女と取引をする。魔女は女性に、水の上を走ることができる靴を与えた。それを使って、女性は下男を海蛇の巣から救出する。

 しかし魔女の靴を借りた代償として、女性の魂は魔女にとらわれてしまう。下男は魔女を倒すことを決意する。


 勇気と知恵を振り絞り、魔女を倒すことに成功した下男は、国王から官位をいただき、貴族となった。そして救出した女性とともに、幸せに暮らした』







 ……よくある物語ではあったが、役者も舞台装置も、それは素晴らしいものだった。エラはぐんぐんと芝居の世界にのめり込み、食い入るように見つめていた。やがて芝居は終わり、幕が下りた。エラは手が真っ赤になるほどに拍手を続け、感動に目を輝かせた。


 この時のエラはあまりに芝居に夢中になっていた。そのため、この物語の鍵である靴について、思いを巡らせるだけの余裕はなかった。






 祭りをたっぷり堪能した後、エラとレオノーラはあまり遅くならないうちに城に戻ることにした。レオノーラは翌朝から仕事があるからだ。

 賑やかな祭りの会場のざわめきを離れると、静寂が耳に痛いほど刺さる。ふと後ろを振り返ると、祭り会場が異世界のように煌いて見えた。


 ようやく普段の街灯の暗さに慣れてきたころ、レオノーラは足を止める。さっきまでは小さな子供のようにはしゃいでいたのに急に真顔になった友を見て、エラは訝しげに眉をひそめた。


「レオノーラ?」

 不思議そうに首をかしげるエラ。


「ねえ、エラ。

 何か私に、話すことはない?」

「……え?」

「気付いてないとでも思ったの? エラったら、ここのところずっと、私の方を見てそわそわしてる」


 エラは目を丸くした。レオノーラに話したいことがあったのは事実だ。でも、それを態度に出しているつもりは毛頭なかった。レオノーラの洞察力には目を見張るものがある。

 束の間エラは迷った。この話は、今するべき内容だろうか。もしかしたら、もっと良いタイミングがあるかもしれない。


(違う。タイミングなんて、早い方がいいに決まってる)


 逃げているだけだ。見たくない現実から目を背けて、嫌なことを後回しにしようとしているだけ。エラは意を決してレオノーラを見た。まだ迷いは消えない。けれど視線だけはまっすぐに向けた。


「レオノーラ。あのね、相談したいことがあるの」

「なに?」


 エラは一つ、大きく息を吐いた。


「……実はね、盗まれたって言ったガラスの靴なんだけど。

 あれ、偽物なの」

「……え?」


 エラはうつむいて、ごくごく小さな声で続けた。


「王子様にもお伝えするべきか、ずいぶん悩んだわ。でも、黙っていた方が、きっと盗んだ人を騙しやすいと思ったの。それに、もし、私がまだ靴を持ってるとわかれば、あの時と同じことが起こるかもしれない……!」


 だから誰にも言わず、黙っていた。けれど、災いの元になった靴を持っているのが恐ろしくて仕方ない。エラはそう告げた。


「どこかに、いい隠し場所はないかしら。誰にも見つからない場所。そして万一見つかっても、誰にも迷惑がかからない場所」

「ずっとそれを悩んでいたの?」


 レオノーラの優しい声に、エラはこくんと頷いた。レオノーラはエラの背をさすり、軽く抱きしめた。


「大変だったわね。

 よく話してくれたわ。大丈夫。一緒に対策を考えましょう。二人で考えたら、きっといい隠し場所が見つかるわ」

「レオノーラ……。ありがとう」


 エラはレオノーラへの罪悪感に潰されそうになりながら、握りしめた拳に、きゅっと力を込めた。


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