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シンデレラ戦記  作者: 佐倉 杏
第1章 狙われた宝具
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お茶会

 ねずみたちがいなくなってから、もう三週間ほどが経過した。アカヒメノの騒動も去り、城内は以前の落ち着きを取り戻した。


 エラはねずみたちがいなくなったばかりの頃、みっともないほどに取り乱して、食事もろくに食べられなかったのだが、最近になって、ようやく元通りの生活を送れるようになった。時折エラの視線が足元や壁の小さな隙間、天井の梁に向くけれど、今では、ねずみと話せたことが、夢だったのではないかと思えるくらいだ。


(もう、会えないのかもしれない)


 もともと、人間とねずみだ。相容れない存在だったのだ。そう強く念じて、気持ちを紛らわせなくては、やっていられなかった。

 エラは大きく首を振って、暗い気持ちを追い出そうとした。今日は笑顔でいなくてはいけない。


 ずっと落ち込んでいたエラを元気付けようと、ステラがお茶会を開こうと言ってくれたのだ。ステラ、カミラ、レオノーラの三人が揃って同じ日に休みをもらうのは、きっとエラが考えているより難しかっただろう。エラには三人の気持ちが本当にありがたかった。


 今日のお茶会では、ステラとカミラがお菓子を、レオノーラが紅茶を、エラが部屋を提供する。友人が自分の部屋に遊びに来る、という状況はエラにとって初めてで、とても緊張した。でも同時に嬉しくて、少しでも快適な空間にしようと、張り切って掃除をしていたのだ。

 しかし、もともとエラの所持品は多くない。高級でセンスの良い調度品は備え付けのものだし、普段から掃除は行き届いているこの部屋で、エラがすべきことなどほとんどなかった。結局エラは、ぼーっと手だけ動かして、同じところを磨き続けるだけだった。


 どのくらいそうしていたのか、ドアがノックされる音でエラは我に返った。ドアに向かって「はい、すぐ開けます!」と叫ぶと、慌てて雑巾をベランダに干した。ドアのすぐ隣のドレッサーで髪型が崩れていないことを確認して、笑顔を作った。


 エラがドアを開けると、そこには侍女の三人が揃っていた。ステラはケーキを持ってきた。チョコレートケーキだろうか、真っ黒で半球状をしている。表面には光沢があり、金箔がキラキラと光った。


 ステラの後ろにはカミラとレオノーラがいた。カミラの手には木材を編んで作った可愛らしいカゴがあり、美味しそうなクッキーが山と積まれていた。カミラの手作りだろうか、マーブル模様が少しだけ歪だ。レオノーラは紅茶の茶器セットを持っている。何種類もの茶葉が透明な瓶に仕分けされている。中には茶葉でなく、花が入っているものもあった。


「エラ様、お邪魔します」


 ステラが三人を代表してエラにそう言った。エラは笑顔で三人を迎えたあと、ドアを閉めようとし、ふと思いついてドアの外に声をかけた。


「あの、よければ一緒に紅茶でも飲みませんか?」


 声をかけられた二人の兵は、ちょっと驚いた様子で黙ったあと、嬉しそうに、しかし丁寧に断った。


「お心遣いありがとうございます。でも、我々は仕事がありますので、持ち場を離れるわけには参りません」

「あら、それならば、持ち場を離れなければいいのでしょう?」


 エラの後ろからカミラがひょっこりと顔を出した。廊下にあった、花瓶の置いてある台の上に敷くと、自分のカゴからクッキーを数枚取り出した。


「これならクッキーも食べられますし、持ち場も離れていません。

 私が一生懸命に作ったクッキーなの。どうか感想を聞かせてくださいね」

「いえ、しかし……」

「まあ、まあ、いいじゃないか」


 年若い兵士の声を遮ったのは、もう一人の壮年の兵士だった。


「堅いことを言うな。クッキーを貰ったからって、俺たちの仕事ぶりに影響があるわけじゃないだろう? それとも、ここに毒でも仕込まれていないか心配しているのか? ん?」


 若い兵士は慌てて否定した。その様子を見て、壮年の兵士は大げさに声を立てて笑う。


「あっはっは! そう簡単に心を乱すな。だからお前は未熟なのだ。

 安心しろ。こんな昼間に毒を盛るような奴はいないさ。

 ……おっと、お嬢さん方には失礼な物言いだったかな」

「ええ、ひどく悲しい気分になりました。だからどうぞ、毒など入っていないことをご自分で確かめてみて?」


 カミラは大げさに、涙の流れていない目頭をハンカチで拭った。そしてとびきりの笑顔を向けると、再度クッキーの入った籠をさし出す。

 若い兵士はそれでも戸惑っていた様子だが、壮年の兵士が喜んで受け取ると、おずおずと彼もそれに習った。


「ありがとうございます」


 はにかんだ様子の兵士にお礼を言われ、エラとカミラが顔を合わせてにっこりと笑い、部屋に引っ込んでいく。

 部屋に入ると、すでにお茶の準備が進められていた。


 ステラは四つ分のケーキを並べると、エラの部屋に飾ってあった一輪挿しをテーブルへと運んできた。丸いテーブルの中央に一輪挿しが置かれると、部屋がひときわ華やかに見えた。


「エラ、どの紅茶がいい? このケーキなら、この茶葉がおすすめなのだけれど」

「レオノーラに任せるわ。とびきり美味しいのを入れてちょうだい」


 エラは、紅茶は好きだが、それほど詳しいわけではない。こだわりなど当然なかったし、そもそも見ただけでは、どれがなんという名の茶葉なのかもわからなかった。どれも同じに見える。

 レオノーラは数ある茶葉の中から、最も色の暗いものを選んで、ポットに入れた。そこに花びらを数枚足す。その手際は実に鮮やかで淀みない。


「レオノーラはどうしてそんなに紅茶に詳しいの?」

「どうしてと聞かれても……。そうね、お母様が紅茶が好きだったからかしら」


 レオノーラは淹れた紅茶をみんなの前に並べた。とても良い香りがする。少し苦くて、さっぱりとした風味だ。


「レオノーラは、お母様が紅茶を育ててらしたのですって!

 ええと、なんの種類といったかしら」


 首をかしげるカミラに、レオノーラが答える。


「カティっていうの」


 今飲んでいるのもカティなのよ、と教えてくれた。

 カティは紅茶の中でも最もよく飲まれるものの一つで、エラもその名は知っていた。しかしどうにも、エラの知っているカティとは味が違う。数枚入れた花びらのせいだろうか。


「カティなら私もよく飲むけれど、レオノーラが淹れると、なんだか味が違うように感じるわ。いつものより美味しい。よっぽど上手なのね」

「レオノーラは何でもできるんですよ。頭もいいし、ダンスも上手です」


 ステラの言葉に、レオノーラは首を横に振った。


「そんなことないわ。侍女のお仕事はステラが一番だし、お菓子やお料理ではカミラに敵わないもの」

「あら、嬉しい」

 カミラは素直に喜んだ。


「私、いつか自分のお店を持ちたいなと思っているの。ここでお金を稼いで、練習して、お菓子屋さんになるのが私の夢」

「だからカミラは、今度の建国祭で出店を出すのよ」


 建国祭はこの国でも最大の祭りで、王都全体が祭り会場となる。街は夜になっても明るいままで、この日だけは子供達も夜更かしを許される特別な日だ。その人気は王都のみに収まらず、幼い子供から老人まで、王都の人口の五倍もの人数がこの街に押し寄せる。エラも毎年楽しみにしている。気づけば建国祭の日程は、もうすぐそこまで迫っていた。


「まあ、素敵」

 エラは心からそう思った。


「そんな、たいしたものじゃないわよ。

 それより、私はエラの話が聞きたいわ」

「私の話?」


 エラはきょとんと聞き返す。

 クッキーをかじりながら、ステラが大きく手を挙げた。


「私も聞きたいです! エラの舞踏会のお話!」


 ステラは本当にこの手の話が好きだ。以前に一度話したことがあるだろうに。

 エラは少し困ったように笑ったが、目を輝かせた侍女たちは、そんなことでは誤魔化せない。エラはやがて諦めたように話し出した。


 継母にいじめられていたことや、魔法使いのおばあさんの話は避けて、用事があって舞踏会に遅れたことにした。途中から入ったことで目立ってしまったのか、幸運にも王子の目に止まったこと。そしてダンスを踊り、王子と友人になれたこと。


「ドレスはどこのものなの?」

「王子様がエラを探すとき、ガラスの靴が決め手になったのでしょう?」

「ダンスはどこで習ったの?」


 ステラ、レオノーラ、カミラが順に質問してくる。一つに答えているうちに、

質問が二つ三つと増えていく気がする。


「やっぱり私達なんかより、エラのほうがよっぽどすごいわ」

「よっぽど美しかったのでしょうね。エラ様のダンス、見てみたかったわ」

「ねえエラ、もしかして今、舞踏会のときの服は持っている?」


 レオノーラの問いに、侍女の三人は黄色い悲鳴をあげた。

 是非見せてくれとせがまれて、エラはしまいっぱなしだったドレスと靴を取り出した。


 泥棒がエラの部屋に忍び込んだことがあったせいで、王子に用心するようにと何度も言われて、かなり奥の方にしまっていたのだ。三人はエラに、ドレスを着てみてくれと大騒ぎした。

 仕方なくカーテンを引き、ドレスに着替えることにした。といっても、普段着用にアレンジ済みだったので、コルセットなどは必要ない。ドレスよりも、よっぽど簡単に着られた。


「まあかわいい! けれど、このドレスは、随分と丈が短いのね?」


 不思議そうに膝の高さのドレスを見つめるステラ。


「というより、これは、ドレス?」


 カミラの問いに、エラは笑いながら否定した。普段着用に縫い直したことを伝えると、彼女らはまた目を丸くした。


「これ、自分で縫ったの?」


 エラは得意げに胸を張った。縫い物は得意なのだ。

 それからエラたちは、しばらくの間ドレスを着て、舞踏会の真似事をして遊んだ。四人がそれに飽きてくると、エラは着替え直し、チョコレートケーキを食べた。なんでもこれは、王家御用達の高級ケーキらしい。ステラは実は貴族の娘で、社会勉強の一環として侍女をしているのだ。「お父様にお願いして、ケーキを買っていただいたの」と、なんでもないことのように話していた。


 おしゃべりをしていると、時間はあっという間に過ぎていった。夕飯もそのまま四人でとり、気付けばもう夜になっていた。三人は登っていく月を恨めしげに見ながら、話し足りなさそうに帰っていった。


「今日はありがとう。楽しかったわ」


 エラは手を振って、三人と別れた。三人がいなくなった部屋はがらんとしていて、今朝よりも広く、もの寂しく感じられた。


(今ここに、ねずみたちがいてくれたら……)


 ぼんやりとそんなことを考えて、あわてて自分を叱咤した。ねずみたちがいないのはもちろん寂しいが、今は新しい友達の優しさを、しっかりと抱いているべきだ。


 自分のあまりの身勝手さを、エラは皮肉に思った。ないものばかりねだってしまう。これではステラたちの優しさが報われないではないか。


 エラは早々に支度を終えると、早い時間にベッドに入った。部屋の片付けは翌日に回す。せめて今日くらいは楽しいお茶会の名残を消し去りたくなかった。

 しばらくすると、エラのベッドから規則正しい寝息が聞こえてきた。


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