第28話 君だけが好き
「やめてください殿下!」
「無理な相談だ」
「放してください!叫びますよ!」
だがクロードは彼女の威嚇など諸共せず、ただじっと華奢な肢体を抱きしめたまま動かない。
抱かれているせいで彼の顔は直接うかがうことはできないけれど、力加減、沈黙から察する表情などから、冗談ではないことが分かる。
「イルーシャが俺の妃になると言ってくれるまで放すつもりはない」
「だから無理ですと何度も――」
「じゃあ一生このままだ」
そこで初めて彼が顔をあげてイルーシャの双眸を見つめた。
いつもは何を言っても何をするにも冗談染みた笑みを浮かべているくせに、今は少し強張ったというか、唇を真一文字に結んで真剣な顔をしている。
(どうしてこの人はこんなにも……)
ずるい人。
そんなことを言われたら何も返せないというのに。
「イルーシャには本当にすまないと思っている。君のことだけが好きということを証明するはずが、逆に悲しい目に遭わせてしまった。いまさら言い訳するなんて自分でも情けないとは思う。でも俺が本当に愛しているのはイルーシャだけだ。これはウソじゃない」
クロードは彼女の体を抱く腕の力をさらに強める。考えて言ったというよりは、必死になる中で言葉を紡ぎ合わせたという方が妥当で、声は少し震えていた。
(信じても良いのかしら――)
イルーシャはあえて何も答えなかった。
というのも、怒っているからではない。
傍から見れば卑しい身分の彼女が王家の名を語ることになるというのは、相当な覚悟と勇気の要る決断だったからだ。
身分差を超えての恋愛が昔から御法度とされてきたこの国で、王族とあろう者が下女と結ばれるなんて許されることではない。
それに願いが叶ったとして、幸せに暮らせるとも限らない。そう思えば易々と請け負うことなどできるはずがない。
でも、
「君だけを愛してる」
耳元で囁かれたその言葉にドキッとした。
こんな状態だからだろうか。いつもより何倍もその言葉は魅力的に――嬉しくさえ感じられる。
そっと大きな手の平で後ろ髪を撫でられると不安が払拭されていく気がする。どうしてだろう。
(彼は本当に私のことを愛してくれるの……?)
愛する、大切にするだなんていう言葉を口にするのは容易い。
お互いの関係は、正妃を持っていない王子とその下で働く一介の女官。しかもエレナの替え玉。
それでも、もし彼と一緒にいたいという気持ちがあるなら、彼と結ばれたいという気持ちがあるなら、その言葉を信じるほかにない。
「……私は見ての通り卑しい身分ですけれど、私を妃にして何を言われてもいい覚悟はあります?」
「何を言われようが王位を放棄することになろうが、ずっと君を大切にする」
約束する、とも。
その目が真剣そのものだったので、試しにイルーシャが右手の小指を差し出すと、彼も微笑んで右手の小指をだし、お互いに結び合った。
指先を絡め合い、お互いに離れないように。
「じゃあその言葉を信じてもいいですか?」
「もちろん。君を必ず幸せにしてみせる」
――もう二人にそれ以上の言葉は要らなかった。
目が合うと静かに唇を重ね合い、お互いの熱に――気持ちに嘘偽りがないか確認し合う。
ようやく一人の人として愛し合えるだけの“本当の関係”に慣れた気がする。
短いようで、長かった。
ずっとこのときを待っていたような気がする。
(承諾したら放してくれるって言ってたのに……)
イルーシャが妃になることを了承したというのに、クロードはむしろ強く彼女を抱き締めたまま放そうとしない。
キスを終えてもずっとこのまま。離れてしまいそうになっても離れないよう、力強い腕で抱きしめてくれる。
今の彼女には、彼がついたそのウソが少しだけ嬉しく思える気がした。




