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人形姫

マスターの話

作者: K1.M-Waki

 いらっしゃい。


 お客さん、何になさいますか。

 はい、アメリカンね。

 フン、フフン……、


 は? 何ですって?

 ん~、昔噺って言われましてもねぇ……

 あたしんちは土地モンじゃないんで、……はあ、そうですよ。

 あたしの親父が博打で借金をこさえましてね、そんで夜逃げ同然でここまで来たんですよ。

 ま、結局、借金は親父の保険金で何とかなったんですけどね。


 ……ええ、そうなんですよ。

 この店はねぇ、その後に、おふくろが始めんたんですよ。

 あたしで二代目っていうんですかね。


 え? ……ああ。

 ま、こんな商売ですからねえ。

 でも世間話ですよぉ。

 そうそう。そういうのばっかリですよ。

 でもねぇ……

 はっはっは、お客さんも物好きですねぇ。


 はい、アメリカン。お待ちどうさま。


 ん? ええ。まぁね。

 そういや、先月も心中事件があったような……


 そうそう。それですよ、それ。

 言が悪いんで『夫婦池』なんて呼んでますがねぇ。

 ええ、そうなんですよ。ま、名所みたいなモンですけどね。

 不思議なことに、必ず男が死んで女の方が生き残るって話ですけど。


 そうそう、そうなんです。よく知ってますねぇ。

 ま、ありゃぁ、池ってよりは沼だな、沼。


 ええっ? 由来ですかぁ?

 う~ん。確か、前に近所の常連さんが教えてくれたんですけどねぇ。

 ええ、定休日に散歩に行った時にね、偶然出くわしましてね。

 まぁ、細かい事は、あんまり覚えてないんですけど。


 はぁ、そんなんでいいんですか?

 そうですかぁ? ま、どっちみち今日はあんまし客も来ないようだし。

 そうそう、何か頼んでくれたら、コーヒーのおかわりはサービスしますよ。


 へへ。そんなんじゃないですけどね。一応、うちも商売なもんで。



 ええっとぉ、昔この辺りを治めていた豪族がいたらしいんですが、どうもその殿様とお姫様が、噺の発端らしいようです。


 ええ、そのお姫様です。


 その頃、お城には、松の木の剪定に職人が何人か入っていたそうです。その職人の中に、えらい器量の良い男がいたそうで、城下の町でも、お城のお女中の間でも噂に登るほどの、美男だったそうですよ。

 で、仕事中にもかかわらず、お城の腰元やお女中が、何度も秋葉を投げてくる。男の方も、それを分かっていて、何人もの女を、とっかえひっかえして部屋に誘ったりしていたそうです。

 そんな男が、仕事で高い松の木に登っていた時、ひょんな偶然で、お城のお姫様を見てしまったそうです。


 そう、日本人形のように美しいと噂の姫君ですよ。

 男の方が放って置くわけがない。

 上手く偶然を装って、お姫様に声をかけたんですよ。すると、お姫様の方は、男の声にえらく驚いたそうです。そりゃぁそうですよ。お城の中では、その男のように気さくに声をかけてくるような下賤な者はいなかったですから。

 でも、最初は怖がって男を遠ざけていた姫様も、二度三度と男に会っては城下の話を聞くうちに、段々心を開くようになったんだそうです。さすがに部屋に連れ込まれるような事はしなかったらしいですが、仕事の合間に庭石に二人で座って話をしているところを見られるようになったらしいです。

 お姫様は。男が声をかけると、不思議そうな顔をして、それをオウム返しのように口にしたそうです。

「お姫様」と言えば、「オヒメサマ」と応える。「いい天気ですね」と言えば、「イイテンキデスネ」と答えてくれた。そうしていくうちに、お姫様は、色々な言葉を覚えて、話せるようになったと聞きます。そして、天と星の成り立ちとか、お空のお天道さまの熱いわけとかを地面に絵を描いて教えてくれるようになったそうです。

 男にはそんな難しい事は分かりません。この大地が丸いことや、星々がお天道さまの周りを回っているとか、全然信じられないような事を聞かせてくれたそうです。

 そうするうちに、男はお姫様のところにやって来て話をするのが楽しくてしようが無くなったんだ。こんな綺麗な人がが自分の言った言葉をそのまま返してくれる。それだけで、嬉しかったそうです。


 しかし、家臣の方々の中には、男のことをよく思わない者もいたらしく、そのことを殿様にご注進するような事もあったらしいです。ですが、何故か殿様は、「放っておけ」と言うばかりで、何の関心も示そうとはしない。

 で、業を煮やした一部の家臣が、男を一切出入り禁止にしたんだそうです。


 お城で働けられなくなっても、職人の男は全く苦労はしなかったそうです。何せ色男ですからね。何人かの女に囲われて、金の心配も寝床の心配も無かったからでしょう。


 でも、そうして、お城のお姫様から遠ざかると、自分の本当の気持ちに気付いたんでさあ。実は男は心からお姫様のことを愛してしまった事に。

 お姫様と離れてしまった男は、どんどん荒れていきました。懇意にしている女に連れ込まれても、全く何とも思わなくなってしまったんでさ。そんな男を、女達は離さなかった。男も、今更お城に行くなんて気にもならない。

 でも、城下でお姫様の噂を聞く度に、どこぞ庭先でお姫様の話を聞く度に、満たされていない自分を改めて思い知ることになったんでさぁ。


 で、それでどうしたか。男は、とうとう、お城に忍び込む事にしたんだな。どうにかして、お姫様に会いたい。どうにかして、逢瀬を遂げたい。今まで無かった、そういう一途な想いで、男は意を決してお城に忍び込んだんだそうですよ。

 そうして、忍び込んだ先は、お姫様の寝所だった。お堀を越え、石垣を登り、高い塀も乗り越え、お城の見張りを何とかまいて、やっとこさ男は眠っているお姫様に会うことが出来た。

 眠っていても、お姫様は美しかったそうだよ。男はそっと、横になっているお姫様の頬に触れた。しかし、その時男は驚いた。お姫様は、何と息をしておらぬ。そして、肌は氷のように冷たかった。「お姫様は死んだのか」、そう男は思い込んでしまった。

 ところが、しばらくそうしていると、お姫様は目を開いたそうな。冷たいその瞳は氷で出来ているようにも見えた。そして、お姫様は布団から手を出すと、男の手を握った。その冷たい手は、肌の白さと相まって、雪像のように思えた。

 男は、時も所もわきまえず、お姫様に自分の思いの丈を伝えた。そしてお姫様も、男と同じことを言い返してくれた。


 そこで、男は、お姫様を連れてお城から逃げ出そうと持ちかけた。有無を言わさぬ決意だったという。それで、お姫様も、「イッショニニゲマショウ」と、同じ事を答えちまったそうだ。

 男は小躍りして喜んだそうな。そして、お姫様の手をとると、大急ぎでお城を抜けだそうと算段したのさ。

 最初は上手く行った。高い壁も、石垣の岩も、お堀も難なく通り越し、外れの森まで逃げたそうだよ。ところが、そう上手いことばかりじゃない。お城でもお姫様の不在が発覚し、追手がやって来たんだ。

 男とお姫様は必死で先を急いだ。しかし、その前に立ちふさがったのが、件の池だった。男はここを越えさえすれば追ってから逃れられるのにと、地団駄踏んで悔しがった。「この池さえ越えられれば助かるのに」と。その時、お姫様も、「コノイケサエコエラレレバタスカルノニ」と言ったそうな。驚いた男は、お姫様の動じない目を見て、進退を決めた。「この池を渡る」。お姫様も同じことを言った。「コノイケヲワタル」と。

 二人は離れ離れにならないように、帯で強く手と手を堅く縛って、池に飛び込んだ。しかし、しばらく経っても二人は浮かび上がってこない。池の真ん中でブクブクと泡が登ってくるばかりだった。そして一刻ほど経った時、向こう岸の水際が波打った。そう思うまに、一人の髪の長い人が水面からせり上がってくるのが見えた。そして、それがお姫様だと分かるにまで姿を見せると、ゆっくりと岸へ上ってした。池から歩いて出てきたお姫様は、片手に腕を縛られた『男の溺死体』を引きずっていたそうな。

 そして、ピクリともしない男の変死体を見ると、不思議そうにいつまでも微笑んでおられたといいます。


 それ以来、その池はこの世で逢瀬を遂げられないカップルが、浄土で仲睦まじく暮らせるようにと願って飛び込むようになったそうです。



 さぁ、いつの時代の事なのか、あたしには分かりません。想像がつくのは、お姫様は池の底を歩いて渡ったって事。男の方は息が続かずに、水の中で憤死した事。それだけです。


 おやおや、コーヒー、なくなっちゃいましたね。さぁ、お替りはサービスですよ。

 ゆっくりして行って下さい。池は逃げませんから。


 ただし、興味本位で飛び込むのは無しですよ。




注)

  Drowning:溺死、湖沼といった水場で発生する死因

  Specific gravity:比重、物質の水に対する密度の比、人間の場合 0.923~1.060 の間

  Andoroid:人間そっくりな人工生命体。人造人間のこと。

  AI(Artificial Intelligence):人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み




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― 新着の感想 ―
[一言] SFとわかって読みながも意外な方向に話が進み、最後はそういうことか!と納得。 マスターの語り口調も良かったです。どこか不気味な雰囲気も魅力的。
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