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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第1章 狙われた宝具
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調べ物

 柔らかな日差しが部屋の中に差し込む。先日の騒動など嘘のような、のどかな日だ。人が亡くなるという惨事に遭遇し、エラは随分と精神をすり減らしていたが、泣くだけ泣いて、散々わめいて、少し落ち着いたようだ。


 もちろん、兵士を巻き込んだ罪悪感は消えない。それでも、エラは少しだけこの件にきちんと向き合うことができるようになった気がする。


「あの、エラ。

 本当に、本当に悪かったって思ってるよ……」


 ぐったりとした声が下の方から響いた。声の方を見ると、丸いテーブルの上でリオルがちょこんと正座している。本来四つ足で移動するねずみが懸命に正座の形を保てているのは、ひとえに努力の成果だろう。いささかいびつなシルエットではある。


 リオルはだらだらと冷や汗をかきながら、必死にエラの機嫌を取ろうと上目遣いに見ていた。しかし当のエラは、リオルの声など聞こえなかったように腕を組んで尊大にリオルを見下ろしている。


「だめ。許さない」


 エラは短く言い放った。


「なんで勝手にいなくなったの! どれだけ心配したと思っているの!

 私の前からいなくなって、みんなで何をしてたのかきちんと説明するまでは、ぜったい、ぜったい許さないんだからね!」


 エラが本気で怒って、そしてちょっと拗ねているのを感じ取ると、リオルは大きな耳をパタンと下げて観念したようにうなだれた。ねずみたちが一丸となって活躍したのに、エラはそのことを知らされてさえいなかったのだ。エラが拗ねるのも無理もないことだった。


「だから、その。

 探してたんだよ。この城の入り方を」

「入り方?」


「そう。どうしてもエラのところに行きたくて。でもエラも言ってただろう? 城は僕たちねずみにとっては、安全な場所じゃないんだ。だからゆっくり慎重に、どうすれば城に入れるのか探していたんだよ」

「それなら言ってくれたら手伝ったのに!」

「お、驚かせたかったんだよ」

「……それで、こんなに時間がかかったの?」


 不審そうなエラの問いに、リオルが何度も頷く。エラはちょっと気まずそうに黙って、リオルを手のひらに乗せた。リオルがエラを見上げる。尻尾がゆらゆら揺れた。


「……もういなくならないって、約束できる?」

「もちろんだよ、エラ。待たせてごめんね」


 エラは目を閉じてリオルに頰を寄せた。リオルがすり寄ってくるのを感じる。人間よりも暖かい、リオルの熱を肌に感じた。






 エラはあれから毎日、城の図書室に通っていた。調べているのはガラスの靴に関する記述だ。王子は、エラのガラスの靴が狙われていると言っていた。ということはつまり、このガラスの靴が多少なりとも知られているということだ。

 しかしどれほど調べても、なかなかガラスの靴の記述は見つからない。もっとも、どういった棚を調べれば良いのかわからないというのも、作業を遅らせている原因ではあるのだ。


 エラが司書に相談してみると「世界の靴」というタイトルの本を紹介された。少なからず期待して読んでみたのだが、世界各国の伝統の靴がイラスト付きで描かれているだけで、魔女の靴については一切触れられていなかった。残念ながら、全くと言っていいほどに収穫がない。


 そこでこの日、エラは城の図書室ではなく、街の図書館へと足を運んでいた。しかし朝から晩まで図書室に通い詰めて、もちろん図書館の司書にも話を聞いて、それでもやはり何も見つからない。

 とうとう何も見つからないまま閉館時間になって、エラは諦めて図書館を出た。さすがにまる一日、本とにらめっこを続けると疲れる。少し頭痛もした。こめかみを押さえて街を歩いていると、通りの向こうから懐かしい声が聞こえてきた。


「あら? あなた、もしかして……」


 そちらの方を見ると、少し太り気味の年かさの女性が、両手を振ってこちらに走ってきた。そして大きな体で押しつぶすようにエラを抱きしめる。


「ああ、やっぱり!」

「ローズ叔母様!」

「やあねえ、すっかり大きくなっちゃって。年取るわけだわぁ」

「叔母様も少し、たくましくなられたわ」


 エラはいたずらっぽく笑って「特にここら辺が」と自分の腹周りを示した。


「まあ、憎まれ口も相変わらずだこと!」


 ローズはエラの無礼に怒った様子もなく、呵々と笑っている。エラはこの叔母が大好きだった。大胆で大雑把で、だけど他の誰より暖かかった。


 ローズはルイーゼの姉で、今は少し離れた街で飴細工の職人として働いている。この時期に帰ってくるということはおそらく、今度の建国祭で出店するのだろう。

 ローズは人懐こい、可愛らしい顔立ちをしてはいるのだが、彼女の体型は、会うたびに少しずつ球体に近付いているのではないかと思えた。


 飴細工の職人であるローズにとって、砂糖はものすごく身近な存在だ。エラにとっての砂糖といえば一種類で、粉のような形状のものしか知らない。しかしローズによると、産地や種類によって砂糖は多くの種類に分類され、それぞれ味の特徴が違うらしい。形状も粉だけでなく、粒や液体と様々だそうだ。それらをぺろりと味見して、飴細工に使う砂糖の種類を決めるというのだから、そりゃあ太りもするのだろう。


 ローズは建国祭に向けての飴作りを思って、嬉しそうにはしゃいでいる。ローズの飴細工はとても繊細で透明度が高く、まるで本物の水晶のようだと評判だ。子供達はもちろん大人にも人気が高い。恋人への贈り物に選ぶ男性も多いと聞く。


「おばさん頑張っちゃうんだから! あ、エラも作って欲しい飴細工があるなら言ってね。特別サービスよ。最優先で作ってあげちゃうわ」


 茶目っ気たっぷりのローズは屈託無く笑った。ルイーゼの姉と聞いているが、どちらかというと妹のように見える。


「そうだわ、ルイーゼ達は元気? 仲良くやってる?」


 それを聞かれて、エラは一瞬固まった。いささか不自然な笑い顔をローズに向ける。ローズは父が亡くなった葬式で会ったきり、しばらく会っていない。だからルイーゼの豹変ぶりを知らないのだ。エラはローズのことが好きだったから、なおさら今の家族の暗い部分は見せたくなかった。

 ローズはわけ知り顔でにやりとすると、エラの頭をポンポンと撫でた。


「ははあ、その顔は反抗期ね? いいのいいの、子供には必要なプロセスなんだから。でもちゃんと仲直りしなきゃダメよ?」

「そうね。……そうしたいわ」

「そうそう、あとでお城まで行くわ。ふふっ。柄にもなく緊張しちゃう。

 ルイーゼやお姉ちゃんたちにも伝えておいてちょうだい」


 エラ達が今お城でやっかいになっていることはすでに知っているらしい。ローズはそう言うと「あとでね」と手を振って人垣の向こうに去っていった。






 それからエラはたっぷり二週間もの時間を消費して、文献という文献を漁った。しかしいっこうに情報は出てこない。リオルはリオルで、ねずみたちの情報網を駆使して情報を手に入れようとしてくれているが、そちらの成果も芳しくない。今日もリオルは街中のねずみたちに聞いて回っているはずだ。


 あまりにも情報が出てこなさすぎて、ガラスの靴が狙われているというのは、王子の勘違いだったのではないかと疑いたくなる。しかし実際に、エラの荷物からはガラスの靴だけが抜き取られていた。狙いはガラスの靴で間違いないはずなのに。


 エラは少々疲れ切った脳を休めるため、カミラの試作品であるクッキーをかじって、レオノーラの紅茶を飲んでいた。カミラはもう間近に迫った建国祭の準備のため、エラがいるメイドの休憩室に顔を見せることなくおかし作りに勤しんでいる。

 エラの正面ではレオノーラが珍しくも、ぐったりとだらけながら紅茶を楽しんでいた。建国祭が近いこの時期は休暇を取る人間が多くて、侍女としての仕事は目が回るほどの忙しさになる。レオノーラも疲れ切っていたのだ。


「で、エラは最近、何をそんなに必死になって調べているの?」

「ガラスの靴」

「ガラスの靴ぅ?」


 鸚鵡返しに聞き返してくるレオノーラに、エラは目をつむったまま頷いた。


「そう。何か知らない? 伝説とか伝承とかでもいいから」

「そんなこと聞かれてもね……。

 だいたい何で、そんなこと調べてるのよ」

「盗られたのー」


 ぐったりとしながら、ついうっかりといった様子でエラは口を滑らせた。気づいた時にはもう遅い。口から出た言葉は二度と戻ってはこない。レオノーラはさっきまでの疲れがどこかへ吹っ飛んだかのように、元気よく立ち上がった。


「盗られた? なにそれ、穏やかじゃないわね」


 興味を示したレオノーラを止めることは、エラにはできなかった。渋々エラは事情を説明する。万一のことを考えれば誰にも伝えるべきではなかったのだが、危険だからと言ってもレオノーラは聞く耳を持たなかったのだ。


「そうだったの……。あの騒ぎのとき、そんなことが」


 レオノーラはぶつぶつとつぶやきながら、なにやら考え込んでいる。やがて顔を上げるとエラの手をがしっと掴んだ。


「手伝うわ」

「えっ」

「空き時間しか使えないから、あまり役に立てないかもしれないけれどね。役に立たせてちょうだい」

「いやでも」

「手伝うわ」


 さっきまでの疲れはどこに行ったのか。レオノーラはエラの手を握って離さない。エラは諦めたように、しかし少し嬉しそうに、レオノーラの申し出を受けることにした。


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