第24話 アイリーン
それから一週間後、イルーシャは王都から少し離れたところにある離宮の庭園に立っていた。
ならわしに従って園遊会は離宮の広大な庭園を使って催されることが決まり、会場には国内から続々と人が集まった。
その内訳は爵位を持つ者や戦争で武功をあげた者などが中心で、クロード王子が個別に招待した客をのぞくとほとんどが男性だ。
だがそんな華のない会に、一際異彩を放つ女性の姿があった。
アイリーン・S・レーベ。
胸元が大きく開いた純白のドレスを身に纏い、薄ピンク色のパラソルを片手に微笑む彼女はまるで人形のような童顔をしていて、つぶらな瞳と背に流した長い金髪が特徴的に映る。
家柄も代々高官を輩出してきた名門中の名門。
それに、髪をいじる仕草や微笑み、しゃべり方、なにを取っても可愛らしい。
(なんて綺麗な人なんだろう……)
イルーシャは遠目に彼女を見つめて感動した。
細身で背が高く、それでいてふくよかな胸元。色白の肌はまるで百合の花を想起させるような美しさで、可憐という言葉は彼女のためにあるんじゃないかと思うくらいだ。
同時に、ショックをうけた。
これだけ見目が麗しく、それでいて周囲が羨む高家の身分。振る舞いも仕草もすべて魅力的な彼女を前に、イルーシャは敵わないと思った。
クロードはまだアイリーン嬢と一度も会ったことがないと言っていたが、これだけの美姫を見せられるとさすがの彼も……。
茶器の前で目線を下に向けていると、視界にドレスの裾が映った。
誰かが来たと思ってぱっと顔をあげた途端、さっきまで侍従長と話し込んでいたアイリーンの姿が目に飛び込んできた。
「こんにちは、女官さん」
ふんわりとした柔らかい口調で話しかけてくる。口端の角度を少し上げたその微笑はあまりに素敵で、自分が呆けていたことに気付いたイルーシャはあわてて頭を下げる。
「こ、こんにちは」
「侍従長のローグさんから聞いたわ。あなたがクロード王子殿下のお付きの女官さんですってね」
「はい……」
また仮面舞踏会のときのように酷いことになるのかと案じるイルーシャ。しかしアイリーンに敵意はないらしく、
「すごく可愛らしいお顔をしているのね。王子殿下とはお仕事を共にされてどれくらいになるの?」
「えっと、大体半年くらいです」
「あら、じゃあ良ければわたくしに王子殿下のことをコッソリ教えて下さらないかしら」
一度もお会いしたことがないものだから、とアイリーンは言う。
頼まれたイルーシャが承諾の返事をすると、アイリーンは後ろの召使いらに目配せをして人払いを命じた。
二人は人の集まる場所から避けるように庭園の奥に向かって歩きはじめた。
広葉樹が植えられた一本道を通り、大きな噴水池の真ん中にある石造りの階段を上がっていく。
イルーシャは庭園の案内も兼ねてアイリーンに城のことや王子の性格なども事細かに話した。
最初は失礼の無いように訊かれた質問に答えるという程度だったが、意外にもアイリーンは気さくな性格をしていて、イルーシャの日常生活や苦労の話にも興味を示してきたため、話が弾んだ二人はいつしか並んで歩くようになっていた。
やがて緩やかな階段をあがって高台に出たところで、話がイルーシャのことから王子の話に戻った。
「そういえば王子殿下はエレナさん以外の女官をお傍に置いていないようだけど、どうして?」
「さあそれは……。ただこの前は若い女が傍にいる方がいいと言っておられました。なにせ王子殿下の周りはおばさん女官ばかりですから」
「あはは、なるほど。じゃあエレナさんはきっと殿下に気に入られているのね」
「えっ」
ニコッと微笑みを見せるアイリーンに彼女はどきりとした。
「少なくとも殿下にはあなたが特別な存在として映っているのだと思うわ。そうでなきゃお傍に置いたりしないもの」
「あ、あのでも、仕事でご一緒させていただいているだけで、プライベートな関係は無いです」
「なぜ?」
思いがけない問い返しにイルーシャは少し驚いたように目を見開く。
「だって私と殿下はあくまで主従の関係に過ぎませんから」
「でも実際は歳ごろの男と女でしょ?しかもエレナさんを選んで傍に置いておきながら、本当に何もしてこないというのなら殿下は男色家かと疑ってしまうわ」
「……どういう意味ですか?」
「女同士、男同士の友情という言葉はあっても“異性同士の友情”はないの。男と女の関係はいつも“恋”か“他人”の二つよ」
ぽかんとするイルーシャに彼女が可愛らしいウインクを見せる。
どういう意味だろうと思って首をかしげるのと、下の方からクロードの声が聞こえてくるのは同時だった。




