096:玉が突撃し歩が成金する盤面
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「ガァアアアア! ガァアアアゥ!!」
「ブモォ! モォオオオオ!!」
「ヒヒィイイイイン!!」
逞しい獣人の戦士たちが、闇に向かい咆哮を上げていた。
しかしそれは戦意の昂りからではない、相手の覇気に飲まれないよう己を鼓舞しているのだ。
霧の中から現れる異形、シャドウガスト。
その呪われた王に直率された軍は、勇猛な獣人の精鋭たちを警戒させるほどの力を有している。
数ばかり多く先ほどまで蹴散らされていた雑兵すら、今は王の指揮下で戦力の一部となり、編成に加わっていた。
「――――ザミヤァ!」
王が片刃の大剣を振り上げると、前に突き出し全軍へ侵攻を命じる。
凍り付いた海、その向こうにある霧の滝から進み出る死者の軍勢は、小人族の村へ整然と押し寄せつつあった。
「え? あれ……あの、シャドウガスト、って、この世界の神様がどうにかできたりは……?」
何せ相手が神ということで、大学生グラドルの姫城小春も、恐れおののきながら質問している。
質問先である死者の国の神、黒いほつれ髪に胸部の中身がない美女、プルゲト様は忌々しそうに食いしばった歯を見せていた。
「……アレはぁ、太母魔神様の番であったこともある最初の王、エルフの始祖でもあったぁ。だから血統の呼びかけにも応じて……とぉ、それは今はいいとしてぇ。
妻の力を妬んでその力を奪おうとして呪われたんだけどぉ、元が最高神との対だから、わたしより格が上でぇ…………。
ここがわたしの管理地だからぁ、強制的に閉じ込めておけるけどぉ」
言い難そうにする死者の神。
要するにシャドウガストの王の方が強い力を持つが、職掌とホーム側の地の利でどうにか閉じ込めているのだとか。
ところが、外からの干渉により封じ込めの箍が緩んでいる、とも恨み節に語っていた。
死の国の神を怒らせてエルフの死後は大変そう、と思いきや、そこは白の女神のゴリ押しがあるので安泰という話だった。
頭越しとか上司としてかなりダメなタイプである。
神の世界も色々あるんだな、というジト目少女、御子柴小夜子の場違いな呟きは、割と全員の共通した感想である。
「でもあいつらぁ、あなた達の代わりに外に出ようとしてるぅ! そんな事させるワケないけどぉ、でもあなた達も出せなくなってしまうぅ…………」
「まぁ連中もオレ達を出す気はなさそうだし、脱出するにはどの道排除せざるをえまいなぁ」
「ユーゴはアレだ……あっちの大将にメチャクチャ睨まれてるしな」
「それじゃマッチアップは決まりやね。オレは前に出る、ゴーウェンは中盤を頼みたい、小春姉さんらは後方。結界を維持するフィアが守りの要になるだろうし、こっちから攻めて向こうを釘付けにするとしようか」
「我らも行くぞ! 亡者どもとその王を前に退く道などありはせぬ!!」
「ウォオオオオ!」
「我らの牙の鋭さを見せてくれる!!」
「ガォオオオオ!!」
シャドウガストの王たちは、死者の神が悠午らを現世に送り返す機を狙い、自分たちが割り込みをかけ屍獄を脱しようとしているとか。
プルゲト様もご立腹だ。
そんな企みが上手くいくかどうかはともかく、それが悠午と仲間の邪魔になっているのは事実。
先方も過去の遺恨を抱えているようで、戦わないという選択肢はありえない模様である。
というワケで、小袖袴の青年は斜面になった村の中段より一気に跳び上がり、シャドウガストの主力がいる氷上へ派手に降着した。
分厚い氷が衝撃で砕け散る、某ヒーローのような三点着地。
そして正面では、ハサミを持ち上げた節足動物に騎乗する、シャドウガストの王が悠午を見下ろしていた。
「おー行った行った。そんじゃ、俺も行くとするかぁ」
「ゆくぞ同砲たちよ! 勇者ユーゴに後れを取るなぁ!!」
中盤の守りを頼まれた大男のおっさん冒険者、『断頭』のゴーウェン・サンクティアスも、大剣を担いで村の坂道を下っていく。
その脇を、大猩猩の英雄、『腕岩』のロウェインと獣人の戦士達が追い抜いていった。
負傷と消耗により半数は後方に退いていたが、それでも依然として意気軒昂。
その勢いのまま、シャドウガストの軍勢にぶつかって行かんばかりである。
◇
悠午の戦術は単純だ。攻撃に勝る守りはなし。
何せ、今回は小人族の村を背にしている。一応結界を張ってきたが、死の“気”配が濃い霧を防ぐ為のモノであり、シャドウガストのような実体を持つ者を物理的にシャットアウトするようなモノではない。
よって、自分が敵集団にプレッシャーを掛けまくり、村への侵攻をするような暇など与えない、という考えだったが、
「ディッ、スクワ……!」
「お?」
シャドウガストの王が手を振ると、数体の黒い騎士を残して、手勢を村の方へとやってしまう。
そして、殺気を放ち悠午がよそ見をするのを許さなかった。
(やられた、こっちがやろうとした事を逆手に取られたか。7割は引き付けたかったけど、これじゃそれどころじゃねーや)
王の方も、悠午相手に多勢で押し込むつもりなどないらしい。
逆に悠午を押さえ込み、他のシャドウガストには村攻めをさせる腹積もりの様子。
後手に回った形の小袖袴の武人は、少しばかり余裕をなくしていた。
◇
「ほー、考えてきたな。それとも、前に土を付けられた意地か?」
斜面を降りた先の平地、畑が広がる周辺から砂浜との境に、ゴーウェンは陣取っていた。
眼前には、氷床を爪で削り砂浜に上陸してくるシャドウガストの軍勢。
ゴーウェンにも悠午の考えは分かっていたので、これは少々意外な展開である。
「こっちの獲物には不自由しそうにないなぁ、ロウェインのダンナ」
「こちらをさっさと叩き潰して、ユーゴが手こずるようなら俺の手で王を捻り潰してくれる!!」
左右のダイヤモンドナックルを打ち合わせる大猩猩の親分に、ズッシリと剣を正面に構えるおっさん冒険者。
それに、各々の得物を構えて牙を剥く獣人戦士集団。
ロウェインらはシャドウガストの王狙いだったが、流れで自然と中盤の駒という事になってしまった。
血の気の多い獣人の戦士と、狂ったように突っ込んでくる死体兵や騎竜兵が砂上で激突する。
鎖から解き放たれる単眼の邪巨人が棍棒を振り上げると、砂浜に叩き落し爆発を巻き起こした。
しかし、二撃目は大猩猩の英雄が拳で迎え撃ち、丸太のような棍棒を爆散させる。
そしてゴーウェンの方はナタのような蛮刀使いの狂戦士と、竜巻を起こすほど激しい剣戟を演じる事になった。
◇
「ちょ、ちょちょちょっとちょっと結構こっちにも来てんじゃん!?」
「あー……? 多分悠午とおっさん達がヤバイの引き受けてくれてんじゃね? ザコくらいこっちでどうにかしろとか」
「そういう事だろうな。シャドウガストの王は我が師が。大物はゴーウェンとケモ……獣人の英雄殿が叩いているようだ。
それに我が師とフィアさまの結界の中なら、シャドウガストの優位も無いだろう」
「…………ここから撃っていいのかなぁ?」
小人族の家々がある斜面側、その頂上となる族長の家の前では、プレイヤーの女性陣など後衛組が戦場を注視していた。
ところが、戦闘を再開して間もなく敵が結界内に入り込み、一仕事終えてちょっと見物気分だった小春が慌てはじめる。
だがそれは、多少悠午の計算が狂っているものの、後衛組への割り当て分という認識で間違っていなかった。
少し数が多すぎないかな? というのが小春や小夜子の率直な感想ではあるが。
「え、えーと……とりあえずフィアさんと怪我人とか村のヒトがいるここを守ればいいよね? そういえばダンさんどこ行った?」
「知んね。てーか姫とクロードは近付くモンスターの相手でしょ。あたしやカナミンとか奥さんはスキル連発でタワーディフェンスな!」
「た、たわーでぃふぇんす?」
ここは、元ゲームプレイヤーがセオリーに従い戦術を決定。
斜面の手前に立ち、プレイヤーの魔法職3人(一名は魔法を使う戦士)が魔法スキルによる遠距離攻撃で敵の迎撃を開始した。
半裸重戦士の小春と青年剣士クロードは、シャドウガストが接近してきた際の近接防御である。
「クリスタルスプレー!」
「類感呪、前後不覚!」
「ニードルマイン!」
斜面を登ってくる敵の頭上へ降り注ぐ、鋭く尖った氷の礫。
突然敵と味方の区別がつかなくなり、錆びた剣を振り回す死体兵。
足下に生えてくる石のトゲを踏みつけ、苦痛と共に斜面を転げ落ちる四足獣。
それぞれ、ジト目魔剣士(予定)の使う低レベル攻撃魔法スキル、隠れ目呪術士の錯乱呪術、若奥様魔術士のトラップ魔法である。
新規魔法スキルは以下。
前後不覚、熟練度30。
呪術補足、敵味方識別不能(闇属性)、習熟度によって妨害効果、範囲、持続時間が変化する。
ニードルマイン、熟練度35。
近~中距離範囲、敷設型攻撃(土属性)、INTとMOP値で敷設範囲と強度が変動。
まさしくタワーディフェンスゲームのように、接近を許されずに遠距離から打ち倒される多数の雑兵。
五行術で属性魔法を強化し、修行により基本ステータスを上げている現在、低レベルの魔法スキルであっても凄まじい性能を発揮していた。
とはいえ、世界の正常化結界と、強力な敵個体を前衛の仲間が削っていなければ、食い止め切れなかったかもしれないが。
コレわたし出番無いかなぁ。と、先ほどまで慌てていたのを忘れたように、妙にのんびり戦場を見下ろしている軽装重戦士。
五行術を使わなくても、魔法スキルとステータス補正による魔力の回復力だけで、魔法職の仲間たちはシャドウガストを押し返している。
自分も地面を爆発させる五行術で加勢するか、いや派手過ぎて小人族の家まで吹っ飛ばすからやめておこう。
そんな事を思っていたところ、
「助けてー!」
「ヒィ! ヒィ! だ、ダメだー! やっぱりモンスターだらけだー!!」
村の外の方、霧の滝から壁のように迫る濃霧に追い立てられ、村の中へ走ってくる小人族たち。
異常が起こった当初、村の外に逃げようとした村人と思われた。
大騒ぎしながらノコノコ舞い戻る獲物を、獰猛なシャドウガストが見過ごす筈もない。
ちょうどその村人達を見下ろす位置にいた小春には、屋根から屋根へ飛び移り、忍び寄る死体兵の姿も捉える事ができた。
「ヤバッ……!? クロードさんここお願いします! ちょっと行ってくる!!」
「ハァ!? 姫『行く』って――――!!?」
「コハル!?」
以前ならば、無力な自分を理由に他の誰かへ助けを求めていただろう。
だが、既に強者の側に偏りつつある小春は、自分にはできない、と言い訳する事はできなくなっていた。
補正されるステータスの元となる基礎数値は、即ち個人の素の身体能力だ。
レベルの上昇によりステータスには補正がかけられるが、元の数値が大きいほど最終的なステータス値は飛躍的に大きくなる。
純戦士職としてのプレイヤービルドに加え、気功術による身体強化法と達人による武道の修行が、小春の運動能力を完全に大学生から逸脱させていた。
地を蹴るだけで家一軒分の高さを易々と飛び越え、駆ける速度は野生の猛獣や高速道路のクルマ並み。師匠ほどじゃなくても、既に十分超人の範疇だ。
「フッ! とぉおおおお!!」
「ハギャァアア!?」
「グゲッ!!?」
高く飛び上がった露出の多い重戦士は、体重を乗せてハルバードを真下に叩き付ける。
ヘヴィー級の鉄の塊の直撃を受け、死体兵は弾けるように真っ二つに。
後ろへ引き戻す際に鎚の部分で別の個体の頭を叩き潰し、首切り戦士の方は構えていた斧ごと粉砕した。
「上よ! 村長の家! そこまで走って!!」
シャドウガストを仕留めた余韻もなく、小春は小人族の逃げ遅れに怒鳴りつけ避難を急かした。厳密には村長宅ではないが、そんな事はどうでもいい。
元々“気”の強い種族でもなく、言われた通りすぐさま坂を駆け上がりはじめる小柄な人々。
その前に現れるシャドウガストは、遠距離なら仲間の魔法による援護射撃で吹っ飛ぶか、近距離ならハルバードの汚れとなった。
「もうちょっと! このまま仲間のところまで行って! 中に入ったら隠れてじっとし――――!!」
「子供が!?」
「――――はぁ!?」
側面から村人を襲うシャドウガストの前に割り込み、死体兵との4対1の白兵戦を捌いてみせる小春。師匠の手数の多さは数百人相当なのだから、大した事はない。
しかしそうしているうちに、小人族の女性の悲鳴が上がった。
視線の先には、泣きながら走っている小さな子供が。
ただでさえ小柄なのに手足の短い年齢ゆえか、走っているうちに親に置いて行かれたようだ。状況的に親を責められまい。
「クッ!!」
地面に足を叩き付けると、そこが爆発するように大きく隆起した。
すぐ目の前にいた死体兵は足下から吹っ飛び、飛び出す岩に乗り小春は大きく飛び上がる。これくらいのアドリブはできるようになったのだ。
着地と同時に、薄着の重戦士がスキル発動。
ハルバードの柄を短く持ち、回転しながら斬撃角度を変え剣を生やした四足獣を蹴散らしていく。
「にゃぁ!?」
「舌嚙まないでね!!」
スキルのモーションが終わるや、子供を小脇に抱えると小春は村道を全力で駆け上がりはじめた。
ここで斜面から村道に飛び込む四足獣が三体。
速度を落さず突っ込む小春が近すぎて、上の仲間は援護射撃も出来ない。
「フー!!」
そこで、薄着重戦士は大きく息を吸い込むと、呼“気”に粉塵を混ぜ一気に吐き出す。呼吸は基本的な発“気”法であるが、火“気”と違い土“気”の場合は攻撃力に乏しいとされる術だ。
それでも、煙幕としては非常に有用。
四足獣は劣悪な視界の中で人影に飛び付き、狂ったように身体を振るわせ相手をバラバラに切り刻んでいたが、それは雑にヒトの形を模した土人形であった。
師匠のように式神に仕立てて自由に動かしたりはできないが、その下位劣化版のような術なら小春にも使用可能だ。
剣を生やした四足獣が変わり身の術と遊んでいる間に、小春は村道をショートカットして登坂角度45度以上の急勾配を族長宅へと一気に駆け上がる。
そこで子供を母親に返したと思ったら、またもや別の悲鳴が聞こえてきた。
村人の混乱具合が、この局面に来て状況を悪化させている。
シャドウガストの王と交戦している悠午が援護射撃までブッ放してくるのだが、やはり忙しいのかド派手な爆撃となっており、村人の方がパニくっていた。
ついでに女性陣も雷撃の至近弾に肝を冷やした。
「アイツキチンと狙って撃ってんだろうな!?」
「ふぇえええスゴイ…………」
「もいっぺん行ってくる!!」
そんな精密爆撃とモンスター入り乱れる嵐の中を、泣き叫びながら必死に逃げて来る小さなヒト達。
師匠は爆心地のような最前線、頼れるオジさんもヤバそうな邪巨人やら大型シャドウガストを片っ端から薙ぎ倒しており、どちらも忙しそう。
よって小春が飛び込むしかなかった。
「どっせー!!」
火炎弾が爆発したところへ自ら突っ込む薄着重戦士。そこが一番敵のいないところであるし。この瞬間悠午の寿命は若干縮んだのだが。
そんな師匠の心知らず、噴煙を引いて飛び出す小春はハルバードで前方の死体兵を薙ぎ払う。
親子三人、うずくまる頭上を爆音を上げ突っ切る鋼の凶器。
そんな村人を怒鳴って立たせて追い立てるように上へと向かわせると、すぐさま他の村人の方へダッシュで向かう。
「こんなんムリじゃー!!!!!!」
相手していられないので正面から突っ込んで来る四足獣は、ハルバードの棒高跳びで頭上へ回避。
グラドルの大学生が、半泣きで叫びながら急斜面を全力で駆けていく。
救出対象が多過ぎた。しかも家に引っ込んでいたらしい村人までこの騒ぎで飛び出してくるのだから、いつどこで問題が発生するか分からない。家にいろステイホーム。
いまさらそんな事も言っていられないので、現状唯一の機動戦力である小春が駆け回らなければならないのだが。
「こんのッ!」
「ギャヒィ!?」
小春が強く地面を踏むと、地中を伝う土“気”が角材のような石の柱を作り出し、離れた場所の死体兵を打ち上げる。村人を斬り付けようとしていた奴だ。
「ぬッ!!」
「グゲッ!!?」
「ひぃいいいい!!?」
別の村人にのしかかっていた四足獣を、噛み付く前に某キャプテンのようにラウンドシールドを投げつけ撃破。
自分に迫る四足獣は金属レガースを履いた足で蹴っ飛ばし、迂闊にも固まっていた処刑人軍団には奥義をブッ込み、足元から飛び出す鋭利な岩山で木っ端微塵に粉砕した。
と、獅子奮迅に躍動する薄着のグラドル戦士だったが、ここで遂に処理容量を超えてしまう。
死体兵に襟首掴まれた村人、家から飛び出して四足獣に追われる夫婦らしきふたり、母親を呼んで無防備にさ迷い歩き処刑人に目を付けられた小さな子供、と、のっぴきならないシチュエイションが同時発生。
集中力のピーク、最高にキレた状態の頭で小春は考える。
考えたが特にいい方法は思い浮かばなかったので、ただ全力だった。
「ぬぅううあああああああ!!」
全速力で斜面を突っ走ると、手加減無し、殺“気”丸出しの形相で、村人を持ち上げていた死体兵を大上段から叩き潰す。
爆散した敵を一瞥する事も無く、自ら石柱カタパルトで射出される小春は、勢いそのままに四足獣の集団を横薙ぎに。
しかし同時に、道を外れた子供が今まさに斜面を転がる姿が見え、
(もっと早くッ――――――!!)
姫城小春の持てる能力、その全てを速力に全振りした瞬間、地面の“気”ごと自身を一瞬で子供のもとへ移動させていた。
「おッ…………とぉ!!?」
「キャァ!?」
景色が押し潰されたかのように見えたと思ったら、もう足元にコロコロ転がる子供がいる。
ハルバードを振り後ろに迫っていた処刑人を処刑すると、咄嗟にチビッ子を掴まえ胸元に抱き上げた。
突如急な斜面に出てしまったので、滑り落ちないよう小春は足を踏ん張る。
「あ…………」
それで気付いた。
小袖袴の師匠の言っていた五行術、縮地。
それは自身ではなく、周囲の“気”の方を動かし瞬時の移動を可能とする技術であると。
小春はその後の修行と現在の実戦で、無意識に足裏の地面の土“気”を掴まえ走っていた。だからこそ、到底上れないような急斜面のダッシュでもありえないほど安定していた。
ならば、後はそちらの方を動かせば良い。
それを可能とする下地が、既にできていたのである。
それも全て、「それらしい事はもうできるはず」、といった村瀬悠午の想定の内か。
「この子お願いねー!!」
「のわぁ姫!!?」
「こはるさん!!?」
この感覚を逃さないうちに。
本能的にそう考えたのか、子供を頂上の仲間のところに下ろすや、小春は縮地を連発。
圧倒的機動力を得て、今度は自ら狩る者となりシャドウガストを強襲する。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、もうひとりの主人公ようやくスターティンググリッド。