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099:勝負は戦う前から始まっているというのでつまりオールウェイズコンバット

.


 着いて早々神殿都市の守備隊と大乱闘になった村瀬悠午(むらせゆうご)と、仲間の一団(パーティー)

 で、あるが、その後に白の女神直属といわれる神霊騎士団の出迎えを受け、ようやく正式にアウリウムへ入る形となる。

 それから、城門前広場より移動すること、30分ほど。

 一向は、ひたすら巨大な石の構造物の中を歩いていた。


 神殿都市アウリウムは、基本的にひと続きとなっている大規模な建築物だ。

 全体的な大きさとしては、裾野を含めた山と同程度。実際に雲より高い部分も存在する。

 これほどの建造物は、悠午たちの元いた世界にもありはしない。エジプトのピラミッドなど遥かに越えていた。

 この世界の至高神が座す天上へと手を伸ばす、人々の信仰がそのまま形になった大神殿と言えよう。


 という謳い文句の、超大型施設だ。


 草木生い茂る空中庭園を抜け、見上げるような白い壁にある大扉を通り抜ける。

 ここまでは木人らしき動く木や空を飛び回る妖精の姿が見られたが、そこから先は何もいない空間となっていた。

 上が見えなくなるほど高い天井。鏡のように磨き上げられた黒い床の木材。壁面は全体が淡く光を放ち、照明となっている。

 窓は無い。

 空気が張り詰め、俗界の音は一切入ってこない、魔術の類を一切用いていない概念的な結界。

 足音を立てることさえ憚られる、現世の理から隔絶された禁域であった。


 小袖袴の少年は気にせず、いつも通りの唯我独尊な歩みだったが。


 真珠の輝きを放つ鎧を纏った神霊騎士は、これまた長さも幅もある大階段の前で静止。

 悠午ら一行(パーティー)の左右に整列し、先へと促す。


「進むがいい。この上でお待ちかねだ」


「寄り道をするな。ここは我らエルフでも軽々に踏み入ることは許されぬ場所。ましてやヒト種が穢すなどあってはならない」


「女神の裁きを受けたくなければ、早々に役目だけ果たして立ち去ることだ」


 口々にヒト種への蔑視を含ませたセリフを放ち、後は目も合わさないエルフの最上級騎士たち。

 ジト目のお姉さんなどは露骨に殺気立っていたが、先ほどまでと違い特に進行に困っているワケでもないので、さっさと進むこととする。


「背景どもがぁ……! 思い出したあいつら女神イベントの時よく後ろにいた連中じゃん! NPCですらない分際で…………!!」


「結構強かったね。ロウェインさんほどじゃなかったと思うけど」


 一段一段が低く奥行きのある階段は、上るのに多少時間を要した。

 体力的には全員問題無いが、とにかく段数があるので、落ちたら面倒なことになる。ジト目の魔剣士さんの憤りは分かるが、もっと足元見て欲しいと思う小袖袴の師であった。

 “気”の総量と性質を見て騎士達の力量を判断したのは、プラス査定であったが。


 5分ほど昇り続けると、そこは上下左右がガラス張りになっている大広間、に見えた。

 足下には、遠く地上にあるアウリウムの街の景色。天井には空と流れる雲。横を見れば大地と山の稜線と地平線が。

 しかし、足で踏み鳴らしてみるとそれはガラスなどではなく、映像が投影されているだけだというのが分かる。

 それにしたって大した仕掛けだが。


「ようこそいらっしゃった、ヒト種の勇者、『神撃』のムラセユーゴ殿。その仲間の方々」


 広間中央に置かれた、大きな円卓。

 その前には、長い髪に美しい容姿のエルフの男がいた。

 若く見えるが、浮かべる微笑には浮ついたモノが一切無く、落ち着きがある。

 相手の“気”から力量を読める悠午たちには、実際の見た目と年齢が全く異なることは分かっていたが。

 加えて、外見からは想像も出来ないほどの実力者であるのも分かる。


「私はオルビエット、エルフの取り纏め役をしている。後は、我が女神の御用聞きが仕事だな。色々申し付けられては骨を折る立場だよ」


 白の大陸、白の女神の眷属の筆頭。

 かつてヒト種の英雄を(おとしい)れ、種族全ての名誉を地に落とし、今日に至るまで続く裏切り者の汚名を着せた、エルフ種の長。

 オルビエットは、全てを知る異邦人(プレイヤー)たちに、友好的で穏やかな顔を向けていた。


                        ◇


 祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)は、白の大陸を挙げて行われる一大武闘大会となる。女神がそう求めたのだ。当然そうなる。

 もともと神殿都市アウリウムは大陸最多の住民を抱えていたが、この催し物を控えて全土から大勢の人々が集まっていた。

 その賑やかさたるや、まだ本番の前だというのに、騒ぎ過ぎた大衆の整理に守備隊が駆り出される始末である。

 そんな状況で外から来たバケモノどもの対処まですることになったのだから、過重労働甚だしい職場環境であったと言えよう。


「すっごい活気。街全体がこんなか」


 かような守備隊の苦労はともかく、小袖袴の少年はお気楽に祭りの喧騒をお楽しみ中である。


 エルフの長、オルビエットには『お勧めできない』と言われているのだが、悠午と仲間たちはアウリウムの見物に繰り出していた。

 一応、敵情視察という名目ではある。万が一の時に、逃走ルートの見当くらいは付いていた方がいいだろう、という話だ。


「NPC多過ぎ! 処理が重いんじゃー!!」


「うえー……こういうの久しぶりでちょっとクラクラするぅ」


 プレイヤーのお姉さん方も、最初こそこの賑やかさを楽しんでいたが、日本の通勤ラッシュが如き人混みに揉まれて今は音を上げている。

 出店廻りをしている場合ではない。こんな状態で商売になるのかと心配したくなるレベルだ。

 目が回るところを反骨心だけで耐えるジト目さん。職場に行く時の駅の人口密度というトラウマをぶり返すグラドル。

 隠れ目少女は悠午の小袖を握り締めていたが、背中にくっ付いているのを喜んでいられる余裕は無かった。


「あのエルフの長が言う『勧められない』ってのは、まさかこういう事かぁ?」


「いやヒト種だからでしょ、大会前にまた揉め事起こすなって言ってたじゃんあの長」


 人混みに日本人ほどの耐性が無い地元冒険者のおっさんは、ドラゴンとの戦いでも出したことのないような悲鳴を上げていた。

 オルビエットの意味ありげなセリフには鼻で笑っていたが、今は素直に後悔している。

 肩車状態で楽しているビッパは、ツッコミ気味に訂正していたが。


                        ◇


 そもそも(くだん)の武闘大会、祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)とやらには出なければならないのか。

 ここアウリウムまで持ってきた疑問をオルビエットにぶつけたところ、やはり女神に会う最短ルートはこれに優勝するしかないだろう、という結論になってしまった。

 悠午としても、簡単に会えるとは最初から思っていなかったが。

 むしろ、確実に目的を達成できるルートが明確になっている分、マシだと思うしかない。


 というワケで正式に大会へのエントリーを告げたところ、エルフの長は本番まで大人しくしていて欲しいと仰る。アウリウムに入って速攻で守備隊とのバトルをやらかしたので、切実な願いではあっただろう。

 大会の開始までは最高の持て成しをする、との申し出もあったのだが、結局はこの通り。

 宿に引っ込んでいるつもりなどなく、アウリウムに繰り出し見物中と、こういうワケだ。



 自分だけではなく仲間たちも大会に出場することになってしまったので、その前に敵を見せておきたいという悠午の意図もあったが。



 悠午も、大会に出るのは自分ひとりでいいだろう、とは思ったのだ。

 実際、オルビエットから仲間の出場を打診されたその時にも、そう言った。

 ところが、(いわ)く『神撃』のユーゴは種族の英雄クラスの実力を持つ、との理由で、シード扱いに。

 英雄やそのレベルの実力者が出揃うであろう、本戦最終ラウンドからの出場となってしまった。

 後出しジャンケンみたいに決められるのは気に入らないが、初戦から悠午のような達人が格下相手に無双しても意味が無い、というのは遺憾ながら理解できなくもない。

 かと言って、女神のゴリ押しとはいえ嫌われ者のヒト種の異邦人(プレイヤー)が、いきなり本戦最終ラウンドにエントリーされても、他の種族からの不満が上がるのは避けられないとか。

 よって、その女神の一押しである悠午の仲間に、大会序盤から実力を示して欲しい、とこういう理屈であった。


 そんなのあんた方の事情でオレらには関係ないだろ、という意図を丁寧に申し上げた小袖袴の少年であったが、オルビエットの返答は、それも女神のご意志である、と。

 その辺の『ご意志』とやらを是非に直接確認させてもらいたいところだったが、この世界の全ての上に立つ神に拝謁賜るには、相応の手順が必要である、とオルビエットに却下された。


 本当に女神の意思なのか疑わしいモノであるが、そうは言ってもエルフのトップを締め上げても何が解決するワケでもない。その辺手強そうなエルフの長でもあるし。

 是非もなく、悠午と仲間たちも委細承知して、オルビエットの前を辞し、至る現在である。


                        ◇


「この辺かな…………ちょっと上に出ようか? 流石に身動き取れんわこれじゃ」


「いや悠午のそれどうなってんだ……?」


 周辺の“気”を探り、目的地として適当と判断する小袖袴の師匠。

 人混みに辟易したようなことも言っているが、実際には悠午の前後ではヒトの流れが大きく割れていた。

 また何か特殊な術でも使っているんじゃないか、とジト目を凶悪にしたお姉さんが問うが、悠午は特に何もしていない。

 千と数百年を数える武家の次期当主の風格か、生物として圧倒的な強者を周囲の者が本能的に避けているのか、勝手にそうなるのである。


「この『上に出る』……って、縮地、とか? わたしは……まぁ出来るけど、カナちゃんとか朱美さんは辛くない?」


「足で壁の“気”を捉まえて足場にすれば、これくらい簡単に登れるよ。大会で実力者達を相手にするとなると、自分の距離を作るのはかなり重要なことになる。足場を選ばないのは大きなアドバンテージになるだろうね」


 小袖袴の先生につられて、巨大な城壁と建物が一緒になっているような石壁を見上げる軽装グラドル闘士。

 高さにして50メートルほどか。傾斜角度は見たまんま90度。でこぼこしているが、目立つ出っ張りなどは無し。

 小春は戦士職なので運動能力は高いが、魔法職の()たちは大丈夫か不安だ。


 これに関しては、小春の過保護と過小評価であると言えたが。


「ほーらこっちこっち!」


 小袖袴の師匠が軽く飛び上がると、壁の真ん中辺りに両足を着けて平然と立つ。無論、身体と地面は水平になっていた。

 そんな体勢で後ろへ、つまり地面から見て上の方へ、足取り軽く下がりながら皆を呼ぶ。

 もう仲間たちから見てもワケが分からないが、周囲のエルフや獣人たちには、もっと意味が分からないだろう。


「フィアさま、先に行きますので、どうぞお手を」


「いいわ」


 まず動いたのは、青年剣士のクロードだ。

 身体をたわめて壁へと飛ぶと、悠午の下の方で足を固定。やや上体を背中側へ傾けながら、地面の方を向き手を伸ばす。

 そこへ着地したのが、魔道姫のフィアだ。先に出されているクロードの手を、貴人が騎士にするように取っていた。

 お互い90度傾いていたが、体幹も鍛えているので垂れ下がらずにいられる。爆乳も型崩れしない。


「ったく、ウチの師匠(マスター)はいつでもどこでも修行だな。飽きんねまったく」


「おもしれー! おっさんもはよはよ!!」


 小柄な斥候の少年(偽)を肩車したまま、大男の冒険者は壁を駆け上がった。

 重量級だけあって軽やかな動きとはいかないが、肩にひとひとり乗せたままズンズンと上に歩いていく。


「カナみん奥さんダーッシュ!!」


「う、うんー!」


「ええ!? わ、若い子みたいにはムリよー!!」


 ジト目魔剣士と隠れ目呪術士のふたりは、両側から若奥様の手を取り石壁に向かってダッシュからのジャンプ。

 着地してから足場を固定するのに数秒おいたが、慣れてからは一歩一歩恐る恐る壁の上へ進んでいった。


「小春姉さんはダンさんを縮地に巻き込んで引っ張り上げてね」


「はぁ!? ちょ! わたしだけ難易度高くない!!?」


「何言ってんだ一番弟子。出来ないことは言わないしこの前もやっているんだから、見せてくれ」


 挑発的な笑みの悠午に言われて、若干恨みの入ったウェットな目で睨み付けるグラドル美人。おまえエルフの守備隊にぶつけられたのまだ忘れてないからな。

 いつかこの年下の少年を追い詰めて悲鳴を上げさせたい、そんな性癖に目覚めかけるお姉さんであるが、仲間たちがどんどん上に行っているのに、自分だけいつまでも見学していられず。


「ええいダンさん手を出して!」


「照れるね」


 やけくそのように黒髪のミステリアスガイの手を掴むと、小春は渾身の力で石壁の土“気”を手繰り寄せ、自分と同行者を一気に端へと押しやった。


「いい出来じゃん、できれば大会までに縮地へ入る間を10分の1以下にしたいけど」


「脳の処理速度を10倍にしないと難しい気がする…………」


 石壁の上で腕組みし、弟子の出来栄えをそのように評価する師匠。グラドル一番弟子は体力の消耗よりも、そんな要求水準にグッタリした。

 小春が登った後に続き、魔道姫と従騎士、でかいおっさんと小さな子供、女子高生と振り回される奥さんも絶壁を登り切る。

 下を見ると、呆気に取られたアウリウムの住民や観光客が、悠午たちを見上げて口を開けっ放しにしていた。

 この高さからだと人混みだけではなく、神殿都市の景色がよく見える。


 そして、


「見事だ……。この人数のヒト種がこうも精霊を的確に操るとは。完全にエルフ顔負けだな」


「魔術も用いず柔軟に精霊を身に纏う……。こんなのはじめて見ました、先生」


 城壁の上の大きな通り道、そこにいた複数の人物の中に、悠午たちを鋭い目で見据える老人と、目を見開く若者がいた。

 若い方は頭髪部分が若葉になっている木人の特徴が見られるが、老人の方は一見してヒト種である。


「まずはひとり…………いや、ふたり?」


 そんな師弟らしきふたりを見て、小袖袴の達人は小さく(つぶや)いていた。





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