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現実なんてやっぱりクソゲーだ、ファンタジーが入ってきても慈悲がない。

「ごめん!!遅れた!!!!」


私が勢いよく扉を開けた音で全員が振り向く。

近いところからベースの佑一君、ドラムの律也君、そして一番奥にギターの道隆君だ。

練習の開始時間はとっくに過ぎていたが、みんな楽器ではなくスマホを持っていた。

遅れたのは私だけど、選考会は明日なのに良いのかな。まぁみんな上手いけどさ。別に私なしでもできるんだからやれば良かったのに…。


「…いや、むしろなし崩しになくなるかなって感じだったし…永井さんも来ちゃったかぁ…」


責められると思いきや、むしろ困惑したような顔でこちらを見る6つの目。


「え、何?今日の練習無かったの?でも全員いるよね?」

「…なっちゃんって意外とストイックだったんだな、こんな時にも練習来ちまうなんて」


律也君にここに居るのがとても意外だという顔をされて心外だった。ストイックかと言うと確かに違うけれど、私は一応今までは一回も練習に遅れていなかったのに……ってこんな時?


「え、ごめんマジで何の話?」

「マジで言ってるのそれ」


私がこくりと頷くと、全員から奇妙な目を向けられた。


「永井さん、もしかして放送聞いてなかったの?…いや聞いてなかったとしても気付いてないのかよ」

「気付く、って?」

「例えば永井さん、何処から走って来たのか知らないけど…今さ、全く息切れしてないよね」


言われて気付く、確かに息が切れていない。

図書館から部活棟まで全力で走って来たのだ。運動部でもないし、むしろ運動音痴と言って良い私が息を切らしていないのは奇妙なことだ。

自分の体が知らぬ間に変えられていたと考えると、私は途端に怖くなった。

私が固まっていると佑一君がスマホをこちらに差し出す。


「とりあえずこれを見ると良いと思う…」


受け取った画面には、ステータスプレート実装だの、リアルVRMMOだの、モンスター実装はまだか!だの、そう言った文字が踊っていた。

背景はごくありふれた21世紀の町並み、しかしピントがあっているのは非現実的なステータス画面。合成としか思えないが、そう言ってしまうには有り得ない数の画像。


「え、何これ」

「ステータスが現実に実装された的な…?」


言ってる本人もよく分かっていないようで、語尾を上げながら小首を傾げる。

これを見たらあの子がまた佑一君可愛い!と言って抱きつくんだろうな、とふと思ってしまい少し嫌な気分になった。


「あ、ごめん。いやホントに俺もよく分かってなくて…」

「いや別に佑一君の所為じゃないんだ…というか、みかちゃんは?いつもうちらの練習始まるギリギリまでいるじゃん」


始まっても居座るけどな!

あの子、いつも私以外をべた褒めして去っていくのだ。

私が上手だとは言わないけれど、流石に一言も私について触れずに他のメンバーのことだけ褒めて帰ってくのは嫌がらせとしか思えない。


「いや流石に帰したよ。というか放送で帰れる人は帰れって言われたの、やっぱり聞いていなかったんだね」

「何それ、電車止まってんの?」


確かに自分のステータスプレートが本当に見れるようになったなら驚くかもしれないけど、でも見れるからって何も変わらないじゃないか。

別にモンスターが湧いてる訳ではないみたいだし…。

ってあ、ステータスプレートが見れるようになっただけじゃなくて体も変わっちゃってるのか。


「全線遅延で、一部完全に運行中止になってる。その内モンスター湧くんじゃねって言われてるのもあるけど…これ人によっちゃあ称号で身体能力への補正がすごくかかってるらしいんだよな。」

「称号?って、なんたらの達人、みたいなやつ?」

「そーそ、そーゆーの。本人の今までの行動を反映して色々付く。…例えばなっちゃんにも付いてそうなのだと、ニューピーとか?」

「ニューピーとな」

「学校入って初めてやり始めたことがある人に付くらしい。俺もついてる。全ての行動に補正が入る。」


そういえば佑一君ってベース始めたの大学入ってからって言ってたっけ。

全ての行動に補正、とな。随分とアバウトな効果だな…。


「それで、どう考えても敵と戦ったり倒したりってのに関係しそうな文章が称号の説明欄にある人もいて…。」

「あー、つまり暴れたりとかしちゃってる系?」

「しちゃってる系ー。」

「俺らも帰ろうかどうしようかって話になったんだけど、line送っても永井さんから全然連絡ないからさ」

「え、ごめん…ありがと」


心配してくれていたことがちょっと嬉しかった。このバンドのメンバーは私以外男なので、みんな私がいない方が楽しいと思っているのではないかと考えていたのだ。


「いや、それに俺らみんな一人暮らしだからいつでも帰れるしってことで待つことにしたんだ。気にしないでええんやで」

「心配してくれてありがと、でも私、14時くらいからずっと図書館で寝てた」

「なるほどな!」

「こういう一大事をリアタイで見れなかったの割とショックだわ…」


私が思いっきり不謹慎なことをポロっとこぼすと、律也君が少しこわばった顔で私を見て言った。


「図書館から走って来て息切れしてないってことはさ、なっちゃんって…結構補正かかってるってことだよな?」

「あ、そうかもしれない。ステータス表示!…待ってどうやって出すの?」

「自己状態の開示だけど待てよ、まだ言うなよ?」


律也君は私を手で制した。…顔の緊張は少し解けていた。


「あのな、今のところステータス画面を自分にだけ見えるようする方法が分かってないんだ。

システムがゲームっぽいし可能じゃないかとは言われてるけど、とにかく今はできない。まぁ現実的に考えたら自分にしか見えない方がおかしいんだが…個人情報に関わるし俺らは永井さんのを無断で見ないつもりだ。言うべきだと思ったら自由意思の範囲で言ってくれ。

それから俺がさっき文言を言ったのにステータス画面が出て無いのを疑問に思ったと思うんだが、単体で言わないと出ない。閉じるときは閲覧終了で消えるから、誰か来たらすぐ消せ。

あとはそうだな…」


「とりあえず見る時は一人で見て、見ても基本何も言うなってことでしょ」

「まぁ、そんな感じ」

「それじゃ見て来る、外で見れば文句ないでしょ」


私はそう言って外に出た。4人とも何を恐れてるんだか。私がそういうのを笠に着るタイプだと思っているってことかな。

まぁ私達ってまだ2ヶ月の付き合いだしそんなもんか。


スマホの電源を入れると、通知が30件ほど来ていた。

バンドメンバーからと、親、そして…私の大好きな子。

心配してメッセージを送ってくれたのだ。なんて嬉しいんだろう。

私は彼女が緊急時にも関わらず私のことを考えてくれたという高揚感にしばらく浸っていた。

そして返事をして、ブラウザを開き”ステータス”と検索した。

いつもより重いが、検索エンジン自体は動いている。

いくつかのステータス画面を見たが、平均するとこんな感じみたいだ。


HP 100

MP 0

状態 正常

攻撃 10

物理防御 10

魔法防御▽

土 6

火 8

水 10

木 4

氷 7

雷 3

光 1

闇 1

精神 10


器用 10

敏捷 10

体力 10

命中 10

運 10

魔力 0


称号▽


なるほど、人間には魔力はないってことか。まぁ当たり前だよな…。ファンタジーなんてなかったんや。

精神に関しては年齢があがるほど高くなるらしい。これ対洗脳とかそういう感じかな…こわい。


私は覚悟を決めて言った。


「自己状態の開示」





「とりあえず、律也君ありがとう…」


うん、これは確かに見せられなかった…特に称号がやばい…。


「その様子だとやっぱ隠したいことあったんでしょ?良かったね律也君が優しくて」

「ちょ、道隆その言い方はないだろ」

「いや、その通りだよ律也君ありがと」


私が礼を言うと、道隆君は少しバツが悪そうにそっぽを向いた。


「止めてくれたのってやっぱ、私の敏捷がめっちゃ上がってたのが分かってたからだよね?強力に上がるやつってヤバいのが多いのかなぁ」

「いや、そうでもない。まぁなっちゃんが当てはまりそうな中だとヤバくないめっちゃあがるやつは無さそうだけど」

「え、やばくないのにめっちゃあがるってどういうこと?」


曖昧な表現しかできないだけに、お互い発言がすごく馬鹿っぽい。私は内心ちょっと可笑しかった。


「あー、俺らどうせ暇だし練習室は充電できるからってことで、情報収集じみたことをしてたんだけどさー…まぁ一通り話すわ」



最初にこの現象が確認されたのは噂によればアメリカだそうだ。

ある人が、突然自身の身体能力が上がったように感じて、ふざけてstatus openと言ったら本当にステータス画面が出たとか。

母語で状態の開示を表すワードを言うことがステータス画面を開く方法らしい。

言われてみれば私も今日はなんだか体が軽いとは思っていたが、そこからステータス画面を開くという発想には至らなかった。まぁ68億も人がいれば思いつく人もいるのだろう。


そして日本でのステータス閲覧のワードが分かったのが恐らく12時頃。そして人々に認知されたのが16時頃のことらしい。


「そんで、主人公っぽさ、てのが多分鍵なんだ」

「主人公っぽさ?」


私がおうむ返しに尋ねると、律也君は一つ頷いた。


「例えば俺のベストドラマー。命中率×1.5って効果がある」

「えっそれ言っちゃって良いの!?」

「いいのいいの、このシリーズって一律×1.5だし、単純計算で6×4人いてその内のほとんどが知り合いなんだからどっかでバレんだろ」


ベストボーカルの男女、ギター、ベース、ドラム、キーボードで6人か。

これは先輩方が最初の発表のときに私たち一年生のパート毎に一番上手いと思った人に投票して決めたものだ。


「ってことは道隆君も何かしら×1.5を持ってるってことか」

「まぁね…器用×1.5だよ」

「一年の発表のときに表彰されたってはまぁ主人公っぽい。だから効果もそこそこ高い」


自分が上手いことを示すような言動は普通はしづらいものだが、この際そうも言っていられないのだろう。律也君はばっさりとそう言い切った。


「それでさっきも出た佑一と永井さんについてるニューピー。新しいことを始めたってのは主人公っぽい。」

「え、でもそれだけで主人公っぽさがステータスを高めるとは言えないんじゃ…」

「まだある。彼女いない歴=年齢。これも称号として存在してる。最近のラノベの主人公って大抵そうだからそこそこステータス補正が高い。俺らが判断したのはそれでだ。こんなしょうもないことで身体能力×1.5はちょっとおかしいだろ」

「確かにベストギタリストと同等以上の補正なのは虚しいものがあるね…」

「虚しいとか言わないでよ。虚しいけども」

「まだあるぞ。親が海外って称号があるらしい」

「やれやれ…」

「ちょっ、笑わせないでよ佑一君、一応真面目な話なんだから…つまりそれ男子高校生も補正入ってるってことかぁ。後は席が窓際とか?」

「両方とも効果は身体能力1.2倍らしい。どう考えてもこれって主人公補正だろ?男子高校生の彼女いない歴=年齢で席が窓際の奴とかそれだけで身体能力が今までの倍だぜ」

「うわ馬鹿やる奴いそう…」

「いそう、じゃなくているんだよ実際…」


佑一君はやれやれとため息を付きながら首を振った。だから笑わせないで。


「確証はないが義理の妹とかいれば更に強力な補正が入る筈だ」

「そ、それは流石に早々いないんじゃないかなー」

「まぁ、とにかく全国に何万人もいる高校生全員に1.2倍の身体能力補正が入ってるのは相当やばい」

「うちらもちょっと前なら貰えてたのにねぇ」

「ゆーて俺は今22だぜ」

「俺も20だし」

「あ、そっかごめん」

「30代の社畜とかも補正かかるらしい…」

「あーそれは暴動起きちゃうわ。強くなって現状をどうにかできるんじゃないかとか考えちゃうわ」

「最近の異世界転生ものだとそれくらいの歳の社畜もよく主人公になってるからなー…てか俺らの年齢ってなんだかんだで一番主人公枠から外れてるよな」

「それな!」


ラノベといえば圧倒的に高校生の主人公が多い。

もし主人公が19歳以上22歳以下だとしたらそれはほぼ異世界人である。


「他にも色々あるはずなんだけど、身体能力上がる系の称号の情報ってあがった形跡はあってもほとんど消えてるんだよね」

「それはまぁ、順当な判断だと思うけど」


身体能力が上がったのは不可抗力なのに警察にマークされる可能性もある。たまったものではない。


「消すならあげんなって話だよね」

「テンションあがっちゃったんだろ」


佑一君がポンと手を打った。


「魔法使いってガチで魔法使いになってたり…?」

「確かにMPって項目あるもんな…」

「それにしちゃあ魔法犯罪って起きてなくない?」


あ、今私すごくファンタジーっぽいことを言った。


「となると魔法使いは称号として存在しないのかな」

「いや、確定させるのは早い。例えばMPもしくは魔力にアッドがあっても呪文が分からないから魔法は使えないってこともあり得るぞ」


口には出せないけど律也君、流石22歳である。


「三十路で彼女いない社畜の転生とかよく見るもんなぁ…」

「待ってそれトラックとかめっちゃ補正かかってるんじゃね?」

「ああ、転生トラックか…でも特にそういうこと言ってる人はいなかったよな?」

「うん、検索したときには無かったと思う」

「俺も見てない…」

「検索かー…そういや鯖落ちとか全然してないんだね」

「まぁ突拍子なさ過ぎて調べようにもどうしようも無いところあるしなぁ」

「Twitterで身体能力にめっちゃ補正かかってる画像あげてた人のホーム画面とかアクセスできなくなってたよ。」

「通知すごいことになってるんだろうなー大変だぁ」

「自業自得だよ」


道隆君は相変わらず毒舌だ。


「話は戻るけど、トラックなんて何万台もあるんだから、誰も言ってないってことは補正はないってことになるな」

「そっかぁ」


トラック無双とか面白そうなのに、残念。


「…この妙な現象は、生物にだけ起こってる、ってことか」

「あ、そうか。そういうことになるね」


口には出せないけど律也くんは以下略。


「てかさ、私の素早さの件なんだけど…」

「ああ、口外する気はないから安心して。…って言っても安心できないか」

「え、いや信じるよ?」

「じゃあお前、何で今その話題出したんだよ」


信じてないから持ち出したんだろ、と言いたげな視線に思わず尻込みする。


「え、いや…うーん…その、提案としては、現にモンスターが出たとしたら私って間違いなく有用だから、その有用性を秘密にしておくことで私はパーティに加わり続けることができますって感じかなぁ。」

「え、友達利用するのは気が引けるかな…」

「有用、って。俺たちが知ってるのは敏捷が高いってだけだよ」

「…他にもある、って言ったら?」

「まぁ待てよ。ヤバいの種類にもよるだろ。なっちゃんのその体…つまり血筋とか親族関係でヤバいのか、内面がヤバいのか。外付けの問題なら、別になっちゃんの所為じゃないだろ。そんなに気負うなって」

「いや、どっちも、なんだよ…」


律也君はわずかに目を見開いた。多分、私が普通の人っぽく振る舞ってるから内面の問題があるとは思っていなかったのだろう。

他の二人も少し身を引くのが分かった。まぁ、そりゃそうだよな。


「なんてね!嘘だよ。外付け外付け」

「おい止めろよちょっと信じただろ」

「こんな時に冗談とか止めてよ…」


2人に睨まれて、私は肩をすくめた。


「まぁ、ちょっとチート級なのがあるのは事実なんだよねー。敏捷に関しては確かに上がってたんだけど、元々がクソ遅いから元の全力で走ったのが運動って認識されなくて汗かかなかったのかなって感じ。モンスター出て来たら絶対協力するから、見捨てないでね?」

「おい」

「分かった分かった、ありがとね」

「…それじゃ話戻すけどよ、こっちが同等にヤバい秘密を提供するとかでも良いんだぜ」

「いやホントに良いよ別に。私は信じてるし…ってかヤバい称号でもあるの?」


言葉尻をとらえて聞き返すと、三人とも言葉を詰まらせた。なんだ、みんなの間ではとっくにステータス見せ合ってるのか。

そうか。


「探るようなこと言ってごめん…あ!一年lineにメッセージ来てるよ!

明日の選考会は延期だって」

「うわホントだ。最悪だな」


強引に話題をそらしたことによって、時間が再び動き出す。


「明日電車動いてるか分からないし順当な判断じゃない?」

「そうだけどよ…」

「あ、待って小田急って今動いてるの?」

「ってそうだなっちゃん一人暮らしだけど電車組じゃん…」

「え、誰んち泊めるよ?」

「大学で人泊める用意も一応あるらしい…学部毎のネット掲示板見て帰れない人は指示に従えだってさ」

「私、別にタクシーで帰るから良いよ、大した金額じゃないし」

「えっ…でもこの辺ってタクシー来なくない?」

「いや呼べば良いじゃん」

「そ、そっか…まぁ気を付けてな」


それから少しして私達は帰り支度を始めた。

読了ありがとうございました。

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