097:歩くだけが旅ではなく広義においてはその目的も含むと知る
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この世ならざる屍獄の領域に落ち込んでいる、小人族の集落。
その暗闇の中、燃え上がる火“気”の柱によって作られた、無数の影が躍っていた。
押し寄せる亡者の兵と、それらを迎え撃つ大剣を振るう大男の冒険者、それに大猩猩やオオカミ、ゾウ、パンダといった獣人の戦士たち。
それら前列が邪巨人や狂戦士といった強敵を叩き、死体のような兵士や無数の剣を生やした四足獣といった雑兵が村の斜面を駆け上がる。
雑兵、と言えども、か弱い小人族には致命的なケモノどもだ。
空間そのものを現世から切り離された村に、逃げる場所などありはしない。命を削る死の霧の滝から先は、何も無かった。
シャドウガストはワケも分からず逃げ惑う小人族の村人にも容赦なく襲い掛かるが、これを迎撃するのは族長宅の前に陣取るプレイヤーの少女達と、手が離せない仕事をしている魔道姫の護衛剣士である。
中でも、この土壇場でポテンシャルを爆発させた薄着の女重戦士、姫城小春は村人を襲うシャドウガストを片っ端から叩き潰す、一騎当千の活躍を見せていた。
◇
「ははッ、やるがな小春姉さん。やっぱありゃ本番に強いタイプだったかな」
そんな弟子の活躍を、ネコ被っていない素の笑みで村瀬悠午は見ていた。俺様スマイルである。お姉さん達には見せられない。
無論、ただのんびり見ているワケでもなかった。
周囲は地獄もかくやの有様である。
ほぼパーツ単位で転がっているシャドウガストの黒騎士や、大型の節足動物。
砕けて隆起する足元の氷床。にもかかわらず、隙間から噴き出す超高温の蒸気。
舞い散る粉塵の中では紫電が奔り、火の粉が無数に舞い、コブシ大の雹が降り続けている。
世界を構成する“気”が完全に狂っている証だ。
そして、距離を開けて相対する両者。
シャドウガストの王は剣を氷床に突き立て膝をつき、小袖袴の達人は全身に傷を負っていた。
取り巻きのシャドウガスト兵は、ほとんどいない。自然災害か原爆投下のような戦いの余波だけで砕け散っている。
今回は幸か不幸か巻き添えになるような者も少なく、配慮すべき自然環境も無い。管理者の死の神様には怒られそうだが。
そんなワケで、以前と違い悠午も形振り構わず手札を切れた。
右手に火“気”の極み『倶利迦羅竜王』、左手に木“気”の極み『七支刀』という、世界を滅ぼしかねない二刀流。
神であろうとしばき倒すには十分過ぎる奥義だったが、シャドウガストの王はこの状態の悠午と五分にやり合っていた。
「さて武人としては尊敬に値するけど…………忙しいからそろそろブッ潰すぞオラァ!!!!」
「レェウスッッ!!」
14歳の少年が凶暴な本性剥き出しで突撃する。
血で固まったような大剣を引き抜き、黒い魔力を刃に変えて振り抜くシャドウガストの王。
激突する強大な魔力は衝撃波となり、凍った内海全域に致命的な破壊をもたらした。
焦点温度1000万度に及ぶ刃が大気も水さえも焼き尽くし、熱風と爆風が辺り一帯を吹き飛ばす。
大電力の剣が狂ったように雷撃を乱れ飛ばし、超高周波の悲鳴が雷鳴と共に空間を麻痺させた。
そんな鬼の大火力を、叢雲一千年の太刀筋で振るう悠午。
斬撃は直線上の全てを焼き斬り、横薙ぎにすればあらゆるモノが頭を上げる事を許さない。
そしてシャドウガストの王は、自然災害を凝縮したような斬撃を、全て黒い大剣とその魔力で打ち返す。
長大な黒い魔力刃が雷撃の剣に斬り裂かれ、彼方に破壊を撒き散らした。
白炎が黒い魔力と互いを燃やし合い、輻射熱が駆け抜けるとその場のモノが燃え上がる。
悠午や、この領域にいる者たちの、最大の欠点と言えるだろう。
神に等しい力を振るうばかりに、並の人間や仲間に立ち入る余地が与えられないのだから。
「んもぉおおおおお! おんどれらぁ外でやれぇ!!」
そして、上空で見ていた死の神プルゲトが、ついにキレた。
実際にはようやく準備が整った為だが、我慢の限界だったのも事実なのだから同じこと。
悠午たちがシャドウガストの力を押し返した事で、屍獄の管理人がその力を振るえるようになったのだ。
ズゴンッ! と足下が大きく揺れ、小人族の村が物凄い勢いで上昇を再開する。
倒れるように押し寄せる霧の滝だが、これは悠午が創り魔道姫が維持する結界により阻まれた。
「な、なにこれなにこれ!?」
「落ち……いや上がってる感じだわこれ」
ビックリして周囲を見回す薄着重戦士に、腰が抜けて地面に手を突いているジト目魔剣士(予定)。思い出すのは、元いた世界のエレベーターで上に参ります。
隠れ目の呪術士と奥様魔術士は、不安そうに身を寄せ合っている。
村の外は霧でいっぱいになり、もはや何も見えない。
そう思ってたのも束の間、唐突に振動が止むと霧も急速に薄くなり、今までとは質の違う夜の闇が広がっていた。
◇
もともと、小人族の集落と半分閉ざされた内海のあった一帯。
現在は霧のドームに覆い隠されているそこから、事を謀ったエルフたちは撤収しようとしていた。
危険視された異邦人、それにヒト種の冒険者ども、ついでに下等な獣人種は、全員まとめて忌まわしい屍獄へと突き堕とした。
非常に晴れやかな気持ちである。夜の風が心地良いくらいだ。
問題は全て処分し、自分たちが煩わされるようなことは、もうない。
尊敬すべきエルフの長、オルビエットにも良い報告ができる。
そんな達成感を胸に、エルフたちは無言で踵を返していたのだが、
突如ドスンッ! と地面が揺れたかと思うと、霧のドームが膨れ上がり、そのまま形を維持せず薄く散っていってしまった。
「なんだッ……何が起こった!? 屍獄の穴が閉ざされるのは夜明けのはず!!?」
「いや見ろ! チビどもの村が戻っているぞ!!」
「どういう事だ!!?」
一気に霧が晴れたそこには、小人族の村の景色があった。前と違いかなり荒れているが、族長の家の周囲には相当数の村人の姿もある。
ヒト種、それに獣人種と思しき者の姿もだ。
シャドウガストも確認できたが、急激な霧の消失に合わせて、僅かに残った屍獄に通じる黒い穴へと後退している。
既に生者の世界。呪われた屍人の存在する余地は無いのだ。
つまり一言で纏めると、失敗。
エルフの脅威となるモノ、その全てを破棄する計画は、完遂できなかった。
考えるに腹立たしく、怒りで頭が狂いそうになる。
白の大陸を支配する誇り高き種族、エルフの計画をしてやったりとご破算にし、裏切り者の末裔や、虫けらのように矮小でありながらエルフと同格とされる種族、汚らわしいケモノ頭どもが、のうのうと生き続けるなど。
ここで、怒りに任せて捻り潰してやりたい、とエルフ達は思ったが、一方で傲慢なまでの誇りと見栄が、そんな考えを押し留めた。
シャドウガストとの戦いを終え、終始死の霧に晒され続けていた異邦人と獣人たちは、消耗し尽くしている可能性がある。
だがそうではなかった場合、最悪自分達の側に損害を出すやも知れない。
尊き種族である我らが、下等な者たちと同じ立ち位置に落ちて戦う必要など無い。
最も効果的に効率的に踏み躙れるように、十分な手を考え粛々と執り行えばよい。
若いエルフたちの思考は、自動的にそのように動いていた。
無駄で無意味な負け犬の思考は、死と同じほどに無意味であったが。
「まずはオルビエット様にご報告を……。一定の成果はあった。あのお方なら最善の道を考えてくださる」
「このような報告をせねばならないなど……あのプレイヤー! 素直に屍獄でのた打ち回っていればよいものを!!」
「なに……いざとなれば神霊騎士で粉砕すればいいだろう。あやつらは屍獄で朽ちるより、栄光あるエルフの騎士団に蹂躙される苦しみを選んだのだ」
「ハハ、そいつはいい是非近くで観戦したいものだ。我らに勝てると思い上がった愚か者の顔が、困惑と絶望に爛れグッ――――!!?」
歯ぎしりしながら負け惜しみを吐いていたエルフ達のセリフに、不意に異音が混じる。
何事かとリーダー格のエルフが振り返ると、そこで仲間のひとりが血を吐いて仰け反っていた。
異常事態、攻撃されている、と理解するまでに、またひとりが胸から血を吹いて地面へ落下していく。
何が起こっているかもわからないまま、リーダー格のエルフの胸に鋭い痛みが奔るまで、そう時間はかからなかった。
「ガァアアア!? こッ! クッ!? これはッ!!?」
「無様でみっともないエルフ……。お前たちはいつもそうやって上から見下ろしているから、こうして簡単に見つけて狩ることができる」
背後から聞こえる、少年とも少女とも判別できない声。
魔法を維持できず落ちていくエルフには、最後まで相手の姿を見ることは出来なかった。
「惨めに、無念に、何の救いも無いまま、ただ死ね! お前の遺志を継ぐ者などいない! お前の死を悼む者もいない! お前の魂に救いは訪れない! 我が契約神プルゲトは、決してお前らエルフを許しはしないだろう!!」
月の無い夜空、微かな星明りを返す細長い煌きをまとい、空中からエルフの死骸を見下ろすのは、小人族の英雄ミースだった。
憎悪と怒りに染まる顔には、普段のビッパとしての飄々とした様子は欠片も無い。
新たなる契約神の影響か、肌の色は死体のように白く、呼気も冷たくなっていた。
『あなたぁ、ルークセのぉ……、ということは小人族の英雄なのねぇ。でもぉ、神をその身に降ろすとオルディニスに気付かれるぅ。
それで苦労しているならぁ、わたしが力を貸してあげるわぁ』
小人族の村が再浮上をはじめた直後のことである。
強力なシャドウガストと脅かされる同砲の村に、ビッパは何をすべきか分からず、ただ立ち尽くしていた。
そんなところに現れたのが、仕事を終えてサッパリした顔の神様だ。
小人族の英雄、ミースの本来の契約神は灯火の神だったが、白の女神の眷属神である以上、その力を使えば白の女神に察知される恐れがある。
ところが、そんなミースの事情を察した死の神プルゲトが、自ら契約を申し出てくれるということに。
死の神は今でこそ白の女神――――秩序の女神――――の眷属神であるが、本来は秩序と混沌の両方に属する特殊な存在だ。
故に、白の女神の監視も、完全ではないとか。
それに、ミースがエルフと白の女神に一発かますつもりなら、喜んで応援すると仰る。
どうもその辺が、プルゲト様の事情のようだった。
今しがたも、新たに得たミースの力で捕らえたエルフの魂に、ご満悦のようである。
散々死の神の領域を侵したエルフがどのような裁きを受けるかは、本人達のみぞ知るところであろう。
なんにせよ、ミースは図らずも強力な味方を得ることができた。
とは言え白の女神は現在の最上位の神。エルフの守護者であり、エルフの英雄の契約神である。
今すぐビッパひとりで神殿都市に乗り込んでも、エルフを皆殺しにするのは難しいと思われた。
となれば、今まで通り機を窺うしかあるまい。
宙に浮かんだまま、小さな英雄は村を見下ろし目当ての人物を見つける。
シャドウガストの王を相手に、桁外れの力を振るい一歩も退かず終始互角の戦い。流石だ。
そして次に、荒れ果てた同砲の住む村を見渡す。
「…………お前たちは、ずっとそうして他の誰かに命を握られ続けるがいい。エルフは私が滅ぼしてやる」
ビッパは素早く地面に降りた。あまり長々と空中にいると、あの少年の魔眼に捕捉されかねない。泳がされている節があるので、いまさらかもしれないが。
死の神にお還りいただくと、目を閉じて気持ちを切り替え、ミースはビッパに戻る。
表情や立ち居振る舞い、話し方などを、仲間と合流するまでに思い出しておかねばならなかった。
◇
小人族の村が現世に戻った瞬間、残り時間を無くしたシャドウガストの王が、余力を残す意味は無くなった。
単に外に出るだけではダメなのだ。
飽くまでも、死の神の許しを得る形で、現世へと戻らねばならなかった。
見る見るうちに消えていく霧、周囲に溢れる生命の“気”配。
どうあっても次が最後の一撃となるのは、この瞬間暗黙の了解となり、
「いねやぁあああああ!!」
「シスッ……ティオ!!」
完全に子供返りした悠午が使ってはならない白黒の剣を振り上げ縮地で突撃。
対するシャドウガストの王は、自らの大剣を内包する膨大な魔力ごと悠午へ向け爆発させた。
ここでハッ!? と我に返る小袖袴のうっかりさん。既に現世。あの世ではないのだから地形変わるレベルの攻撃はあかん。
手には神が泡吹きそうな五行の極み、森羅万象の剣。ちょっと小突くと多分ビッグバンとか起こる。
悠午は自分が際限なくギャンブルに賭け金ブッ込むようなことに熱中していたのに愕然としたが、
「ふんッヌ!!」
瞬時に方針変更すると、陰極にあるシャドウガストの王の力を、陽極に全振りして分解した剣の力で相殺。
凄まじい爆縮現象に囚われる最中、悠午は五属性に還元された“気”を回収し、すぐ目の前にいる王へとラッシュをかけた。
「三尺玉連弾! 神渡剣大量! 樹雷! 火生土火山弾! 陰業氷牙! 仙人掌氷柱――――!!」
「ヴェックスッッ!!」
「ぬき――――ぐへぇ!!?」
炸裂弾、剣、雷撃、マグマの塊、氷河、数万発にも及ぶそれらが雨アラレと至近距離から叩き付けるが、直撃を受けながらシャドウガストの王がヤクザのような前蹴り。
マイナスエネルギーの水“気”の拳と相打ちの形となり、既に大ダメージを負っていた王は屍獄への穴へと突き飛ばされていった。
そして、派手に蹴っ飛ばされた小袖袴のボロ切れはというと、氷上を転がり砂浜を転がり村の斜面に埋もれていた岩を粉砕してそこに半分埋まっていた。
「…………あのヤロウ」
普段の大人びた表情は皆無。やられっぱなしで逃げられた、憤懣やるかたない子供の顔をしている。
屍獄の“気”配は、強く残っていた。未だ濃い霧の向こうに、まだ穴があるのだろう。
ケリをつけたい気持ちもあったが、流石にそれを実行するほど、悠午も我をなくしてはいなかった。
パンッ! と諸手を打ち、屍獄に残してきた結界を解き、ここは諦めることする。穴の中にプラズマビームなんか撃ち込んでもプルゲト様に迷惑だろうし。
シャドウガストの王と遣り合うのも、これで2度目。正直、今回は始末できると思った悠午だが、完全に自分の予想を上回られた。そういう意味では負けっぽい。
それに、2度あることは、3度ある。
かなりアウトな切り札まで使って仕留め損なったというのは大分マズイ事態なのだが、嬉しい誤算もあったので、前向きに考えようと思った。
振り返ると、今回は弟子より自分の方が良いとこ無かった気がする。
◇
日が昇り小人族の村を出る間際、悠午には持て余した余剰エネルギーがたっぷりあったので、バランス調整がてら周囲にバラ撒いておいた。
激戦により村はかなり荒れていたが、すぐに草木がニョキニョキ生え、水源から水が溢れ出す。
目には見えないが、土は滋養に富み、火も力強く燃えるようになっていた。
「おお……!?」
「これはまるで豊穣神の力……!」
「森のヤツにこんな器用な真似ができるものか」
活力に満ちたのが一目で分かる村の様子に、獣人の戦士たちも感嘆の声を上げていた。なお、シャドウガスト戦での死者無しという、面目躍如。多少の怪我も魔法で治癒済みだ。
村人である小人族たちは、呆然とするのみで声も出ないらしい。
昨夜からの事態に加え、この村の有様。生命力に満ちた、と言えば聞こえはいいが、実質的にはカオスの坩堝だ。
畑の収穫物は狂ったように実っているし、内海にはスッポン様の2代目が泳いでいる。土“気”が勢い余って地下には大量の宝石を生んでいた。小人族がそれに気付くかはわからない。
ただ、今までと同じく、何もかもに振り回されているだけだ。
それをどうにもできない、どうにかしようと思わないのが、小人族という種族の生き方であった。
小袖袴の少年と仲間たち、それに獣人の戦士集団は旅を再開した。えらい寄り道になったものである。
悠午と仲間は今回の騒動がエルフ絡みだと分かっていたが、獣人の英雄や他の戦士には、その事は話していない。
白の大陸において、エルフは英祖の連盟の盟主的立場であり、獣人種族の同砲、という事になっている。
エルフより悠午の方に信用があっても、立場的に受け入れられるモノではないだろう。
この件で獣人たちを味方に引き込もうなどとは思わないし、混乱させるような事を言うつもりもない。
シャドウガスト出現の原因は、飽くまでも謎という扱いだ。
納得しやすい理由としては、シャドウガストの王を2度に渡って退けた小袖袴の異邦人が付け狙われているのではないか、という話になっていた。
微妙に納得行かないが、悠午の方は沈黙するのみである。
「ふぬッ………………あー! 悠午くんどうよ!? スゴくない!? スゴくない!!?」
「まだ溜めが長過ぎるよ小春姉さん、実戦じゃ使えないよその速度じゃ」
「んえー!? なんでだろう……? 昨日はもっとシュパシュパシュパー! って感じで乗れてたのになぁ」
旅の道中、美貌の薄着戦士、小春が縮地を披露していた。
ところが、得意満面な笑みとは裏腹に、師匠からは無慈悲なダメ出し。
昨夜の戦闘時に比して、明らかに術へ入る速度が遅いし精度も悪いのである。
この弟子は、土“気”の大技を身に着けた時もこんな感じであった。ファイアドレイク相手に正面から張り合った際には、ちょっと悠午がビックリするほどの進歩と爆発力を見せたのに。
本番に強い、ってか本番じゃなきゃダメって事かなぁ、と。
改めて師は、弟子の扱いに首を傾げるものである。
薄着戦士が瞬間移動ごっこで友人達と戯れている一方、旅の一団は道から僅かに逸れた広場で昼食休憩を取っていた。
獣人戦士たちが森から獲物を狩り取り、下処理してすぐに肉とする。
小袖袴の料理人は、今日はラーメンを作っていた。先日から人形の館のキッチンでスープを仕込んでいたのだ。
小人族の村産魚介出汁に塩エキス、熟成卵麺、煮タマゴ、そしてハチミツ仕込の甘辛チャーシューの脅威を知るがいい。
「うんまいなコレ! あの大亀の煮込みも大変美味しかったけど、コレはなんていうかこう乱暴な旨さがいい! どんどん食べられる!!」
「んまいー! ユーゴのこれ大好きー!!」
前夜には姿が見えなかったふたりも、ラーメンすすっていた
性別偽装斥候職のビッパと、ミステリアス黒髪冒険者のダンである。
昨夜、ビッパは村から脱出する出口を求めてあちこち飛び回っていた、という話だ。
実は何をしていたのかも悠午にはバレている気がしたが、昨日は色々あり過ぎてもうバレているなら別にイイやーといった心境だった。
今はただラーメンが旨い。ちょっと塩スープ効き過ぎな気もしたが。
なんて、小袖袴の板前がそんなミスするもんか。
そしてダンはというと、霧に巻かれて右往左往しているうちに、事態が終了していたのだと申し訳なさそうに語っていた。
実際に何をしていたのかは、本人と、それに言葉を交わしていた死の神プルゲトのみが知るところであろう。
ちなみにラーメンは180食完売である。
昼食の後は、日も高いうちからその場で野営の準備だった。
昨夜の騒動から夜が明けてすぐ出立したので、誰も寝ていないのだ。
これ以上小人族の村にはいないほうが良い、という判断ゆえの事。
村の建て直しを手伝いたい気もあったのだが、悠午たちが滞在する方が危ういかも、ということで、早々に村を離れたのだ。
ここで丸一日キャンプし、ある程度疲れを取り、一気に旅の足を早める予定である。
◇
港町、足跡の『アポティ』から小人族の村までは、全行程の3分の1の距離といったところ。
そこから先の旅路には、これと言って目立った障害や妨害はなかった。野生のモンスターが出た程度だろう。
裏舞台を明かせば、エルフの長の手勢が小人族の村で消息を絶ったので、神殿都市に何の報告も行かず二の矢三の矢を放つ判断ができなかった為だ。
エルフの長、オルヴィエットもまさか実行役が魂取られているとは思わなかっただろう。
巨石像の立ち並ぶ深い谷川を下り、何かが撃ち抜いたかのようなまん丸で真っ直ぐな洞窟を通り抜け、無数の大型生物の白骨が転がる荒野を通り過ぎ、一向はひたすら西へ。
この間、修行したり料理したり内輪で乱闘したり多少の面倒に巻き込まれたり、としながら、ついにグランマテル大平原の中心部へと辿り着く。
そこまで来れば、目的地がどこか、など探し回るような必要も無い。
遠くから徐々に輪郭を確かにする、無数の塔。
大波のようにうねり、幾重にもどこまでも聳える城壁。
スケール感が狂いそうな巨大な城に、様々な形状のモニュメント。
そして、大勢の種族が行き交う城下の町並み。
元いた世界にだって存在しない、超大規模な石の建築物群。
白の大陸の中心地にして、白の種族とエルフの本拠地。
神殿都市、『アウリウム』。
「きたー!」
「うへぇーリアルだと半端なく厳つい…………」
坂道の頂上から都市の全景を視界に納め、薄着のグラドル戦士が背伸びするように諸手を挙げて叫んでいた。
黒の大陸、はじまりの町レキュランサスからここまでの苦労を思えば、感極まるのも当然の事。若奥様と隠れ目少女も涙ぐんでいる。
他方、ジト目少女や冒険者のオッサンは、ここが正念場だと分かっているので、緊張を滲ませていた。
「さて……ぼちぼち家に帰りたいところだし、白の女神様にはよろしくお願いせにゃなぁ」
そして、うっすらとしながら覇気の漏れる笑みで言う、小袖袴の少年武人。
目的地に到着したとはいえ、このまますんなり問題が解決するとは誰も思っていない。
黒の大陸のヒト種や異邦人に対し、白の大陸の中心都市も住民達も優しくはないだろう。
無論それは、白の女神にも言える。
会えるかどうかも分からず、会えたとしても願いを聞き入れられるか分からず、そもそも元の世界への帰還が可能なのかも分からない。おまけに周囲は潜在敵だらけだ。
だが、ここまで大変な旅をして来た以上、諦めたり逃げたりすることなど頭の中には欠片も無い。
気分は討ち入りである。
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