第1話 入宮Ⅰ
自分はなんて浅はかだったんだろう。
エレナが出仕するはずだった日の朝、イルーシャは王宮に向かう馬車の中で頭を抱えていた。
本人が駆け落ちしてしまった以上、人助けで身代わりになったといえば聞こえは良いが、実態とはあまりにかけ離れている。
あのときは勢いといおうか、深夜のテンションといおうか。身代わりをお願いされる前に主人から容姿に関して褒めちぎられていい気になっていたのだろう。
そうでなければこんな酔狂な真似ができるはずがない。
イルーシャは数時間前の浅はかな自分を呪った。
「気分が悪いのですか?」
俯くイルーシャに年配の女性から声がかかる。
ふと顔をあげると、王宮から『迎え』としてやってきた王宮女官長と目が合った。
「いえ、なんでもないです」
イルーシャは咄嗟に笑みを繕って苦笑した。乗り物酔いをしている風に見えたのだろうか。
正面の席に座る女官長は白髪交じりの後ろ髪を櫛で整えながら、上目でじっと彼女の方を見つめてくる。
「王子殿下のお傍で働くことに緊張しているのは分かりますけれど、あまり思い込まないようにしなさい」
こういう仕事は慣れですから、と女官長は諭すように言う。しかしイルーシャが本当に緊張しているのは王子の傍で働くうんぬんではなく、
(ああ、万が一にもエレナが替え玉だってバレたらどうしよう……)
刻一刻と馬車は王城に近づいていく。王子はエレナ嬢と直接に会ったことはないというが、「思っていた顔と違う」なんて言われてしまえば誤魔化しようがない。
今のイルーシャにはそれが一番の懸念事項だった。
――☆――☆――☆――
ここルシャトリア王国は昔から戦争が絶えず、隣国と小競り合いを起こしてきたせいで王城は巨大な石垣で守られており、その下に広がる王都も敵からの攻撃に備えて至る所に防護壁が置かれている。
当然、城を囲むお堀も大きく、油圧式の装置で開閉する巨大な掛け橋を渡ってようやく敷地の内部に入ることができる。
しかし外見が厳めしい作りをしている一方で、扉の向こうには桃源郷とでも言おうか、おとぎ話にも出てくるような美しい庭園が広がっていた。
「すごい……」
馬車の窓から外を覗くイルーシャは思わず声をあげる。
庭園の真ん中に置かれたルシャトリアの国鳥、鷹を象った巨大な噴水が荘厳なこと。そしてその奥に見える真っ白な王宮殿がとても美しい。
(こんなところで暮らせるなんて夢みたいだわ)
あくまで女官として働くというのにすっかりお姫さま気分のイルーシャは、馬車を下りても興奮冷めやらぬ様子で、古代西洋造りの真っ白な王宮殿を見てはすぐに足を止めて見入ってしまう。
これにはさすがに随行する女官長もあきれた様子で、
「まだ入り口にも着いていないのに、これでは仕事になりませんよ」
と、お小言を漏らすほどだった。