第26話 目覚めると
しばらく経って夜会が休憩に入ると、イルーシャは広間から逃げるようにして廊下に出ていった。
こうした公式の場では従者である女官が勝手に行動することはできないのだが、彼女は女官長に体調が優れないと嘯いて宮殿のラウンジの一室に閉じこもってしまった。
部屋にはいくつかのランプが置かれているものの、点いているのは西壁の一つだけ。そんな薄暗い部屋の奥でイルーシャはソファーに寝転がった。
(逃げてもなにも変わらないのに)
しんと静まり返った部屋の中で考える。
覚悟はしていたはずなのに、いざ現実と向き合うとなると受け入れられない。今までは彼が自分の傍にいるのが当たり前で、彼が一方的に惚れているだけだと思って慢心していたのかもしれない。
でも違った。
たった一日だけ遠ざかっただけなのに、大きなものを失った気がして塞ぎ込んでしまいそうになる。
きっと自分はクロードに恋をしていたのだ。
不思議と、生まれて初めて彼を受け入れた仮面舞踏会の夜と同じ気持ちになった。
彼が欲しい。彼にいて欲しい。
薄暗い部屋の中で目を閉じてクロードの顔を思い浮かべてみる。働き始めてすぐにヘマをやらかしたこと、ダルクに化けた彼が寝室にやってきたこと、折り紙を教えた日のこと、色んなことが思い出される。
あの頃に戻れたらいいのに。
そんなことを思っている内にイルーシャの瞼は少しずつ重くなっていって、だんだん目が開いている時間より閉じる時間の方が長くなりはじめる。
(寝ちゃだめだ、寝ては……)
――☆――☆――☆――
どれくらい眠っただろうか。
“やってしまった”という過失のようなものを感じ、イルーシャは勢いよく飛び起きた。重いままの瞼はまだ寝たいと訴えかけてくるが、今はそんな生理的欲求に応じているヒマはない。
(あれ?)
ふと視線を足元に落とすと、イルーシャの下半身にオレンジ色の毛布が見えた。
気付けば自分が横になっていた所もソファーではなくて、いつの間にか二人用ベッドに変わっているではないか。
しかも“うたた寝”をはじめたラウンジではなく、どこだかわからない広々とした方形の部屋の中だ。
装いから見るに誰かの寝室にいるらしい。
(こ、これはどういうことに……)
夢でも見ているんじゃないかと思って必死に目をこすってみる――が、やはり現実。
一体どこにワープしてしまったのだろうと案じていると、部屋の真ん中にある木製のドアの向こうから物音がした。
(誰かいるのかな)
上体を起こし、ベッドから降りようとする。そのとき、
「おっ、やっと起きた?」
「うあっ」
急にドアが内に開いて、びっくりしたイルーシャはベッドから飛び降り――…転げ落ちた。
「あ、えっと、クロード王子殿下?」
ドアの向こうから現れたのは、白い夜着に着替えたクロードだった。
「殿下、その、私はいまどこに……」
「どこだと思う?」
「確か私はラウンジにいたはずでは」
するとクロードは腰を抜かすイルーシャを両腕で抱きあげ、小猫を可愛がるような優しい声で、
「ここは俺の寝室。君が寝ているうちに抱っこして連れてきた」
「え、じゃあ夜会の方はどうされたのですか!?」
「夜会?そんなものとっくに終わったしアイリーンも随分前に帰ったよ」
なにを分かり切ったことを言っているんだ、とでも言いたげなクロードは呆れ気味だ。
「……殿下、私は一体どれくらい寝てしまっていたのでしょう?」
「ざっと5時間くらいかな」
「5時間――ってうあ!?」
素っ頓狂な声をあげたと同時にイルーシャはベッドに押し倒された。
クロードはそれから間髪入れずにベッドに飛び乗ってきたかと思うと、両手を彼女の顔の真横について重なり合うような体勢をとる。
「仕事を投げ出して居眠りしてしまう女官にはお仕置きが必要だな」
「あの、その件はついては誠に申し訳なく――」
「お詫びならキスで承るよ」
「あっ――」
耳元に彼の温かい唇が触れる感じがして、イルーシャの身はビクッと震える。
仕事中に居眠りしてしまったことは申し訳ないと思って素直に謝ろうとするも、彼はなかなかその時間を与えてくれない。
耳にキスを施した次は愛おしげに彼女の後ろ髪を撫でて唇を奪おうとしてくる。
「殿下……」
ちゅっと淡い水音が二人の唇から奏でられ、荒い吐息と共に動きの激しい舌先がイルーシャを虜にしていく。
それがまたたまらなく甘美で病み付きになってしまいそうになる。




