098:波風を立てるなと言われてもそれじゃ進めないだろうがというまったくな正論
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白の大陸、足跡の港『アポティ』。
島国アルギメスとの玄関口となっている、多くの大樹が海へと迫り出している港町である。
ここには現在、多くの船が詰め掛けていた。
一隻一隻が大きく、武装も施された物々しい装いの大型船。それらが、港に入り切らず沖合いにも停泊している。
白の大陸の船ではない。それらはほとんど、黒の大陸のモノだった。
先に着いていた白の大陸軍の船も、今や黒の大陸軍の制圧下だ。
ゾロゾロと無数に下船してくる、鎧を着た兵士。運び出され、町の外れに積み上げられる物資。
小さな天幕も無数に張られ、兵士の宿営地が構築されている。
アポティの住民達は気配を殺し、締め切った窓の隙間から外の様子を窺っていた。
冒険者組合など、大きな建物は問答無用で軍隊に接収され、ウサギ獣人や何人かの職員が反抗した末に痛めつけられ拘束されていたが。
「入ったなぁ白の大陸。いよいよガチなレイドイベントかよ。燃えてくるわ」
「いい加減クリアしたいよねぇ、アウリウム。毎回イベントでなかったことにされちゃってさー。システムで守られるなんてズル過ぎ」
「さーエルフをフルボッコにするよ! ムカつくエルフの顔面を殴って殴って殴って殴って――――!!!!」
「相変わらずの性格の悪さネ……。でも英雄クラスが出てきたら単独で突っ込むとマヤなんか死ぬヨ。アーガスみたいに孤立シテ逃げられないところを嬲り殺しにされても知らないネ」
そんな大勢の兵士が作る流れのド真ん中、装備も人種もバラバラな集団が街中を進んでいる。
身体にフィットする黒い軽装の双剣士。金髪が巻き毛となっている槍使い。ゴツい腕装備の格闘職。セクシースタイルの召喚系魔法職など。
あたかも、自分たちが主役であるかの如く堂々と振舞う、異邦人たち。
その中心にいるのは、不敵な微笑を湛えた金髪の少年、アストラをはじめとした黒の大陸の数々の国で勇者の称号を認められた、冒険者団のリーダー。
白部・ジュリアス・正己である。
「今度こそエルフによる専横を打ち砕き、偽りと欺瞞に塗り固められた世界を正す。でもそこからが本番だ。プレイヤーがこの世界で生きていくにも、帰る方法を探すにも、全てのヒトが安心して暮らしていける体制を作らなければならない。
これから先もみんなの力が必要だ。こんな所で躓かないでくれよ」
「おいおいヒト使い荒すぎだろこのリーダー。エルフの本部を攻略するのはこれからだっつーのに」
「みんなでがんばりましょうね!」
「エルフを倒せば次は内政フェイズですからね。お金もかかりますし、アウリウムでの収穫に期待したいところです」
「えー? 難しいことはジュリくんに任せるよー」
大志を抱き、仲間を信頼し、また信頼される尊敬すべきリーダー。
黒の大陸、そしてプレイヤーたちの希望と期待を一身に背負う、勇者。
今やパーティーという枠も超え、ジュリアスは解放の象徴として全ての者の前に立っていた。
もはや同行する軍団の中に、勇者を「物を知らない異邦の小僧」扱いできる者はいない。少なくとも、表立っては。
アルギメスの白の軍を蹴散らし、ついには黒の軍を勝利に導くほどの、圧倒的な実力。
現在の軍の戦意の高さは、この勇者の活躍によるところが果てしなく大きいのだ。
更にここに来て効いてくるのが、勇者ジュリアスを政治的に後押しする、アストラ国第3王女の存在。
勇者が戦果を上げることでミクシア王女の発言力も大きくなり、今や軍の行動を左右するまでになっている。
実際に軍を率いる将軍たちはそれを苦々しく思いながらも、異を唱えることも出来ずにいた。
黒の大陸軍は、後はもう敵の本拠地である神殿都市『アウリウム』まで一気に攻め込む雰囲気だ。他ならぬ勇者がその気を見せており、いまさら軍議など開いたところでそれは変らないだろう。
そして、アウリウムでは各種族の実力者が集まり、暢気に武道大会など開いている、との情報が入っており、まさに好機としか言いようがなかった。
勇者の考えは常に正論であり、それを実践し、実績を上げている。
しかしその正道しか見ない、ただ自分の正義に周囲を迎合させているような現状に、危機感を覚える者も確かにいるのだ。
近しい仲間は、今までに幾度となく見せた勇者の暴走を不安に思いながらも、圧倒的多数の人間が勇者を盲信している現状に何も言えずにいた。
このような危うい状況を操り、見下ろしてほくそ笑んでいる存在に気付く者は、誰もいない。
◇
白の大陸、神殿都市『アウリウム』。
白の女神の眷属種族が棲む大陸。その中心的な都市であった。
女神を讃える神殿そのモノが街となっており、女神の加護が最も篤いとされる、女神が直接降臨する聖地。
この世界において最も繁栄した巨大城塞都市であり、実質的にエルフの統治する総本山である。
「抵抗するな! 我々に逆らうと――――ぐえぁ!?」
「ケルキダー!? おのれヒト族がー!!!!」
「魔法師を呼べ! ゴーレム騎兵とクロスボウ隊もだ!!」
「騎士も呼ぶんだ! ヒトのプレイヤーが攻めてきたぞぉおお!!」
小袖袴の青年、村瀬悠午と仲間の一団がアウリウム入りして間もなく、大乱闘になっていたが。
獣人の戦士たちとその英雄の案内で城門をくぐって間もなく、一行は街の治安を守るエルフの守備隊に囲まれることとなった。
英雄ロウェインは、悠午らの訪問は女神の招待によるものだ、と言うが、エルフの守備兵たちは聞く耳を持たず。
『ヒト種は拘束する』の一点張りだ。
さてどうしたものか、と殺気立つ周囲を気にもせず、小袖袴の少年は考える。
実際のところ、この展開は十分に想定の範囲内だった。なにせヒト種とプレイヤーに敵対する白の大陸の中枢部だ。
ロウェインの出迎えのことを含め、全てが罠である可能性も最初から考えていた。
ゴリさんの性格を鑑みれば、それはないと分かってはいたが。
選択肢はふたつだ。大人しく拘束されるか、抵抗するか。
目的地がここアウリウムなので、逃走という選択肢は取れない。
常識的に考えれば、抵抗はするべきではないのだろう。なんと言ってもエルフと白の大陸の種族の本拠地なのだ。どれだけ戦力が湧いて出るか分かったもんじゃない。
しかし、拘束なんて好んでされたいものではないのも事実。
悠午ひとりなら取調室で机に仁王立ちしヘドバンきめてハードロックだって歌えるが、仲間たち、特に同郷のお姉さん方は大分不安だった。
何より、気に入らん。
そんなワケで、最悪総力戦になっても切り札を使うつもりで、やれるところまで暴れることにしたのだ。
正確には、大学生グラドル戦士ら弟子のお姉さんたちに暴れてもらうのだが。
「うぉりゃー!!」
「死ねやぁあああ!!」
「じ、樹雷ー!!」
ハルバードの一振りと、隆起する石畳の地面により、カタパルトで跳ね上げられたかのように空を飛ぶエルフ守備兵。
飛来する多数の火球による連鎖爆破で、焼け焦げて地面を転げ回る重装守備兵。
秒速340メートルで拡散する青白い電撃に、撃ち抜かれて煙を吹いて膝を着くゴーレム騎兵。
遠距離から魔法や飛び道具を使おうとするエルフは、無数に群がる炎の鳥に体当たりを喰らい踊り狂うハメに。
突撃してくるエルフは、無手の青年剣士に片っ端からカウンター喰らう。
黒い霧に巻かれて方向感覚を無くす守備兵の集団。
そして、何人かのエルフを適当にあしらった後、大男の冒険者はオープンカフェの席に着いた。
「なんだなんだ優雅なもんだな、ユーゴ。いいのか嬢ちゃんらに任せて」
「ま、これくらいならね…………。いずれエルフとは本格的にぶつかると思っていたし、この程度の相手なら片手間にどうにかしてくれないと困る。
英雄でも出てきたら、その時はオレが相手するよ」
「英雄なぁ……。ロウェインのダンナや、海で襲ってきた羽付きの英雄と同格の、か。武芸の大会だってんなら、ここにきているかもな。
まぁいいや、おい俺にも酒をくれ! あとハムかベーコンみたなツマミもな!!」
小袖袴の青年は、テラス席でティーカップを傾けていた。これも修行と思って仲間に任せているのだから、サボりと言わないで欲しい。
ゴーウェンとしても、どうも守備隊程度を相手に自分も加わるのは火力過剰だと思ったので、戦列を離れている。単に酒を飲みたくなったからではない。
隣の席では、黒髪のミステリアスガイ、冒険者のダンと、性別詐称の小柄な斥候職、ビッパも寛いでいた。
エルフの女性給仕は、緊張した表情で注文通りの酒と小料理を持ってくる。
ヒト種相手に仕事などしたくないが、公的正義であるエルフの守備隊を余裕でブッ飛ばすアウトローどもだ。
逆らえば何をされるか分かったものではない、と思い忠実に業務をこなしていた。
「フンッ! どうやら我らが手出しする必要はなさそうだな。女神の意思に反しているのはエルフどもだ。徹底的に叩きのめしてやればいい」
同じく、大きな身体を標準サイズのイスに押し込み茶を飲んでいたのは、ボスゴリラの英雄ロウェインである。
当初は居丈高にくるエルフへ殴りかからんばかりだったが、悠午たちが余裕で対処できているので、手出しを控えていたのだ。
それに、獣人種は飽くまでも白の大陸を支える主な種族の一画。その英雄が、まさか同じく英祖の連盟の代表的な種族であるエルフと衝突するワケにもいかない。
そんな自分やエルフに比べれば、まったくどこまでも小気味良く羨ましい連中だとロウェインは思う。
ここで分かれるのが名残惜しいくらいだった。
「女神の導きとはいえ、ここは見ての通りエルフの天下だ。だが心配は無用だったな。キサマらなら祝士武台でも、存分に力を見せ付けることが出来るだろう。舞台で会うのが楽しみだ」
「オレはちょっと複雑だけどね。これでも武人の端くれだから遠慮はしないけど。
世話になったロウェイン、また会おう」
「あんたと戦場で出喰わすのは御免被りたいもんだ。またな、ロウェインのダンナ」
固く握手し、小袖袴の武人と大猩猩の英雄は別れを告げる。
大男のおっさんも、ボスゴリラや他の獣人の戦士たちに別れの挨拶をしていた。
今この瞬間にも、カフェの外ではエルフが宙を舞う大騒ぎが続いていたが。
◇
城門前の広場で大暴れするヒト種に対し、エルフの守備兵のほか木人種や比翼種の兵まで繰り出され、いよいよ大取り物どころか戦争の様相を呈してくる。
小春たちを取り囲むのも、重装歩兵の前衛と飛び道具による後衛により編成された、列記とした戦闘陣形だ。
そして、何故か篭城戦の拠点のようにされて涙目なカフェと店員。
泣きそうなのは、応戦中のお姉さん方も同じだったが。
「ちょっとー!? 悠午くんこれいいの!? なんか凄い事になっているけどこれいいの!!?」
「悠午とおっさんお前らも戦えー!!」
ややキレ気味なグラドル重戦士と、いつも以上にブチギレなジト目魔剣士(祝)。
怒られている小袖袴のヤツは、相変わらずゆったり見物中。おっさんはアルコールが入り大分出来上がっていた。
「いやー討ち入りって単に気分の問題だったけど、図らずもそんな感じになってしまった。オレ達を呼んだなら呼んだなりに、そろそろどうにかしてくれんかな」
「向こうもこれ引っ込みつかなくなってんじゃねーか? このまま俺らだけでエルフと戦争かよ。流石にロウェインのダンナは出てこないと思うが、他の連中が出張って来ると少々面倒じゃねーかぁ?」
「羽付きの英雄はユーゴに因縁もあるだろうしね。後はー……木人のと妖精のとエルフのと人魚の英雄かな」
「小人族の英雄は?」
「…………争いごとに向かない連中だし、よっぽどのことがない限り出てこないんじゃない?」
女神のご指名ということで、騒いでいればそのうち何かしらリアクションがあるだろうと思っていた悠午だが、事ここに至って少々焦れてくる。ゴリラの親分も、到着した後のことは聞いてないと言っていたし。
このままでは、アウリウムまるごと制圧しなければ収まらない事態に突き進んでいる気がしなくもなかった。
それにゴーウェンの言う通り、ヒト種相手とあってはエルフの怒りも自然鎮火はしないだろう。本当に全軍を繰り出して来かねない。最初に仕掛けてきたのはエルフの守備隊の方なのだが。
また性別詐称斥候のビッパが言うように、ロウェインや比翼族の英雄ウルリックと同格の戦士が出てくる可能性もある。
その時はその時で悠午がしばき倒すつもりだが、一度に全員出てこられると面倒だな、くらいには思っていた。
主に、アウリウムの被害に配慮できないという意味で。
「俺らでも英雄ひとりくらいなら相手できるだろうがな……。実際どう思うね、我が師よ?」
「んん? そうねぇ…………」
悠午ひとりで白の女神の英雄7人を相手取るとなると、それなりに手一杯になってしまう。ちなみに人魚種族の英雄は海から出ても戦えるらしい。
では仲間たちに英雄の相手が出来るか、とゴーウェンに問われると、これには小袖袴の師匠も少し考え込む。
みんな強くなった。特にグラドル大学生の小春、ジト目女子高生の小夜子、隠れ目少女の果菜実の、日本人3人。若奥様の朱美も、それなりに実力を伸ばしているが。
元が平和に慣れ切った一般人であることを考えれば、元の世界に戻った後の社会復帰が心配になるほどの力量だ。
姫城小春は、ここまでの旅でレベルを『51』に上げていた。メインストーリーの中盤レベル、攻略ガチ勢だけが到達できる領域だ。
戦士→重戦士→闘士とロールチェンジしているが、鎧を身に着けるより剛体法の方が楽で頑丈なので、もはやグラドル風の薄着が基本の姿となっている。
して修行の進捗としては、“気”の本性である土業から金業にまで派生させ、実戦レベルで使える武器としていた。
純戦士職として悠午に白兵戦も鍛えられているが、武人初心者を名乗れる程度には筋の基礎が出来てきたか。
実戦となれば、気功術と基本的な武術とプレイヤーのスキルを総動員して応戦する、実戦に強いタイプというのが師匠の評価だ。
御子柴小夜子は、現在レベル『45』。小人族の村での一件後、念願の魔剣士へロールチェンジしている。
純魔法職から戦士職に寄りプレイヤービルドに不安を残すが、気功術と五行術を駆使し、距離を選ばず高火力を発揮するという戦い方を固めてきた。
また、魔法職の魔法スキルを五行術で増幅しており、レベル45としては桁違いの破壊力を叩き出している。
気功の目である洞察術に優れ、敵味方の力量の見極めは意外と正確。攻撃精度も高いが、性格的にムラがあるのが親戚の少年としては不安だ。
久島果菜実のレベルは、『43』だ。ロールは呪術士のままだが、このまま基本的な魔法職のツリーを進めるか、クラフト系や召喚系に進むか思案している。
気功術と五行術に関しては、小夜子と同様に魔法スキルの増幅を活用しながら、悠午と同属性の木“気”の熟練に熱心なようだ。特に弱電圧によるスタン攻撃が性に合ったらしい。
雷撃の速度的にパーティーいちの速射砲になりつつあるが、本人の性格的に先手必勝という感じでもないので、専ら迎撃専門である。
師匠としても、好戦的になれとは言わないので自分の身を守る術さえ覚えてくれればと思っていた。
梔子朱美はレベル『40』と、プレイヤーの中では最もレベルが低い。果菜実以上に戦闘に向いた性格ではなく、身体能力的にも機敏な方ではないので、妥当な結果かと思われる。
ロールは魔術士から変らず。特にこだわりのビルド計画もないので、このまま基本的な魔法職ロールを辿っていくようだ。
気功術の習得度合いも、年下の少女達に比べてやや遅い。パーティーでは唯一の水業なので、そちらが一番伸びているといえば伸びている。一応木業にも派生できる。
通常のレベル40プレイヤーに比べれば圧倒的に高い能力を持つが、応用という点では取り立てて得意とする術もなく、至って普通の魔法職プレイヤーと言えた。
プレイヤー以外はというと、
魔道姫のフィアは自己鍛錬の末に、本性の火以外に土、金、水、木と五行属性全てへ派生させるに至っている。本命である五行の輪廻、無限の魔力の奥義に指をかけた形だ。
もともと習得していた魔術を、五行で更に強化するのが基本的な戦術。五行属性が相生順に派生するという特性を利用し、魔術自体も進歩させていた。
師匠の技術、用いる術を貪欲に取り込み、己のモノとしている。
フィアの護衛剣士クロードは、かつての師匠と同様な内向きの“気”を徹底的に鍛える方針により、完全に常人離れした運動能力を手にしていた。
剛力法による膂力の強化、流体法による身体の“気”そのモノの操作により、瞬発力と機動力は悠午以外だと追い付けないほど。
同時に、正統派の剣士としての剣術も重点的に磨かれていた。才能のある小夜子とは比べられないが、対人戦闘において最も重要な洞察力、洞察術も鍛えられている。
反面、五行属性を発“気”する術は全く教わっていないので、完全に純粋な剣士としての技量のみが戦闘の手段となる。
戦い方と武器さえどうにかすれば、補って余りある実力と言えたが。
ゴーウェンは『断頭』のふたつ名を与えられるだけあって、最も安定した戦士だ。
パーティーの中では最後に修行をはじめたにもかかわらず、屈強な精神力で早々に気功術を修め、大剣を用いたパワーファイターとしての自分に合致させている。
本性である金行の剛体法は小春より精度が高く、得物の大剣を強化修復することで、継続戦闘能力と総合的な打撃力が大きく増した。
更に、応用として金属片の具象化や金から派生する水“気”を刃としても発生させ、中距離での戦いにも対応して見せていた。
こうして改めて振り返ると、みんなちょっと個性的過ぎやせんかな、と師匠ちょっと悩む。実家とは大分違うなぁ。
それはそうとして、これまで戦った英雄クラスと戦えるか、という点においては、通常形態までは十分勝負できると思う。
しかし、英雄の奥の手、神降ろし状態となると、悠午でも全力を出さなければならないほど。
今の仲間たちが総出でかかったとしても、幸運が必要となってくるだろう。
となると言い換えれば、いざという時に備えて仲間たちに用意しておくべきは、神クラスを打倒し得る手札か? と。
そんなことを考えている間に、戦場の方に新たな動きが出ていた。
包囲しているエルフの方が騒がしくなり、戦闘陣形が後方から割れてきたのだ。
その真ん中を堂々と通り抜けてきたのは、守備隊とは異なる美麗な全身鎧を装備する、ウマに騎乗した一団。
佇まいからして、明らかに高位の戦闘集団だった。
「双方そこまで。剣を収めよ」
「このヒト種どもは、我らが女神に召喚された者たちである。女神のご意志に背くこと、罷りならん」
馬上から周囲を睥睨する、新顔の騎士たち。
すると、いきり立っていた守備兵は慌てたように武器を下ろし、顔を伏せて礼の姿勢を取っていた。
戦闘を外野から見ていたアウリウムの野次馬たちも、声を押し殺して囁き合っている。
「神霊騎士が出てきたね。女神の命にしては、随分遅いじゃないか」
「『神霊騎士』?」
黒髪の冒険者は、今までと変らない調子で、新手の騎士たちの名を口にしていた。
「神霊騎士、女神に仕える騎士たちさ。と言っても、見たとおりエルフのみで構成されていて、他の種族はいない。エルフの長が組織する騎士団なんだけどね。
名目上は女神の直属の配下だから、各種族の英雄くらいには地位が高いんだよ。
もっとも、エルフの意見は違うだろうけど」
真珠色の鎧を纏う、精悍な、あるいは傲岸な面構えのエルフの騎士団。
女神の側近という、エルフの種族としての立場を象徴するような存在。
その中のひとりが城門前の広場の中へ進み出てくると、小春らを無視しカフェにいる悠午たちに近付いてきた。
「『神撃』、ムラセユーゴ。我ら全ての尊き主、女神のお召しである。帯同せよ」
静かで抑揚も無いが、有無も言わせず決定事項として言い放つ女神の騎士。
そんな物言いに「嫌です」とノータイムかつストレートに返したくなる少年だが、ここまで――仲間が――暴れて収集が付かなくなりそうだったこともあり、話を進める為にも言われた通り付いて行くことにした。
守備隊の兵士全員が真っ二つに割れ、通りの左右で自然と整列したような形になる。
散々吹っ飛ばされ汚れ切った兵士たちの、物言わぬ視線が非常に刺々しい。
そんな中を歩いていく悠午だが、ひたすら戦わされたお姉さん方からの視線も、なかなか厳しいものがあった。
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