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第20話 正体



「もしかして……王子殿下…じゃないですよね?」


自分でも何をバカなことを言っているんだと思う。

それでも勇気を出して問うてみたところ、イルーシャの想像に反してダルクは観念したようなため息をついた。


「ようやくお分かりいただけた?」

「あっ、クロード王子殿下!?」


急に彼が自分の額に爪を立てたかと思うと、ビリッという謎の音と共に髪の部分がはがれ、見覚えのある金髪が出てきた。

しかも手の甲で眉をこすると色が落ちて元の濃い茶色に戻ったではないか。

どうやら茶髪は変装用の道具だったらしく、急に現れた王子の微笑にイルーシャは絶句してしまった。


「気付いてくれるまで随分時間がかかったな。正直待ちくたびれたよ」


クロードは白い歯を見せて笑う。

ダルクという人は存在せず初めから彼が変装していたというのなら、今までの自分が見てきたのは全て……


「で、殿下は今まで私を騙していたんですか!?」

「むしろ騙していたのは君の方じゃないか」

「私が?」


思いがけない返しにイルーシャは目を見開く。


「どうしてエレナ本人じゃないのに本人だと偽ったりしたんだ?」

「えっ……」

「嘘をついても無駄だよ。君の本当の名はエレナ・ロックフォードじゃない」


強い口調で言われ、イルーシャは誤魔化しの一言も発せずに黙り込んでしまった。

同時に、とてつもない恐怖に似た感情を覚えた。焦燥という方が妥当か。

心臓の音は早鐘のようにけたたましくて、ヒヤッとする汗が額から頬にかけて流れ落ちる。


「私は――」


エレナです、とは言えなかった。

いつか“この日”が来るとは思っていたが、こんなに早く訪れるだなんて……


ふと顔をあげてクロードの双眸を見る。

彼は怒ったような様子は無くて、どちらかというとイルーシャからの自白を待つような、無表情に近い顔をしていた。


(もう言い逃れはできないわね……)


覚悟を決めてゴクッと息をのむ。


「君の本当の名を教えてもらおうか」

「……私はイルーシャといいます。イルーシャ・アルトズール。エレナ・ロックフォードは私が仕える商家の娘で、私はその身代わりとして来ました」


もう野となれ山となれ。

イルーシャは本物のエレナが前日になって失踪してしまったがために、王子の面目を保つべく替え玉として出仕することになった経緯もすべて話した。

その間、クロードは驚いたり怒ったりする素振りは見せず、眉の一つも動かさず熱心に彼女の話に耳を傾けていた。


やがて全ての事情を話し終えたのち、イルーシャは思い切って気になっていたことを問うてみた。


「いつから私がニセモノだとお分かりだったのですか?」


するとクロードはふっと笑んだかと思うと、床に落としていた鎧を拾って彼女の前に突き出し、


「君と初めて会ったときから」

「最初から……ですか」


イルーシャが初めてクロードと会ったのは彼がダルクという兵士に化けていた時だ。ということは、初日に王宮を案内してもらったときからすでにニセモノだと分かっていたのだろうか。

一度も本人と会ったことがないはずなのに。


「本物のエレナという女性は右眼の下に泣き黒子(ぼくろ)があると聞いていた。でも君にはその黒子がないし、本物は人形のように小さな人だというのに君は背も低くない。すぐにニセモノだと思った」

「…………。」

「それにイルーシャ、君には教えていなかったが、君が王宮に出仕することになった次の日にロックフォード家の令嬢が家に帰ってきたそうだ」

「は!?」


王城勤務になってから城の外に出たことがなかったので、今のロックフォード家がどういう状態になっているのかはわからない。

けれど主人バリオスは娘が帰ってきたら適当な理由をつけて家に帰してくれると約束してくれていたのに――


(私は都合のいい捨て駒だったというの……)


裏切られた気がして俯いていると、急に筋肉質の腕が伸びてきてイルーシャは強い力で引き寄せられた。


「あっ」


体勢を崩し、あわてて床に手をつこうとする。しかしクロードの腕が背中に回る方が早くて、彼女は彼の腕の中に閉じ込められてしまった。


「えっと……」


クロードの厚い胸板に抱かれたまま、イルーシャは気まずそうな声をあげる。頭上には今にもキスを落としてきそうな彼の唇があって、なかなか上を向くことができない。

顔をあげれば確実に――


「俺もダルクという男に化けておきながら言うのも何だが、これからは俺の前で嘘をつくのはやめてくれ」

「あの、で、でもその……」


ニセモノと分かってしまった以上、今のイルーシャに王子付き女官を務める義務も権利も無い。

まして彼女の方から許しを乞うなどもってのほか。

しかし、


「これから俺の前では君の名はイルーシャだ。でも対外的にはエレナ・ロックフォード。いいな?」


(どういうこと?)


てっきり牢に送られるか里に返されるかのどちらかと踏んでいたイルーシャには彼の思考が全く読めない。

まさかこの期に及んでエレナ本人に化けたままでいろ、というつもりなのかしら。

そう問おうとした矢先、


「こんなことで君を失いたくない。エレナとして王宮に入ったなら、最後まで責任をもって俺の傍にいてくれ」


ぎゅっと抱きしめられ、イルーシャの心はかつてないほど大きく揺れ動いた。

本来ならば断わらないといけないと分かっているのに、彼の優しさに甘えてしまいそうになる。


でもこうなってしまった以上、これ以降自分の正体を隠し通せるだけの勇気が持てない。もしコトが露見してしまった場合、迷惑を被るのはイルーシャではなくクロードなのだ。


「……どうなっても知りませんよ?」

「大丈夫。何かあっても俺が必ず守る。だから今のままでいてくれ」


真摯な目でそう言われ、イルーシャは迷いながらもついには覚悟を決めて首肯した。

と同時に、彼女は目の前にいる男性がクロード本人であることを改めて認識して、あることを思いだす。


「あの、そういえば殿下」

「なに?」

「殿下がここにおられるということは、広間には誰がいらっしゃるんですか?」


そもそも今日の夜会の主役は何を隠そうクロード本人。主役が舞踏会を勝手に抜け出して今頃大騒ぎになっていないだろうか……。


心配そうな顔をするイルーシャをよそに、彼は陽気な笑みを浮かべてみせる。


「イルーシャが広間を出て行ってすぐに『内政の急務が入った』と言って出てきた。ナジルに言って夜会は続けさせているから心配いらない」

「なぜそのようなことを?」

「なぜってそりゃあ、イルーシャのことが心配だったから」


クロードは大広間でイルーシャと別れた直後、彼女を追うように何人かの令嬢が大広間を出て行ったのを見て心配になり、その場を誤魔化して急いであとを追ったのだという。

ちなみにダルクに化けていたときの格好はこの談話室に飾られている騎士の鎧を拝借したもので、いつもここで着替えていたのだと教えてくれた。

特にダルクに変装するときはウィッグの角度や声色にも気を付けているそうなのだが、


「さすがに今回ばかりは変装にかける時間が足りなかったな」


と、クロードは正体を見破られたことを口惜しそうに言う。


名を偽っていたのは申し訳ないとは思いつつ、なぜ今まで黙っていたのかを問おうとイルーシャが視線をあげたときだった。

笑顔だったはずの彼の顔がわずかに歪んで見えた。どこか後ろめたいような沈痛な面持ちで、視線はイルーシャの二の腕に向けられている。


「もう腕は大丈夫か?」

「腕?」

「さっき女二人につかまれていただろう」


彼が心配してくれているのは先ほどイヴァンカの取り巻き二人に無理やり押さえつけられた時のことらしい。

今は時間も経って痛みも随分マシになったが、それでも全く気にならないと言えばウソになってしまう。



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