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第4話 初仕事


 王子付きの女官として入ったばかりのイルーシャが連れて行かれたのは、王宮殿の東端にある小さな個室だった。

クリーム色のカーテンで日光を閉ざしたその内部は廊下と比べると少し薄暗くて、入った途端にインクの独特のニオイがした。

奥にはやや小さめの執務机が見え、手前には長方形のガラステーブルを挟んで対に置かれたソファーがある。

いわゆる執務室というやつだ。


ふと足元に視線を落とすと、随分と整理がされていないのか「親の仇!」と言わんばかりに書類が散らばっているのに気づいた。


「ちょっと散らかってるけど」


そう言って王子は入り口付近に散らばる書類を一枚一枚拾っては、足の踏み場を作っていく。


「あのっ、私エレナ・ロックフォードといいます!よろしくお願いします」


イルーシャは入り口に立ったまま硬い礼をする。

なにせ相手は一国の王子だ。馴れ馴れしい素振りは絶対にしてはいけない。


「緊張しなくていい。顔をあげてくれ」


低頭してすぐに王子から優しい声がかかった。おそるおそる顔をあげると、自分の顔前に彼の胸板があるのに気づいた。


「君のことはダルクから聞いているよ。もう分かっているとは思うが、俺はこの国の王子でクロードという。よろしく」


ふんわりとした笑顔が降りてくる。

正直かなり緊張していたけれど、その優しげな声に癒されて幾何(いくばく)か体の強張りもおさまる。

案外いい人なのかも……。


自然にイルーシャの口端が上がったのを見て、クロードはさっそく話を振ってきた。


「この城には慣れた?」

「い、いえまだ」


入ってまだ1時間も経っていない。

敷地の端から端まで行くのに1時間以上かかりそうな広大な敷地に慣れろという方が難しい。


「じゃあ君が女官に慣れるための簡単な準備体操でもしようか」

「準備体操ですか?」

「そう。俺と一緒にこの部屋の片づけを手伝ってほしい。実は人手不足なもんで」


そうは言われても、あまりの散らかりようでどこから手をつけていいのか分からないし、相手は王子。

機密情報を扱う書類もあるかもしれないのに、これほどあっさり外部の人間に見せてもいいのかという疑問が彼女の中であがる。


「でも私、研修もしていないのにいきなり王子殿下のお部屋で――」

「別にいいよ。何かあっても責任は俺が持つし」

「いえ……」


入っていきなり王子の前で仕事をしろだなんて、万が一期待に沿える働きができないとみられれば用済みにされるに決まっている。

まあ家に帰れるという意味ではそれでいいのかもしれないけれど、肝心のエレナの評判がガタ落ちになってしまう。


躊躇いがちに視線を落としたときだった。

急にクロードがぐっと一歩踏み込んできて、イルーシャは文字通り「あっ」という間に抱きかかえられてしまった。



「君は王子のご命令がきけない?」



キスしそうなほどすぐそこに悪戯っぽい笑みがあって、イルーシャは思わず顔を逸らしてしまう。


「そ、そんなことないです。おっしゃることはなんでもききます!」

「本当に?」

「本当です殿下!」


恥ずかしさと緊張で半ば震えながら返すと、クロードは意外にもあっさり解放してくれた。

特に「なんでもききます」のあたりから彼の腕の力が弱まった気がする。


「じゃあお願いしよう。そこにある紙類とソファーの冊子は全て上の入れ物にいれてくれ」


俺は机を片付けるから、とクロード。

結局言質をとられ、抵抗できなくなったイルーシャは彼の指示に従って足元の書類から手をつけ始める。

長年使用人として働いてきた彼女からすると片付けなんてお手の物。でも王族の扱う書類ともなれば文面の内容も気になって仕方ない。


これは一体なんの書類だろう、とじっくり読んでは次の紙をじっくり読むイルーシャをみて、さすがの王子も「お手の遅い女官だな」と嫌味っぽく言うのである。

でもそれがまた可愛い、とでも言いたげな彼は妙にニコやかで、イルーシャは耐えられず背を向けて片づけをする羽目になった。






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