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即興小説シリーズ

つめたい部屋で

作者: 新良広那奈

 私はいつも、お寺の鐘をつく音で目を覚ます。

 ぼぉん、ぼぉん、と、まるで古時計のように重たい音が、窓の外からじんわりとやってくる。

 この音を聞くと、体中にびびっと電流が走ったかのように、目が冴えてしまうのだ。

 いつからこうなったかは、もう覚えていないけれど。


 ベッドから起き上がると、枕元のペットボトルに手を伸ばす。

 口をつけ、ミネラルウォーターを喉に流し込む。

 これも、いつからか習慣になっていた。

 ペットボトルの中身がすっかり空になる頃に、ようやく私の頭が動き始めるのだ。


「ご飯を用意しなくちゃね」


 よいしょ、と掛け声つきでベッドを抜け出した。

 冬の寒さも厳しさを増しつつある。正直、この時期はベッドから出ることだけでも重労働なのだ。

 ベッドの上の乱れた毛布を直すと、階下へと降りていく。

 ひんやりとした空気が頬を突き刺す。

 昨日降り積もった雪は、室温もぐっと下げているんだろう。


 昨日の夜にセットしておいた炊飯器が、私の訪れに気付いたかのようにピピピと鳴る。

 スプーンで器にご飯を載せていく。

 杯のような形をした器は本当に小さくて、しゃもじでは上手く載せられた試しがなかった。

 昨日の夕飯の残りのおかずを温めて、それも小さなお皿に載せる。

 おやつには、庭に生えている木から採った、みかんを。


「これだけあればいいか」


 お盆に載せて、リビングを出る。

 目と鼻の先にある和室に、足を踏み入れた。


「美貴、おはよう」


 和室に入ってすぐに声をかけると、美貴は静かな微笑みで迎えてくれる。


「今日のご飯だよ。ゆっくり食べてね」


 お盆を台の上に載せると、美貴の微笑みが益々深まった。

 美貴は食事が大好きだったのだ。


「昨日は雪が随分積もったね。今日は仕事に行くのがちょっと大変そう」


 小さく肩を竦めると、美貴の微笑みが苦笑の色を帯びる。


「あとで雪だるまをつくろうね。

 でもここに持ってきたら溶けると大変だから、写真に撮って持ってくるよ」


 関東平野の真ん中に位置するこの場所は、なかなか雪が降らない。

 降ったとしてもぼたん雪で、「積もる」ということが滅多にないのだ。

 だから、遊びたくても遊べないことが多かった。 

 実際、美貴と一緒に雪遊びをした回数も、さほど多くなかったはずだ。


「やっぱりね、この家は私には広すぎるみたい」


 美貴は、不思議そうな顔をした。


「この家は引き払って、小さなアパートで暮らそうかなって思ってるの。

 ここは大きすぎて、私には勿体ないから」


 この家は、どこまでもひんやりと冷えきっていた。

 静かな部屋に、私の声がしみこんでいく。


 小さな美貴。かわいい美貴。

 美貴の大好きなおもちゃ、絵本、ぬいぐるみ。

 色んなもので埋め尽くされたこの部屋は、美貴のためだけにあるものだ。

 でも美貴は、どこにもいない。

 この部屋は美貴だけのものなのに、貴方は向こう岸に行ってしまった。


「勿論、アパートに移る時は美貴も一緒だからね。

 心配しないで大丈夫」


 一緒だなんて言いながら、美貴の体を抱きしめることもできやしない。

 どれもこれも、自分を慰めるための、寂しい独り言に過ぎないのだ。

 勿論、私の言葉に返る声は、どこにもありはしなかった。

 美貴はただ、私を見つめて微笑むばかりだ。

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