第10話 王子殿下の要望Ⅱ
「……分かりました。では失礼して――」
弱みを握られてはどうしようもない。
まずは差し出されたナイフとフォークを取り、アッシリス牛のソース煮込みを一口サイズに切り分け、彼の口にそっと運ぶ。
クロードは嬉しそうに肉を口に含むと、目で「次」と要求した。彼女はその都度食器を使い分けてパン、スープ、とバランスを考えながら咀嚼のペースを見計らって口にもっていく。
でも何が一番緊張するかというと、咀嚼の具合を見ないといけないのでどうしても彼の方を向かなければいけないのだ。
顔を横にしたまま「そろそろいいですか?」なんて聞けないし、かといって急かすわけにもいかないので視線は自然と彼の方に釘付けになる。
「そんなに俺を見つめてどうしたんだい、エレナ」
なんて冗談を言ってくるクロードにイルーシャの顔はどんどん赤くなっていく気がして、ようやくメインの食事を終えると彼女は飛ぶように一歩下がった。
「どうした?まだデザートが残っているけど」
「いえ、さすがにそれは……」
もうさすがにムリ。
口でそう言おうとした矢先、彼女のお腹がぎゅるると物欲しそうな声をあげた。
それがあまりに大きな音だったのでクロードも一瞬おどろいたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「いいよ、デザートは君にあげよう」
「い、いえ、そんなこと絶対にできません……」
もうなんでこんなときに……。
口では虚勢を張るも身体は正直だ。
またもタイミングよくお腹が音を立てたせいで、実はお腹が一杯なんですとは言えない状況に陥ってしまった。
それでも頑なに拒み続けていると、今度は彼の腕がすっと伸びてきてイルーシャの体を引き寄せた。
「今度は俺が食べさせてあげるよ」
クロードは彼女を膝の上に乗せ、両腕を使ってがっちり固定する。
デザートを食べたいのは山々だが、立場上の問題で甘えるわけにもいかず、どうにかして解放してもらおうと試みる。
――が、彼の力が強くて抗えない。
「殿下、どうかお許しください!」
「どうして?」
「デザートなら自分で食べれます!」
そこでイルーシャが「あっ」と間抜けた声を出してしまったのは言うまでもない。
本来形だけでも遠慮しなければならないところで「自分で食べる」なんて言ってしまえば、デザートをいただく気は満々と思われるのは当たり前。
でもそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに、クロードはさらに強い力でイルーシャを抱き締める。
「遠慮するな。今日は俺に“お詫び”がしたくて来たんだろ?」
「そんな、殿下……」
振り返ればクロードの顔がある。
こんな近くで見つめられると気がどうにかなりそうだ。
「ほら、口をあけて?」
「うう……」
優しい声と一緒にデザートをすくうスプーンを口に含む。
季節の果物をハチミツとクリームであえたその味はもう何年も味わったことが無いほどおいしくて、逆に「ここでやめる」なんて言われたら抗議しそうな気分にさせられた。
「美味しいか?」
「はい!」
「それはよかった」
クロードの膝の上で何度も味わっているうちに、こうして嫌がるフリをして美味しいものをいただけるのは意外に役得かもしれないと思えてきて、イルーシャの口は積極的に動くようになっていた。