第21話 優しさ
「気にして下さっているんですか?」
「当たり前だ。自分の愛する女が痛めつけられて何とも思わないはずがないだろう」
クロードはそう言ってイルーシャの華奢な肢体を引き寄せる。
「それって……」
「もちろん君のことだよ」
決して冗談で言っている様子はなく、いつになくクロードの声色は真剣なものに思えた。
「イルーシャがあの3人にいじめられているのを見て正直すごく腹が立った。こんなことを言えば引かれてしまうかもしれないけど、あいつらに本気で殴り掛かってやりたかったし、できることなら大声で怒鳴って――権力を使ってでもこの国から追放してやりたくなった」
「殿下……」
「君と初めて出会ったときからだ、こんな感覚に陥ったのは。イルーシャのことが好きすぎてたまに理性が追いつかなくなって狂いそうになる」
クロードはイルーシャの背をぎゅっと強く抱きしめる。
狂ってしまうだなんて大袈裟な。でも彼の腕に抱かれていると少し落ち着ける気がして、彼女もそれに応えるように王子の背に両腕を伸ばす。
「じゃあ理性があるうちにお聞きしますけど、どうしてダルクという人に化けたりしたんですか?」
「あれは単なる暇潰しさ」
「――ということはやっぱり私で遊んでいたんですね」
「最初は暇つぶしのつもりだったが、イルーシャがなかなか気づいてくれないから悪戯してみたんだ。ずっと気付かなかった君の方が悪い」
馬鹿なやつだな、とクロードは冗談気味に微笑を向ける。
その表情がイルーシャにとってすごく魅力的に思えて、自然と怒る気にも悔いる気にもならなかった。
「イルーシャ。目を閉じて」
やんわりとした声とともに、彼の指先がイルーシャの瞼をそっと下ろしていく。
直後、クロードの熱のこもった唇が降りてきて、イルーシャも受け入れるように口づけた。
静かで誰もいない談話室に甘いキスの音がする。
舌と舌が絡み合い、どこか荒っぽい彼の感触が口腔内にじんわりと広がっていくのがわかる。
「君だけを愛してる。イルーシャ」
クロードは優しい声で囁き、もう一度彼女の唇に口づけを落とす。そして柔らかな水音を立てるイルーシャの唇に舌を伝わせながら、彼は彼女を抱いていた腕を背中から腰の方に下ろしていこうとする――
――が、
『殿下はいずこー!!』
『クロード王子!!どこにお行きになられたのかー!』
『あのアホ――悩ましきお方は一体どこだ!!』
という、けたたましい衛兵の呼び声がドアの向こうでしてきて、クロードは慌てた様子でイルーシャから離れる。
「まずい、ナジルがしくじったな!」
「しくじったって、何を?」
着替える時間すら惜しいのか、クロードは素早くシャツの上に夜会服を纏い、襟を正してドアの方に向かって歩きはじめる。
そのとき、一瞬だけこちらを振り返った彼とイルーシャの視線が一致した。
「どうやら俺が執務室にいないのがバレたらしい。俺は今から広間に戻るから、イルーシャはほとぼりが冷めるまでここで待っていてくれ!」
「は、はあ」
あとで迎えにくるから、と言い残し、彼は外の廊下から足音が消えるのを待って、こっそり出ていってしまった。
実に十秒足らずのできごと。
部屋に残されたイルーシャはそれから足を動かすこともできず、かといって何か言葉を発することもできず、ただひたすら呆然とその場に立ち尽くしているのであった。




