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プロローグ

ムーンライトで掲載しているのを、なろう版に修正して投稿しています。

ちなみにムーンライトの方は『いじわる王子のお世話役』というタイトルにしており、内容は多少異なります。




 イルーシャ・アルトズールは、王宮殿の庭園に臨む長い廊下を歩いていた。


バロック調の石柱の間から差し込む朝日に照らされ、石敷きの廊は白く輝いている。

中庭にはピンク色に咲くツツジや薄紅の桜があって、柱の白とのコントラストが美しい。


そんな優雅な光景を横目に、イルーシャは紺色のドレスの上にエプロンを下げ、先導する王宮兵の後ろを付いていく。

つい先日まで、床に落ちたパンくずを「3秒以内ならセーフ!」と言って拾っていたような人間が――だ。


(……大変なことになってしまったわ……)


一定間隔に並ぶ壮麗な鷹象を前に、とてつもない緊張と不安を感じて唇を真一文字に結ぶ。


そもそもどうしてこうなったかというと――





――2週間前、イルーシャはとある商家で使用人をしていた。

商家の主人はバリオス・ロックフォードといい、隣国との貿易で得た品物を売る傍ら、町では有名な貸金業者として名を馳せる豪商でもある。


そんなロックフォード家にはたった一人の愛娘がいて、名はエレナといった。

彼女は“くりん”としたつぶらな瞳の持ち主で、小さな手、小さな指、すべてがお人形さんのようだと周囲からもてはやされ、ウワサがウワサを呼んでいつしか100年に一人の美少女と呼ばれるようになった。

やがてその評判は王都の方まで届くようになり、ちょうど2週間前、エレナが20歳の誕生日を迎えた日に、『そちらの娘を王宮に出仕させよ』という旨の書が第一王子の名義で届いたのだ。


もちろん主人バリオスは飛び上がって喜んだ。

なにせ家の者が天下の王族に仕えるというのだから、小さな町で店を営むロックフォード家としてはこれ以上にない名誉。

娘にはこの報を知らせてはいなかったものの、説得すればきっと素直に従ってくれるだろうと思ってその日のうちに承諾の返事をした――


――が、これが誤算だった。

すでにエレナは町で出会った旅の青年と恋仲にあり、出仕のための衣装やら身の回りのもの、2頭の白馬さえ用意したあとで、前日の夜になって置手紙を残して男と駆け落ちしてしまったのだ。

しかも出仕のために用意した金を携えて。




――☆――☆――☆――




「私がエレナお嬢さまの身代わりですって!?」


草木も眠る丑三つ時。バリオスから告げられた衝撃的な言葉にイルーシャは耳を疑った。


「この際やむを得ん。殿下にはもう『出仕させる』と言ってしまったし、後には下がれんのだ」


この通りだ、と主人は書斎の床に膝をついて懇願する。

エレナはもともとわがままなところがあって今回も何か起こるんじゃないかと案じていたけれど……


本人の突然の失踪に家中が騒然とするなか、バリオスの書斎だけは不気味なくらいの静けさに包まれていた。

静寂というよりは気まずい空気といった方が正しい。


「……でもやはり王子殿下には正直にお伝えするべきでは」


出仕の予定日は明日に迫っている。もし仮に今日中にエレナが見つからなければ正直に「失踪したので遅れます」というしかない。

だが主人はダメだという。


「そんなことをしてみろ。出仕前日に女に逃げられたと知れれば王子殿下の顔に泥を塗ることになる」


王子付きの女官として働くことが決まっているはずの人間が、前日になって行方不明なんてことになれば王子の傍にいるのが嫌で逃げたと言われかねない。

もちろんそんな噂が立ってしまえば王子のメンツにも関わるし、ロックフォード家もただではすまないだろう。

最悪の場合、関係者は皆そろって厳罰に処せられる。そんな言葉を口にされ、イルーシャは身も凍る思いになった。


「時間がない。今の時分から身代わりを募ったところで手ごろな娘が来る見込みは無いし、わが家ではお前だけが唯一エレナと同じ歳頃なのだ。だから今回だけは――今回だけは人助けだと思って承諾してくれ」

「そんな急に言われましても……」

「お前ならきっとやれる!こんなときに世辞を言うつもりはないが、容姿だって娘に引けを取らぬ。上手く仕着せをして化粧もすれば誤魔化せるだろう」


主人はイルーシャの両肩に手をポンと置き、必死に説得を試みる。

たしかにロックフォード家に仕える女のなかでエレナに歳が近いのはイルーシャだけ。他は男か、若くても40代後半を迎えたおばさんくらいしかいない。

それにイルーシャは見目も悪くは無い方だ。お人形と言われるほど可愛らしいエレナとは質が異なるものの、後ろでポニーテールにした金色の長髪と色白の肌は魅力的に映る。

それゆえバリオスに雇われたのだが。


「百歩譲って私が出仕することになったとして、もし私がエレナお嬢さま本人でないことが露見してしまったときはどうなさるんですか?」

「そうならないようにするのがお前の役割だ」


さも、なにを当たり前のことを言っているんだと言いたげな顔だ。


「ですが……バレないという保証はありませんよ」

「心配ない。幸いなことに王子殿下はエレナと直接会ったこともないから、これがエレナですと言ったところで分からぬであろう。なあに、娘が無事に見つかった暁には何らかの理由を付けてお前を必ず連れ戻してみせる」


安心しろと宥めるように言うが、その声は表情と同じくして硬い。言葉の割に自信がないと見える。


「……どうなっても私は責任を取りかねますが、それでもよろしいですね?」

「ああ、分かっている。殿下に娘を出仕させると言ってしまった以上、身代わりであることがバレても地獄、身代わりを差し出さなくても地獄を見ることはわかっている」


要はバレずに上手くやれということだろうか。

どのみち、エレナが駆け落ちして行方不明になってしまった時点で彼女の世話役を担っていたイルーシャが責任を取らされるのは目に見えている。

それに、


「もちろんタダで身代わりをやれとはいわん。身代わりとなってくれている間は今までの10倍の給金を上乗せして支払う」

「10倍!?」

「だからこの大役を引き受けてくれるな?」


イルーシャの口元が綻んだのを見て「いける!」と思ったのか、バリオスは前金だと称して金貨10枚を手渡す。

彼女もこれがどれくらい重要な役なのかは重々に承知しているつもりではあったが、やはり金の魅力には勝てない。

正直、自分ならやれるという根拠のない自信があったといえばあった。


――このときまでは。




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