第2話 入宮Ⅱ
やがて宮殿の入り口に到着すると、イルーシャのもとに槍を持った厳つい風貌の近衛兵がやってくるのが見えた。
短めの髪は茶に近い黒色をしていて、兵士にしては少し細身で整った鼻梁をしている。
その後ろで槍を持って立つ屈強な近衛兵と比べると男はどこか優しげで、美顔に浮かぶかすかな笑顔にイルーシャはドキッとした。
「君が新しく王宮勤めをすることになった女官か?」
「あ、はい!」
石段の一段上からそう問いかける近衛兵の男に、イルーシャは緊張しながらなんとか返事をする。
「僕はダルク。王宮の決まりで君を案内することになっている」
さあおいで、とダルクは槍を持つ手とは反対の手をイルーシャに差し伸べる。その笑顔があまりに魅惑的でつい手を取りそうになったが、女官長が後ろで眉をひそめているのに気づいてそっと手を引っ込めた。
――☆――☆――☆――
宮殿の内部はびっくりするくらい美しかった。
さすがは絶対王政を極める王国の権威というか、王国の名にかけて国中から集めた建築・装飾技術の粋が建物に表現されている。
アーチ形の天井の壁画は古代ルシャトリアの神話を描いていて、柱の一つにしても王家の権威と歴史がうかがえる彫刻が施されている。
(やっぱり王族の暮らしは違うのね)
20年以上生きてきたが、こんな豪華絢爛な建物は見たことがない。
宮殿の奥に向かって伸びる赤い大廊下には、イルーシャの丈の何倍もあるシャンデリアが吊るされ、金色に輝く鷹の像が一定間隔で並べられている。
像はすべてが首を垂れる格好で象られていて、王室に対する敬意を示しているのだと言われイルーシャは半ば感心した。
「ここには何体の像があるんですか?」
ダルクの斜め後ろについて歩く彼女が問いかけると、早足だった彼は歩調を少し緩めて微笑を向けた。
「ざっと80体かな。別の館にはもっとあるよ」
「へえ。やっぱり王室ってお金持ちなんですね」
つい本音が出てしまい、イルーシャは言った瞬間にやってしまったと後悔した。
一国の王室ともなれば金を持っているのは当然だろうに、それをあえて言うなんて皮肉と思われたら大変だわ。
あわてて自己弁護しようとするもダルクの方がほんの少し早かった。
「これは昔の国王が彫金師に造らせたものさ。今同じものを造ろうとすれば議会から猛反対されそうだけどね」
なにぶん戦争で予算が少ないんだ、とも。彼の方が終始にこやかだったこともあって、これ以上なにか言ってまた失言するといけないと思い、イルーシャは口を閉ざしてしまった。
すると今度は急に静かになった彼女にダルクの方から声がかかる。
「そういえば君の名を聞いていなかったね」
「あ、私イル――あ、いえエレナです。エレナ・ロックフォード」
本名を言いそうになって咄嗟に笑顔を向けると、ダルクはそれを聞いて神妙な面持ちになった。
「じゃあ君がウワサの“100年に一人の美女”なのかい?」
「え、それは……」
違いますとは口が裂けても言えない。かといって肯定の返事をすると絶対に厚かましい奴だと思われる。
しかも彼の投げかけた問いは色んな捉え方ができて、考え方によっては「えっ、100年に一人の美女と聞いていたのにこの程度なのか?」という、いささか鼻に付く言い方にも聞こえる。
さてさて、どう答えるのがベストか。
思案していると、こちらを興味深げに覗き込んでくる彼と視線が一致した。
「お人形のように可愛らしい人と聞いていたけれど、君はどちらかというと“姫”だね」
それはどういう意味?
そう問おうとした矢先、ダルクが先に答えを述べてくれた。
「子供のような童顔かと思っていたら、実際は大人びて美しいという意味だよ」
「えっ?」
不意に向けられた微笑にどきりとする。
彼がこちらを見て笑む理由を考えているうちにだんだん自分の正体がバレているような気がしてきて、イルーシャは気を紛らわそうとどぎまぎしながら鷹の像を指差す。
「あのっ、そういえば鷹の像がいっぱいありますけど王族の方は狩りをよくされるんですか?」
ルシャトリア王国では古くから狩りに鷹が使われてきた歴史があり、王国の国鳥に指定されるほど今でも盛んに行われている。
特に狩りは王族が行うものとされ、王家に生まれた男は成人するまでに政治、馬術、そして狩りをマスターさせられるとも聞く。
「ああ、王家の方々は昔からよくされているようだね。クロード王子殿下を除いては」
「クロード王子殿下はなさらないのですか?」
クロード王子というとルシャトリア王国の第一王子だ。王位継承順位も1位で、国王がじきに王位を譲るのではないかといわれている。
「動物を殺すのは可哀想だからしないそうなんだ」
「王族なのに?」
「そうだよ」
「へえ。なんだかクロード王子ってとっても優しい人なんですね」
意外な答えに感心していると、前を向いていた彼の顔がこちらを向いた。
「エレナはそう思うかい?」
「はい?」
「王子殿下のことだよ」
ずいっと顔を近づけられてイルーシャはまた右往左往した。
なんでこの人は微笑を浮かべているんだろう。
綻ぶ彼の口元に視線を落としつつ、彼女は投げかけられた問いにとりあえず首肯して見せる。
その答えにどう思ったのかは分からないけれど、ダルクはもう一度優しく笑んだかと思うと、「そうか」と言って再び前を向いて歩を進めた。
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