第5話 失態
「そろそろ休憩しないか?」
部屋の片づけがちょうど半分ほど済んだところでクロードの方からそう持ちかけてきた。
最初は「出身はどこ」だとか「好きな食べ物は」など他愛もない会話をしていたのだが、途中から急に彼の方が何もしゃべらなくなったので少し不安に思っていた。
だから休憩を挟んでくれてイルーシャは内心ほっとした。
「そこのテーブルにカップとポットがある。ちょうどいいから茶を淹れてくれよ」
クロードはふうと大きく息を吐いてソファーに腰を預ける。
「私でよろしいのですか?」
「もちろん」
ついにこの時が来たのね……。
女官として働く上で絶対に避けられない道、それは目上の人に対するお茶淹れ。一見誰にもできそうな行為に見えて、角度、礼、持ち方など細かいルールが存在する。
特に王家の重鎮を相手にするわけだから「あ、こぼしちゃいました」なんていう冗談は通用しない。
大丈夫。私ならできるわ。
一度深呼吸してから、イルーシャは油の切れた機械のような動きをしてテーブルに向かう。
「随分緊張していると見える。ヘマしてそこらの書類にぶっかけなければいいが」
少し心配そうに彼女の後ろ姿を見つめるクロード。
しかし彼の冗談染みた杞憂は冗談を通り越して最悪の事態を引き起こす。
(これを持って行けばいいのね)
左手にカップとって、もう片方の手でポットを持とうと持ち手に指をかけたときだった。
「きゃっ!」
誤って指先が蓋に触れ、あまりの熱さにびっくりしたイルーシャはポットを途中で手放してしまい、あろうことかテーブルの上に盛大にぶちまけてしまった。
さらにカップを持っていた左手が弱り目に祟り目。
あわててどうにかしようとした反動でカップを床に落としてしまい、机は紅茶でビチャビチャになるし、床には割れたティーカップの破片が散乱。
これにはソファーから様子を見ていたクロードも唖然。
「あ、ああ、あの……これ……」
拭こうとしても拭く紙がなく、かといって近くの散らばっている書類で代用することはできないし……。
どうしようもなくただ右往左往するイルーシャ。
クロードもしばらくは状況を読み込めずに丸い目をしていたが、やがて現実を受け入れると、何も言わずに机の近くにあった台拭きで床と机を拭きはじめた。
「え、あの、その、私どうすれば……」
だが彼は何も言わないし、何かをしてくれと頼む素振りも見せない。
ただただ近くの台拭きや布をかき集めてポットからこぼれた茶を拭くことに徹するだけ。
(大変だわ……王子殿下を怒らせてしまった……)
いっそのこと、叩いても殴ってもいいから思いっきり怒って欲しかった。
それで彼の気が済むなら人前で辱めをうけてもいい。そう思っていたのに、彼は何もしゃべらないし、下を向いて作業しているので顔色すらうかがえない。
イルーシャは無言を貫かれることが大のニガテだった。
悪い事をしても怒られず、黙って無視されることの方が怖くて仕方ない。
しまいには目元が熱くなってきた気がして、熱を帯びる目下を指でなぞると大粒の涙がついていた。