095:縄張り入り乱れる仁義なきシマ争い
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のどかだった小人族の村が、この世ならざる死人の国へ真っ逆さまに堕ちて逝く。
素朴な村の景色に相応しくない、村の中を跳ね回っている死体のような肌艶の怪物ども。
怪物、シャドウガストは霧の立ち込めている場所から、次々と止め処なく湧いて出ていた。
「やぁああ!? 助けてえ!!」
「かあちゃん! かあちゃん!!」
「ヒィイ!? 来ないで! 来ないで!!」
戦う力の無い小人族たちは、村の中を逃げ惑うか、さもなくば家に閉じこもる事しかできない。
しかし、小人族の足の速さで到底逃げ切れるものではなく、また家自体も特別頑丈ではなかった。
村の中に閉じ込められ、家族や近所同士で身を寄せ合い、怯えるほかないか弱い種族。
そんな小人族が、シャドウガスト蔓延る地獄の中で生き延びられる道理もなかったが、
「亡者どもがぁ!!」
「忌まわしき者ども滅びろぉ!!」
ちょうどその場には、旅の途中に立ち寄っていた、獣人族の戦士の精鋭150人がいた。
シャドウガストは獣人族にとっても、見過ごせない存在である。
神話の時代から伝説として語り継がれる、この世に生きる全ての種族の脅威。
これを滅するのは獣人の戦士の誇りにかけて、当然の事だ。
全身から剣のようなトゲを生やす、大型の四足獣。それを、鉄球棍棒を武器にするアルマジロ戦士が叩き潰した。続けて迫る死体のような戦士も、近付く端から殴り飛ばす。
弓持ちの死体兵が矢を放つが、盾で防ぐオオカミの戦士が一気に間合いをつめるや、次々と斬り倒していた。
筋骨隆々の狂戦士と猛牛の戦士が、大斧とポールウェポンを叩き付け合う。
汚れたローブのシャドウガストのメイジが青白い火球を放ち、逞しいキツネの術士が幻術を使いマトを絞らせなかった。
村の全域で熾烈な戦いが起こり、獣人とシャドウガストとの戦争になっている。
当然ながら、村瀬悠午と一団の仲間も参戦中だ。
「カッハッ!!」
小袖袴の達人が一瞬で敵の懐に踏み込み、斜め下からスマッシュ気味に拳を振り上げる。
次に、黒い鎧の戦士へハンマーのように拳を振り下ろすと、腕を叩かれ前のめりになったところを肩からブチかまし。
狂戦士の斧を裏拳で叩き落とすと、返す拳で相手の皮鎧に小指を引っ掛け強引に振り回す。
後ろ回し蹴りで死体兵を蹴り飛ばし、敵集団の方へストライク。
派手に吹っ飛んだところに小指に引っ掛けていた狂戦士も投げつけ、ダブルストライクを叩き出した。
まるで爆発にでも巻き込まれたかのように、豪快に宙を飛ぶシャドウガスト。
相変わらずの豪腕を見せつける悠午に、獣人たちも僅かな間呆気に取られる。
直に手解きを受けている仲間たちは、改めてその底知れなさを目の当たりにし、酷く乾いた眼差しになっていた。自分たちは一体何を教わっているのだろうと。
「そーいや最近は『縮地』とかそういう術を教えてもらってたけど、悠午くんの強さって言うと、単純にコレよね」
「パンチひとつで空飛びすぎだろ……」
かく言うグラドル重戦士も、ハルバードを横薙ぎにしシャドウガストを数体同時にブッ叩斬る。
猛烈な勢いで突っ込んでくる剣を生やした四足獣は、ジト目魔剣士(仮)が炎の鞭で調教師張りに叩き返した。長期戦を念頭に置き、“気”の消費を抑えた省エネバージョンであるとか。
小ぢんまりとした家を押し潰し、シャドウガストの乗る甲殻生物が突っ込んでくる。
下敷きにされる寸前に住民が中から飛び出してくるが、その背後にアゴを不気味に開閉させる巨大な虫が迫っており、
「ブラックミスト!」
「ヒートショック・クラッカー!」
若奥様魔術士、隠れ目呪術士の連続魔法スキル攻撃。
黒い霞でシャドウガストの視界を奪うと、小人族の住民が離れた一瞬の隙に爆竹魔法をバラ撒いた。
いずれも低レベルスキルではあるのだが、五行術によりブーストがかかっているので、どちらの威力も数倍に。
醜悪な甲殻類は、騎手もろとも爆撃でも喰らったかのように、バラバラに弾け飛んでしまった。
「ふぁー……」
「か、カナちゃんすごいわ……」
まるで花火大会で事故ったように乱れ飛ぶ光と炎に、やっちまった感を醸し出す隠れ目少女と奥様。
無論、手柄なので全く問題ないと、おっさん冒険者のゴーウェンなどは素直に感心していた。
「あの頼りない嬢ちゃんらが、すっかり一流どころの術者になっちまったな。もうちょっと場数を踏めば、落ち着いた立ち回りもできるようになるか?」
「ええまったく……シャドウガストを向こうに回しても、昔と違い今はこうして戦える。でもゴーウェン…………」
「ああ、連中もあの時とは大分違うようだ、なッ!!」
飛びかかってきた死体兵を空中で剣先に突き刺し、そのまま力任せに振り回すゴーウェン。
同時に噛み付こうとしてきた剣の四足獣を叩き斬り、勢いに乗せて地面に振り下ろす。
今までは大剣への負荷を無意識に気にしていたが、金“気”による強化と修復でその必要も無くなり、鍛えた剛力も相まって地面に大穴を穿つほどだった。
クロードはそれ以上に強化された身体能力を以って、先頭の狂戦士と後に続く死体兵5体、後に控える弓兵とメイジを一瞬で惨殺。
あまりのスピードに、左右の剣から血を振り払った少し後に、シャドウガストたちは崩れ落ちていた。
この騎士見習いの青年剣士も、強敵を前に何も出来なかった頃とは違う。
しかしそれは、シャドウガストの側も同様のようであった。
「どうもこっちはシャドウガストのホームグラウンドみたいだな。前戦った時より早いし強い。小春姉さんたち大丈夫?」
「ダメだったら助けて!!」
「ダメになる前にどうにかすれー!!」
小袖袴の武人が、瞬間移動的な『縮地』を繰り返して片っ端から亡者の戦士を殴り飛ばす。
その有様からは分かり辛いのだが、シャドウガストは城壁都市『ダンプール』で遭遇した時よりも、大分強力になっているようだ。
何故かというと、現在の小人族の村が、シャドウガストの世界に片足突っ込んでいる為である。
生命の陽“気”とは真逆の、相克による死に向かう陰“気”。
シャドウガストの世界、屍獄とは、現世と違う死の“気”に満ちた世界だった。
悠午が気功を教えている弟子たちは、自らの“気”を活性化できるので、今のところ影響はそれほど出ていない。
押し寄せるシャドウガストの迎撃で、そんな事を考えている暇も無いというのが実際のところだが。
しかし一方で、共に戦っている獣人の戦士達には影響が出始めていた。
「ムォオオオ!? おのれ離れろぉ!!」
「ダレス!?」
「引き剥がせ!!」
「ぬぅ……これしきで!!」
ゾウの戦士の巨体に死体兵が取り付き、手にした刃を突き立てる。
体格差による不利もあったが、戦士たちは戦端が開いた当初に比べ、大分動きにも精彩を欠いていた。
立ち込める霧が、触れたところから急激に体力を奪っている。
シャドウガストの攻撃に倒れる戦士も増えていた。
「ゴン! 傷付いた者は一旦下げよ! 屍獄の亡者ども! 我は女神の祝福を得し栄光の戦士! 腕岩のロウェインなり! 獣人の英雄の首が欲しければかかってくるがいい!!」
獣人の戦士の頂点に立つ大猩猩のボス、ロウェインの動きには衰えが見られない。両拳で胸を打ち鳴らし、シャドウガストの注意を惹き仲間を後退させようとしている。
近付く死体兵は、ダイヤモンドの拳を喰らい次々と拉げていた。
「ロウェイン、相手の土俵じゃちょっと不利だ。一度どこかで守りに入って立て直したほうがいい」
「ヌゥ!? だがユーゴ! 亡者どもは尽きる気配が無いぞ! 守勢に回って我らに勝ち目はあるのか!?」
「あー……それなんだけど」
この戦いの出口、というのは悠午の方も考えてはいた。いつだって物事の〆方というのは考えているが。
実際問題、今回に関して考えている方法は、二通り。
ひとつは力技か、もうひとつは対処療法でどうにかするか、だ。
「でどうなの? フィア。この結界どうにかなりそう?」
対処療法の方は専門外なので、この師匠は弟子の魔道姫に丸投げしていた。細かい術式解析とか悠午の専門外なのである。
事この分野にて黒の大陸でも屈指の知識量を誇る魔道姫マキアスは、使い魔の鳥を飛ばし、目にした術の特徴や魔力の流れ、その向かう先などを、今まで調べていたのだが。
「申し訳ございません、我が師よ。この結界は内に引き込むモノではなく、外から強引に押し込むモノ。結界の内側には、どれほど探してもそれらしい術の中心が見つかりません。
恐らく外で、相当大規模な儀式を伴う術を展開しているものと思われますが、そんな気配は全く…………」
その魔道姫が、珍しく悔しさを表情に滲ませ、悠午に頭を下げていた。
魔術の常識から言って、現在の小人族の村の状況は、かなり非常識なことになっているらしい。どこをどう見ても常識の欠片も無いが。
何かしら魔術で結界を形成する際には、区切る範囲の中心に魔術式を置く方が効率的だ。
結界の外側からそれをやるのは、焦点というモノが定まらず、人手も手間も何倍も必要となるのだとか。
それらの手間が、元々村の近くにあった邪教の祭壇により大幅に短縮されたことなど、魔道姫も悠午も知る由も無い。
既に一度、過去にエルフがその儀式を行った実績があることもだ。
「となるとー……力尽くでやるしかないねぇ」
魔道姫の報告を聞き、腕組みして唸る小袖袴の少年。でも木“気”『輝雷』、高圧電流の球体を無数に放ってシャドウガストを迎撃する。
師匠のセリフを聞き、主に弟子たちは嫌な予感がした。
この自然災害のような少年の言う、『力尽く』。
また何か天変地異でも起こすフラグにしか聞こえないのである。
またそれは、この世界の神様も同意見のようで。
「ちょっとぉ、そこの外の神よ。これ以上死者の国を荒らされるのは、見過ごせないのだけどもぉ」
抑揚も張りも無い、寝起きのように低い女の声。
それが頭上から降ってきたかと思うと、戦闘で忙しい一団の正面に、黒く長いほつれ髪の女が姿を現していた。
一体何者か、と思ったのも束の間、その全身を見て特に女性陣がギョッとする。
血の気の失せた肌、透けるような薄衣を纏っただけの裸身。
その胸部には女性らしい膨らみが露になっていたが、同じく露になっている肋骨と内部の空洞の前には、まるで気にする余地が無かった。
「ちょッ!? シャドウガスト!!?」
ビックリして迷わずハルバードを向けるグラドル重戦士。
確かに、状況と相手の姿を見れば、そう考えるのも無理からぬ話だった。
でも師匠としては、まず相手の“気”を見て存在と力量を測ってもらいたいと思う。
姫城小春、減点。
「これはこれは……こっちの世界の神様か。でもこの世界にはオレらが入り込んだ形なんだし、降臨ってワケでもないのかな」
「はぁ!? え? 『神』って!!?」
悠午は一目で相手の存在を看破していた。元の世界でも神様とは縁があるので。何かある度に働かせようとするのはやめて欲しいが。
ジト目の少女も洞察術の目でほつれ髪の女を見ると、明らかにシャドウガストの性質とは異なる存在であることを理解した。
というより、見た目と違う悠午並みの“気”の総量にビビる。
「おぉ……まさか、死者の国の神、『プルゲト』神!?」
「死後に我らを迎える偉大なる神、『プルゲト』よ…………」
獣人種の英雄、ロウェインや他の戦士たちは、流石に理解が早かった。
戦場のど真ん中でなければ、敬意を以って跪きたいところである。
今はシャドウガストを叩くのに忙しいが。
死人の神、死者の国の神、『プルゲト』。
死が身近なこの世界にあって、種族を問わず多くの人々に信奉される神である。
何せ自分が死んだ後はこの神様のお世話になるのだから、畏敬の念を以って崇められて当然ではあった。
そんな存在が突如目の前に現れれば、魔道姫や冒険者のおっさんでなくとも、誰だって言葉を無くすだろう。
「そう、わたしは死人の国の管理者、プルゲト。外から来た神? あなた今、自らの神の座に触れて強引にこの領域を引き裂こうとしたよねぇ? 大迷惑なんだけどぉ。最近勝手に生者の世と死者の世を繋げるエルフより何万倍も迷惑ぅ」
その死の神様プルゲト神であるが、あまり威厳の無い寝起きのような声色のまま、なにやら小袖袴のヤツに苦情を申し立てていた。
悠午を『外の神』と呼ぶのも気になる一同だが、その少年がやらかそうとしたという行為にも耳を疑う。
もはや理解したくないレベルである。
しかしコレには、容疑者の悠午もいくらか弁解したいところ。
「そりゃ……ご迷惑をおかけしました、と言いたいけどね、この世界の死の神よ。オレ達もこの世界に閉じ込められたままってワケにはいかんのよ。他に方法が無いなら、オレの上に言って強引にでも脱出するしかない。
あとオレ自身は別に神じゃないからね? 先祖に神様がいるのと、オレの上がそれっぽい生き物ってだけ。基本オレなんか偉い方々の使いっ走りだよ」
血縁的に多少神性を帯びるからって、今まで何度因縁をつけられたことか。特にアスガルドの雷神、お前絶対許さんからな。
それはともかく、この世界の管理人さんには申し訳ないが、悠午にも切実な事情があった。
言うまでもなく、自分の住んでいる世界でもないのに、よその世界の死者の国で余生を過ごすワケにはいかないのである。
いざ手詰まりとなれば、プルゲト神の言うように、死者の世界を破壊してでも外に出なくてはなるまい。
これは優先順位の問題である。
「うんまぁ、そもそも生者がこの世界に生きたまま落される方がぁ、この上なく理を冒す行いなワケねぇ。だからあなた達を生者の世に還す事に関してはぁ、理の上でも全く問題ない……。
という事でぇ、わたしがどうにかしてみるから、外の神、あなたは何もしないでぇ」
そんな情け容赦ない意志を感じたのか、死者の国の神としても、問題を大きくされるよりは手を貸す方がマシだと考えた。
本来は死の国の神が現世へ干渉するのも大問題なのだが、言うなれば最初に冒されたルール違反の修正なのだから、帳尻は合うだろう、と思う。
遥かに上位領域の神に手を突っ込まれてメチャクチャにされるよりは、ずっとマシなはずだ。
物言いには多少気になるところがあるものの、神様に動いてもらえるなら悠午としても文句はない。
展開にやや付いていけてない仲間達や獣人の戦士達だが、世界の変化にはすぐに気付いた。
死の国の管理者、プルゲトが下から撫でるように手の平を真上に向けると、地揺れが収まりはじめたのだ。
と同時に、今までは上方向に流れるばかりだった全方位を囲む霧の滝から、膨大な量の霧が村の方へ押し寄せてくる。
「お? え? ちょ、ちょっと悠午くん!!?」
目を丸くして霧の雪崩を指差す小春姉さん。
シャドウガストの源泉であり、生者から生命力を奪う霧だ。
それが分かっていれば、誰でも慌てはするだろう。
「死の神よ…………どうなってんの?」
「んー……あの霧は死者の国を満たす魔力と、生者の世を満たす魔力が触れることで生まれるんだものぉ。流れに逆らって生者の世に向かうんだから、いっぱいに霧を受けても仕方ないでしょぉ。現世に戻るまではぁ、自力でどうにかしてちょうだぁい」
「あいわかった……。んじゃあオレも結界張ってみるか。でも極性反転したこの世界だと、並みの結界じゃ意味ないだろうなぁ」
霧と一緒に落ちていたのだから、実のところ今までは霧も触れる程度だった。
しかし今度は、死の国の管理者さんによって流れに逆らって浮上することとなり、言うなれば向かい風を受ける状態。
その正面で受け皿となる村に霧が流れ込むのも、必然ではある。
相克の“気”、マイナスの魔力に飲み込まれると衰弱する一方なので、悠午は力技の結界を構築することとした。真剣に勉強不足を悔やむ。ゴメンね藤先生帰ったら本気で覚えるわ。
「フィア、今から使うのは五行気を循環させた極自然な領域を作る結界だ。てか今までも何度か使って見せたけど、オレ他の結界とか使えないし。
この世界だと相生の正順じゃなくて相克の星順で魔力が連鎖するから、通常の五行結界だとすぐに減速してしまう。
だからある程度強力なのを構築するから、後はフィアが回し続けろ。この世界にオレ達の世界を維持するんだ」
「は……はい我が師よ!」
この小袖袴の達人が、こういう事で仲間を頼ったことが今までにあっただろうか。
その事実に、かなりマズい事態になっているのを改めて感じる仲間達だが、ご指名を受けた魔道姫はこの上なく気合が入っていた。
「どれ、ちょっとフルパワーでやってみるとしよう…………。
臨む兵闘う者ども! 皆陣列し前に在り! 仙人境!限定顕現!!」
ここからは、世界と世界の押し合い圧し合いだ。
悠午もリミッタを外し“気”合を入れると、自身の中の五行属性を臨界運転へ。
まずは、楔となる物を形作り、それを領域として区切るように村の中へ打ち込んでいく。
「金“気”の極み! 『布都御魂』!!」
両手の平を打ち合わせた小袖袴の武神の周囲に、見上げるほど巨大な両刃の法剣が具象化した。
全長10メートルを超える二十振りの大剣は、勢いよく飛び上がると真上で反転。
村を升目で区切る20箇所に、深く突き刺さる。
「ッシィイイイ! 起きろオロチ! 神の国八つの河の水神の力を見せろ!!」
次に、仲間たちは悠午の身体から、何か凄まじい“気”の固まりが地面を通して抜けて行ったのを感じた。
「神が神を宿すぅ? こんな主神格が易々入ってくるとか、もういい加減にして欲しぃ」
死の国の管理者は、世界のバランスを崩しかねない神がサラッともう一柱増えて、心底面倒臭そうな顔をしている。
元々死んだような顔だったので、むしろ生き返ったようだ。
「木“気”の極み! 『天土御柱』!!」
そんな苦労の耐えない管理職に、更なるダメ押しを喰らわせる迷惑な部外者。
天の“気”を鷲掴みにする悠午は、それを地面に刺さった大剣に叩き落す。
直後に、天地を貫く巨大な光の柱。
それは、天空まで伸びるゴンぶとな大樹と見紛うばかりの落雷であった。
「火“気”の極み! 『倶利迦羅竜王』!!」
ここで、地面に構築した気脈を通し、木“気”の落雷が火“気”に変化。
より高密度、超高熱に集束し、かつて悠午が作った術の失敗作、某ラ○トセ○バーのような炎の剣となる。
とりあえず術の格として、他の術とバランスが取れているのでコレを用いた。
「土“気”の極み! 天岩――――あ! やっぱ今の無し! 『千曳岩』!!」
五行属性最後の締めくくりに神の用いる絶対防御術式を使おうと思ったが、今回は守りではなく封印に近いので、そちら向きの術に変更。
碁盤目状に区切った各マスの端に、創造神の片割れだろうと通さない要石を配置する。
「是をして五行の輪廻! 完全世界!!」
いずれも神の格に劣らない、超高レベルの五つの属性の術。
これらを連鎖させる事により、相生に寄って“気”が循環する領域を確保した。
その圧倒的な出力と総量は、もはやもうひとつの世界を構築したに等しい。
これをもうちょっと進めると、本当にもうひとつ宇宙を作ってしまうので、色々と限定している。
そんなモノの管理を任され、フィアは泡を吹きそうになっていた。
「うーい……五行の極み五連発、流石にしんどい…………。おぉ、でも思ったよりはイイ感じだわ。オレもちょっとは成長したかね」
仕事の難易度に泣きそうになっている魔道姫。
そんな弟子をヨソに大きく嘆息していた師匠だが、術の出来栄えを見て自分でもちょっと驚いている。
碁盤目に区切られた小人族の村は、その境界から霧を通そうとはしなかった。
相克のマイナスエネルギーは退けられ、領域内には十分な生命の“気”が満ちている。
「これぇ……帰る時に元に戻してよぉ? 死者の国に生者の国を作るとかぁ、もうわたしの存在理由さえ消滅の危機ぃ」
死の神プルゲト様は、今にも死にそうな顔をしていらした。そうでなくても肺も心臓も無いのに。
この神様は自分の仕事をしていただけなのに、白の女神がえこ贔屓するエルフに国を荒らされるわ、白の女神も職務外の仕事を押し付けてくるわ、挙句がコレである。
もう一刻も早くこいつらを追い出そう。そして好き勝手に屍獄を乱すエルフの方もどうにかしよう。
そんな使命感を新たに、小人族の村をいっそうの力を以って押し上げようと、した。
ところが、その死者の国の神の力に抗う、別の力が。
「…………ん? んん!? あーもぅ目敏いぃ、あの反逆者どもぉ!!」
村の上昇が止まり、にもかかわらず流れ込んでくる霧の量が爆発的に増えはじめる。
活力というモノが全く無かった死者の神が、ここにきて熱の入った怒りの声を上げていた。
「え!? なに!!? どうしたの!!?」
「もうこれ嫌な予感しかせんわ…………」
もう何も聞きたくない、そんな涙声でハルバードをフルスイングしている小春と、魔法スキル連発で“気”力が尽きかけてる小夜子。
全員が似たような気分だったが、案の定そこで水を差してきたのは、最悪の存在達だ。
霧の滝の中から隊列を成して現れる、死者の軍隊。
凍った海を割り砕き、這いずるように進む目を封じられたワイバーン。
死体兵に引き摺られて前に進む、鎖で繋がれた単眼の邪巨人。
何かがこびり付いて層を成す馬鎧も、冷たく荒い息を吐く馬本体も、何もかもが漆黒の重騎兵。
そして隊列の中央に座するのは、得体の知れない大バサミを持ったクモのような節足動物と、そこに騎乗するシャドウガストの王であった。
「あれまぁ……出てきちゃったか、やっぱり」
重々しい鬨の声を上げる、死人の軍勢。
既に村中に蔓延っていた雑兵達は、王の親征に忠誠の叫びを上げる。
勇猛果敢な獣人の戦士たちですら、気圧されてしまうほどの凄まじく息苦しい魔力の発散。
そんな中、食い殺すように凶暴な笑みの悠午と、憤怒を押し殺したシャドウガストの王の視線がぶつかっていた。
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